第5話 プリンセスのレッスン2

 翌朝はアンナが起こしに来るより早く起きてしまった。

 カーテンを開けると明るくなった空の光が部屋の中を照らしてくれる。

 心地いいわね。ラジオ体操でもしようかしら。


「いち・に・さん・しっ」


 懐かしい。前世の学校、ラジオ体操が中間試験の実技項目でね、しかも先生の採点の厳しさが半端なかったのよ。3割が「踵がちゃんとついてない!」とか「足の開きが甘い」とかで補習か再テスト…腕振りの角度図られた日にはもう…ね。キツかったなぁ。

 そのせいか、魂に刻まれてしまったラジオ体操。

 音楽が流れれば体は動くし、ラジオ体操の言葉だけで頭には音楽が流れるわ。


 ラジオ体操第一!!ってね。


 ふぅ。身体も温まったし、着替えて図書室にでも向かいましょう。


 昨夜寝る直前に疑問に思ったのだけれど、児童書には魔物が登場するものが結構あるのよね。そしてその半数は魔物と子どもが共闘する話なの。

 でも、それって可笑しくない?

 だって、この世界では魔物は倒すべき悪と教えられるんだもの。なのに、一部の児童書だけは、人間と魔物は仲良くできる姿を描くなんて。

 勿論、創作だもの。書くのは自由よ?

 だけど、それで純粋な子どもが無闇矢鱈と魔物に近づいたら、大惨事じゃない。

 そんな本が許されている理由も、書いている人間の思惑も、気になりはじめたらキリがなくて。だから今日は、それらの本を全部読み直してみる事にするわ。

 もしかしたら、何かヒントが見つかるかもしれないもの。


 お目当ての童話を手に取ってその場に座り込み目を通していく。

 一度読んだ事のある物だからと次々に読み進めていたら、あっという間に読み終えた本が私の座高を超えていた。

 随分読んだわね。でもこれで、読みたかった本は全部読めたみたいね。

 結局の所、どれも二番煎じ感が否めないご都合主義の創作物だったけれど、一番古い著書には少し気になる記述も見つけられたわ。


 その本の内容は、魔物と言葉を交わす事ができる民族の村が襲撃に滅んだ日、死に際で魔物に預けられた一人の赤子が魔物に育てられるというお話。

 まるで実体験を語る様な臨場感あふれる文章と、末端に書かれたあとがきが、妙に心に訴えかけてくるものがあったわ。


 ――― 魔物と言葉を交わし、絆を結ぶ事の出来たラッソの民は、その力のせいで人間に恐れられ、全滅してしまいました。彼らは戦いの為に魔物と言葉を交わしたのではありません。人の世の平和のために率先して絆を結んだのです。それを壊したのは人間です。今の世は、人間が自らの手で作り上げた悪夢なのです。 ―――


 これが事実だったなら、この国の歴史が変わっちゃうじゃない。

 しかもね、物語の中で消滅したラッソの民が暮らしていたラッソ村は実在しているのよ。魔物と絆を結んでいたかは知らないけれど、歴史の授業で出て来たの。

 記録によれば魔物襲撃によって村は滅びたはずだけど、政略的なモノでも、魔物か疫病のせいになる都合の良い理由に書き換わるから、小さな町や村が滅んだ本当の理由は分からないのよって先生が含んだ笑いを浮かべていたのを思い出したわ。


 ラッソの民、もう少し調べてみようかしら。

 授業で教えてもらえる範囲の参考文献なら、ちゃんと手の届く範囲にあるのよね。歴史書はっと、あったわ。


 ――― ラッソ村…

 少数派民族が小さな集落を作っていたが、魔物襲撃により壊滅。

 薄紫の瞳を持った勇敢な戦闘民族で、生け捕りにした魔物の骨を身に着ける事で自らの実力を示していた ―――


 ご丁寧に、何かの頭蓋骨で顔を覆う人のイラストまで描かれているわ。骨のお面、ちょっと憧れる。

 それに、薄紫の瞳も素敵ね。私は肌色も髪色も白だから、ハッキリした緋色の目が目立つのよ。もう少し薄い色だったら、上手く馴染んだかもしれないのに。


 あぁ、まだまだ気になる事はたくさんあるけれど、結構長居してしまったから、そろそろ戻らないと、アンナがまた私を探し回りながら他の使用人たちにあることない事相談する事になりかねないし、戻りましょうか。

 続きはまた後で。

 でも、この時間の読書はいいわね。誰にも邪魔されずに情報収集が出来るもの。

 明日から早起きして、早朝読書を習慣にしましょう。

 知識は持っていて損にはならないもの。沢山本を読んで世の中の勉強しましょう。


 *


 それからの毎日は、とても充実していた。

 毎朝日の出とともに起きてラジオ体操の後、図書室で本を読み漁ってから朝食を食べ、家庭教師が来ない日は再び読書。家庭教師の授業はなるべく予習をして、分からない事はとことん質問した。

 私が意欲的になった事を喜んで高度な勉強を教えてくれる先生も居れば、もう教える事は無いと落ち込んじゃう先生もいたみたい。特に算術を担当していたビアンカ先生は、私が微分積分を語ったら顔を真っ青にして即日退職届を出したわ。

 まぁ、3桁の掛け算で危うい上に、気分屋な体罰先生だったから同情はしないけど。

 そうして一日の予定を終えたなら、姿勢や発声練習にもきちんと励んでいるわ。

 まだ頭に本を乗せたまま片足立ちは出来ないけれど、ターンを入れて5往復くらいは余裕出来るようになった。早口言葉は相変わらずダメダメだけれど…挫けない!

 歌を教えてくれる先生をお父様が手配してくれる気配が無いのはちょっと不満だけれど、時間がある時には走り込みをしたりして体力を付けたり、腹式呼吸を意識したり、自分なりに出来る事を頑張っている。

 もっともっと努力して、自分に磨きをかけて行かないとね。

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