第9話 歌魔法って何ですか? 2

「ところでプレセア、お前は小さい頃から人形遊びが好きだったな。あー、何と言ったかな?」

「メルちゃんですか?」


 メルちゃん。2歳の誕生日にお父様がくれたお人形。肩までの小麦色の髪に青い瞳をした可愛いお人形で、おままごと相手だった女の子。

 流石におままごとはもうしないけれど、部屋の棚にお行儀よく座っているし、何なら毎日話しかけている。…ま、前世の記憶を取り戻して以降は、忙しくてほんのちょっとだけ、存在を忘れかけていたけどね。


 で? それが何? 私の魔法と何の関係があるわけ?


「あぁ。あの人形は過去に二度、大きく損傷している。覚えているかい?」

「いえ。全く。」

「一度目はオーロが魔法訓練中に魔力操作を誤った時。見学していたお前に直接の被害は無かったが、代わりに人形の腕と足がもげてしまった。そして2度目は幼いプラータが勝手に持ち出した時だ。人形の髪を鷲掴みにして引きずったせいで、髪が抜け、顔にも無数の傷がついてしまった。」


 メルちゃん…まるで新品な綺麗な姿で鎮座しているけれど、実は相当過酷な人生を送ってたのね。

 で、お父様、これは一体何の話なんですの?


「その他にも色々あったが、人形を修理に出した事は無いんだよ。何故なら人形師が訪ねて来る翌朝にはすっかり元通りになっていてね。だから初めは、人形の方を疑った。呪い人形を掴まされたのではないかとね。だが、違ったんだ。それが分かったのは、プラータの2歳の誕生日の日だった。プレセアはあの日起きた事件を覚えているかな?」

「いいえ。申し訳ありません。」


 今度はプラータの誕生日? 話が的を射ないわね。

 いつになったら私の魔法の話に着地するのかしら。

 モヤモヤがイライラに変わり始めてるから、早いところ話を本筋に戻して欲しいわ。


「プラータはね、その日誘拐されかけたんだ。」


 ここからは僕が、と今まで黙っていたお兄様が口を開き説明を始める。


「お父様達が賊を追いかけている間、プレセアと僕はアンナと一緒に部屋で待機していたんだよ。初めは状況が理解できずソワソワしていたプレセアはね、アンナが事情を説明すると、歌を口ずさみながら急にフラフラと歩き出したんだ。そうして、さっさとプラータの乗った馬車を見つけてしまった。」

「お父様達よりも早く?」

「そうだよ。「プラータ乗ってる!」ってプレセアが指さした馬車の車輪を、試しに破壊してみたら、本当に賊の馬車でね。驚いたよ。少なくとも僕らには何の変哲もない、貴族の馬車だったからね。」


 で何の変哲もない貴族の馬車に攻撃しちゃったの!?

 それ、万が一違ったら子どもの悪戯ですまなかったんじゃ…魔法の有無はともかく、当時の私、正解を導けて良かったわね。


「我々が駆け付けた時には、その場にはオーロの呪術にうなされうずくまる賊達と壊れた馬車、その傍らにプラータを抱いたアンナとお前たちが…おやつの相談をしていたよ。」


 …つまり、私の記憶の中に焼き付いている、歌によって大人たちを騒然とさせてしまった図は、その時駆け付けたお父様達のものだったのね。

 じゃぁ、私は音痴じゃないって事!? 良かったぁ!!


「その事件から、我々はプレセアの力についてあらゆるツテを使って調べつくした。結果、たどり着いたのが、聖女様の力という訳だ。おそらく間違いないだろう。」


 読むかい?

 と勧められた、お父様の机の資料の山は後で部屋に運んでもらう事にしましょう。


「さて…事を知ったからにはプレセア、お前はどうするかを選ばなくてはいけない。もしもお前が魔法の力を使おうとするならば、その特異性は注目を集めるだろう。一方でお前は、魔法の力など無くとも国に貢献できる賢さを持っている。」


 このまま歌わず、魔法の力を忘れて生きていくか、聖女として生きていくか。

 選べなんて言っているけれど、選択肢なんて本当は無い事は、さっきからお父様が突き刺してくる視線からも明らかよ。

 お父様は宰相。私はその娘。

 聖女様の力に匹敵するかもしれない魔術師の誕生は、オリバレス家にとって強力なカードだし、今後の国政を変える力かもしれない未知の魔法、歌魔法の存在を隠し続けて国益を損ねる選択肢なんてないのよ。


 でもね…でもっ


「お父様、私は聖女になりたくありません。」


 私がなりたいのは、聖女ではなくプリンセス。

 そこは譲れないわ。

 どれだけお父様の緋色の目が鋭く光り輝こうとも、祀り上げられるのも、好奇な目にさらされるのもごめんよ。

 しばらくお父様と私の無言のにらみ合いが続く。その様子をお兄様はどんな思いで見ているのかしら? 

 お父様から視線を外す訳にはいかないから見られないけれど、「賢いプレセアならば、正しく立場を理解するでしょう」とか言っていたし、少なくとも私の味方はしてくれないないわよね。


 それに、魔法はプリンセスに必須ではないけれど、この世界で生きるためには、使えるに越したことはないわ。


 私は仕方なく、ゆっくりと口を開く。


「…ですが、為すべき時に為すべき事が出来ないのは嫌です。私にも、誰かの助けとなる力があるのならば、それを正しく使う為にもまずは学ぶ必要があるでしょう。お父様、どうか私に、自身の力を学び向き合う時間をいただけませんでしょうか?」


 お父様の細めていた目が、少しだけ丸くなった気がするわ。


「お前の決意を尊重しよう。」


 全く白々しい。

 どうせ初めから水面下で下調べを済ませたら、頃合いを見計らって私に訓練を施した後に一番良い時に公表するおつもりだったのでしょうに。

 でも残念ね。私は聖女にはならないわよ。

 これはあくまでも折衷案なんだからね。


「ありがとうございます。」

「では、プレセア、早速だが講師を紹介しよう。オーロ」


 呼ばれたお兄様が立ち上がった。

 え? お兄様が魔法を教えてくれるの?

 魔法が優秀なのは知っているけれど、お兄様の歌う姿は想像出来ないわ。

 と、思ったら、お兄様は書斎の扉を開いただけ。

 扉の外に、その講師は待機させられていたみたい。細く開いた扉からアンナの声も聞こえるわ。

 そうして、お兄様と3言程交わした後、部屋に入ってきたのは同い年位の見知らぬ少女。

 あ、この子、うちで保護していた子だわ! 目を覚ましたって言っていたものね。

 私の歌で…ねぇ。本当は魔法なんかじゃなくて、家の井戸が願いが叶う井戸だったのかもしれないわよ? なんてね。


 おかっぱ頭の黒髪に、薄い桃色…なのかしら? 糸目だから良く見えないんだけど、小さくて可愛らしい目ね。そして何より、私が繕った服を着てくれているのが嬉しいわ。

 ブラウンとホワイトを基調にした、シックなデザインは、彼女を上品に演出してくれている。

 うん。素敵! 良く似合ってるわ。

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