第15話 婚約者様は王子様

 レオガディオ・ルイス。13歳。

 私の婚約者でもある彼は、現国王の一人息子だ。

 とは言っても、その婚約が結ばれたのは彼が2歳、私が生後3日の時。

 私達の意思なんて無く、国が勝手に決めた婚約なのよね。

 だから、私たちは別に仲良くはないわ。

 お兄様とレオガディオ様は友人同士で、良く自宅にいらっしゃるから、会えば一言二言会話をするけれど、私たちが個人的に会うのは年に数回だけ。

 義務的な用事が無ければ普段は連絡一つ取り合わないドライな関係なのよ。


 それなのに…なんで私はこんな格好してるんだろう。


 琥珀色の髪を風にたなびかせながら、中庭で紅茶の入ったティーカップに口を付けるレオガディオ様。どこか遠くを見つめるアースカラーの瞳は宝石でも埋め込んだかのように色とりどりに輝いている。

 物音ひとつ立てる事が憚られるほど耽美な光景を前に、あまりの自分のチンケさを呪っていると、レオガディオ様がフッとこちらを振り返った。


 あぁ…見つかっちゃったし行くしかないか。


「お待たせして申し訳ありません。レオガディオ様。」

「いや。突然訪問したのは私だ。謝罪は不要だよ。」

「ありがとうございます。」


 深々と礼をして、私も席に着く。

 あぁ。レオガディオ様の視線が痛い。あいさつしたし、もう帰っていいかしら…


「今日のプレセア嬢は大人っぽいんだな。」


 右の口角だけをフッと上げてキリっとした微笑みを浮かべるレオガディオ様。

 男を感じさせる凛々しいお顔立ちをしているからか、13歳だというのに色気が凄いわ。

 柔らかい微笑みを浮かべるお兄様とは違った意味で警戒しないと、この笑みに悩殺されて自我を失いそうよ。

 しかも「大人っぽい」だなんて、言葉を選んで下さっているわ。

 本音は豚に真珠とか思っているんじゃないかしら? 

 はぁ…レオガディオ様にまで気を使わせて、アンナ後で覚えておきなさいよ!!!


「その、淑女のレッスンをしている最中でして。着替える暇が無かったものですから。」

「淑女のレッスン?」

「はい。あの、ダンスとかドレスや宝石の目利きとか…女には色々あるといいますか。」


 駄目だわ。

 私、イレギュラーの対応力が壊滅的ね。

 何が「女には色々あるよ。」もう少しあるでしょう、何か…。

 だけど、何も思いつかない。

 アンナ達メイドのせいにするわけにもいかないし、あなたの為にとか言って惹かれても嫌だし。

 レオガディオ様も目を細めて笑っているじゃない。失笑よね。もう帰りたい…


「お見苦しいようでしたら、すぐに着替えてまいりますが?」

「いや。新鮮なだけだ。とても良く似合っているよ。」

「ありがとうございます。」


 イヤー!!

 お世辞とか要らないから、早く終わらせて!!!

 って、そういえばレオガディオ様はいったい何故いらっしゃったのかしら。

 さっさと要件を聞いて解散しましょう。そうしましょう。


「…それでレオガディオ様、本日はどのようなご用件で?」


 聞いた瞬間、苦虫でもかみつぶしたような顔を一瞬だけ見せたレオガディオ様は、何事も無かったかのように持っていた紅茶のカップをテーブルへ戻した。


「来月はプレセア嬢の誕生日だろう?」


 そういえばそうだった。私はもうすぐ11歳になるのだ。

 誕生日は私たちの数少ない個人的やり取りの一つ。お互いの誕生日には、お互いの希望を叶えると約束しているのよね。

 今までの私は、物を貰うより外へ出た方が気が楽で、植物園や観劇などに出かけていたのだけれど、あんな顔をしたって事はレオガディオ様は私と出歩くの、相当苦痛なんだわ。これは、何か別の案を出さなくては!


「すっかり忘れていましたわ。」

「なら、今日は来てよかった。それで、今年は何処へ行く?」

「あの、お出かけではなくても良いですか? 欲しいものがあって。」


 ピクリとレオガディオ様の左目の目尻が動いたわ。これは、正解を引けたかも。


「何が欲しいんだい?」

「お…お兄様の呪符です。」

「オーロの?」


 一気にレオガディオ様の顔が怪訝な面持ちに変わる。

 家族なんだから自分で貰えって? まぁそうよね。

 でも、気持ちの籠っていない装飾品を殿方から貰っても持て余すでしょ?

プレセアにいくら使った』とか、勘定されてて、後で請求されても困るしね。


「はい。レオガディオ様はお兄様と仲が良いのですよね? 私、以前お兄様に頂いた呪符を失くしてしまって…。」

「それならオーロに言って貰えばいい。」

「お兄様、怒ると怖いんです。だからレオガディオ様にこっそり頂いてきて欲しいんです。お願いできませんか?」


 必殺、淑女の涙!

 と、涙までは見せないけれど、手に拳を握って目は伏し目、口をムッと結んで微かに震えて見せるわ。


「分かった。オーロには私から話しておこう。」

「ありがとうございます。」


 お兄様の呪符なら、お兄様が即日発行してくれるから入手は簡単だし、出かける必要も無い。

 レオガディオ様の負担にならないし、お互いの義務も果たせる。

 我ながらパーフェクトな回答よ。


「しかし、それを誕生日の贈り物にするは味気ないな。」

「それが私にとって、今もっとも価値の高いものですもの。十分すぎる贅沢ですわ。」

「…では、他に望みがあれば言ってくれ。」

「はい。」


 何てお優しいお言葉。

 でも、安心してくださいレオガディオ様。私は社交辞令を真に受けたりはしませんから!

 私はただただ、レオガディオ様の婚約者として、出来る限りの責任を果たしていくだけです。


 でも、今日改めて思ったけれど、立ち振る舞い、言葉選び、表情の動かし方…どれをとっても品があるレオガディオ様はまさにプリンスだわ。

 やっぱり、生まれながらの王族と言うのは格が違うのね。

 プリンセスを志す者としては、羨ましいくらいの品格。時間が許す限りレオガディオ様を観察して、その姿を目に焼き付けておきましょう。

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