第12話 オジサン顔の石ころ
結局、何を歌ってあげればいいのか分からなくて、球根にはプリンセス作品の歌を片っ端から聞かせてあげることにしたわ。
だってそれが、一番のびのびと感情豊かに歌える歌なんだもの。
毎日のトレーニングにもなって、一石二鳥よね。
そうして、部屋の窓辺に置いていた鉢植えからは、球根を突き破り可愛い芽が生えている。
そこまでは良かったんだけど…こうなってからもう二週間、鉢の中の風景は微動だにしていない。毎日歌ってはいるんだけど、この子が欲しいのは魔力じゃないのかしら。
園芸の本を読んで、日当たりや水分量、風向きなんかも色々試してみたけれど、一向に育つ気配が無い。困ったわね。
庭師のチコにもアドバイスを貰ったんだけれど…
「植物を育てるのに大切な事は、植物との対話です。耳を澄ますと聞こえて来るんですよ。今日は少し冷えるとか、水が美味しいとか!! ね、薔薇さんっ。え、今日はもう要らないの? 分かった。」
って…嬉しそうに薔薇の花と会話をしてたわ。
感覚的な人って凄いし、色々個人の自由だと思うけど、教えてもらっても真似できないんじゃ問題は解決しないのよね。
育たな過ぎて、そろそろルシアの視線も痛くなってきたし、少しでも成長したところを見たいんだけどなぁ…
「ともかく植物の声を聴くには仲良くなるのが先決です! 今日は暖かいですし、一緒に日向ぼっこでもしてみたらどうですか?」
とも言われたので、今日のランチは中庭にシートを引いて、鉢植えさんと過ごす事にしてみたわ。
「今日はいい天気ね」なんて話しかけてみても、勿論答えてはくれないし、ちょっと的外れな気がするんだけど…プリンセスの行動は、時に奇怪でも
「教えてよ 何が好きか サンドイッチ〜♪ …サンドイッチ食べる? 家のシェフが作るサンドイッチ、美味しいわよ。って、食べる訳無いわよね。」
鉢植えに歌いかけながら、ランチボックスから取り出したサンドイッチを口に頬張る。
美味しいっ!
ぎっしりと詰まった新鮮野菜のシャキシャキ音が心地いいわね。
絶妙な味と食感のバランスに、食べる手は止まらないまま3個のサンドイッチを平らげると、身体を「ん――っ」と伸ばしてその場に寝転がった。
青い空に、風に乗ってゆっくりとゆっくりと流れていく雲が浮かんでいるのを見ていたら、何だか急に眠気が襲って来たわ。
食べてすぐ寝たら牛になるとか言うけど…あぁ、駄目だわ。瞼が重いもの…
*
気づくと、辺りは夕日の色に染まっていた。
急いで起き上がり、散らかしたままのランチボックスを片付け、鉢植えに手を伸ばす。
って、待ってよ、鉢植えの芽が驚くほどシナシナになっているじゃない!?
「だめだめだめだめっ、枯れちゃ駄目よ。」
「ハッハッハ。誰が枯れるって? こいつは問題なく育つぜ。」
慌てふためく私を嘲笑う声が鉢植えから聞こえるわ。ついでに、ソウダソウダー。と、ヤジまで飛んでくる。
ちょっと待って、どういう事?
「ま、問題があるとすれば、そりゃオレらだなぁ。こいつを育てるのにオレたちゃ必要ねぇ。」
混乱している私を置いて飛んでくる声に、再び、ソウダソウダー。と声が続く。
どうやら、喋っているのは鉢ではなく鉢に敷いてある小石みたい。そう意識したとたん、一つの石にオジサンの顔が現れ、ガッハッハと豪快に笑った。
うん。なんか気持ち悪い。他の小石に顔が無く、ワイノワイノと飛び跳ねているのが救いだわ。
「こいつに必要なんはサラサラの土だ。助けてやりてぇならオレたちを捨てな!」
「えっと…捨てていいの?」
「はん。どうせオレたち小石なんざ踏みつけ蹴られるが運命よ。それともなんだ、嬢ちゃんの相棒にでもしてくれっか? 喜んでなるぜ?」
オジサン顔の石の周りでピチピチと勢いよく飛び跳ねる小石達。何このカオス。
「あー、石はちょっと、相棒になれないかなぁ。でも、ありがとう。その気持ちだけは受け取って置く。」
「そう言わずに、役に立っただろう? なぁ…なぁ!?」
なんだか、オジサン石が大きくなって近づいてくる。
巨大化したオジサン石は私の顔より大きくなって、うわぁ、ちょっと、食べないで―――ッ
「!!!???」
ガバっと、身体を起こして気づく。夢だった…
良かった。本当に良かった。
それにしても、気色悪い夢だったわね。変な汗と動悸が凄いもの。
見上げれば青い空に白い雲。先ほど風に運ばれるのを見送った雲がまだ遠くに見えるから、そんなに時間はたっていないわね。
荒い息を整えて鉢植えを恐る恐る覗くと…植物は枯れてはいないし、オジサンの顔は見当たらなかった。ふぅ、良かった。
でも、こうして見ると確かに土に石が混ざっているわ。
夢か現か、現か夢か。 試しに取り除いてみましょうか。
「あ、この石…大きさ的にも、多分これがオジサンだわ。」
捨てろって言われたけど、夢に出て来られると思うと捨てづらいわ。呪われても困るし、ちょっと取っておこうかな。
他の
それで、サラサラの砂を入れるっと。
チコの所に、砂を貰いに行ったら「仲良くなれたんですね! 声、聞こえましたでしょ!? 植物の声ってとっても可愛いですよね。」と、とっても嬉しそうだった。
でも、ごめんなさいね。聞こえたのは石っころの声だったのよ。それも、オジサンの顔したね。可愛いというより、何かインパクトが凄かったわ。
だから、チコの、同士を見つけた!みたいなキラキラした瞳には耐えきれず目をそらしてしまったわ。
でも、正解かはまだ分からないけれど、前進したのはチコのお蔭ね。
さっき、内心「役に立たないわ」と冷ややかに思っていたのは間違いだったわ。反省。
無事に育ったなら、チコの欲しがっている珍しい品種の花の入手法を一緒に考えてあげよう。
何にせよ、この状態で世話を続けて、少しでも変化を見せてくれることを祈る事にしましょう。
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