第2話 プリンセスと歌

 食卓にはお父様、お母様、そしてオーロお兄様と、2つ下の弟のプラータの姿。

 既に着席した席から注がれる、家族一同からの目線、痛いわね。


「遅くなり申し訳ございません。」


 でも、仕方ないじゃない。

 廊下で使用人とすれ違う度に「大丈夫ですか?」「悩みがあたらいつでも聞きますからね!」「私達はお嬢様の味方ですからね!!」って、足止め喰らうんだもの。

 これでも急いで来たのよ。だから皆さん、そんな物静かな視線で私を観察しながら「誰が聞く?」みたいな相談をするの止めてもらっていいですか?


「体調を崩したと聞いたが、大丈夫なのか?」

「はい、お父様。ご心配をおかけしました。」

「なら良いが…」

「良くありませんわあなた。プレセアが大好きなチーズタルトに目もくれないで部屋に籠っていたのですよ? 無理しているに決まっています。何があったのかきちんと聞いて下さいませ。」


 うそん。今日のおやつチーズタルトだったの?

 まだ残ってるかな? 後でアンナに聞いてみよう。


「アンナが僕の部屋でずっと泣いてたんだよ? 姉様が呪いにかけられたーって。姉様、呪われちゃったの? 本当に大丈夫?」


 コソコソ騒いでいる両親に痺れを切らし、プラータが目を潤ませて見上げて来たわ。

 もう! 将来はイケメンになる事が確約されている甘めなあどけな顔で言われたら、たまらなく可愛いくてキュンってしちゃうでしょうが。

 席が向い合せで良かったわ。うっかりそのくせっ毛ある金髪頭をわしゃわしゃしてしまう所だったもの。

 で、アンナがなんですって?


 そういえばアンナ、「一人でブツブツ変な言葉を唱えてた」って言ってたものね。

 多分、プリンセス界隈の用語を日本語で羅列していた時に部屋に居たんだわ。

 面倒な所を見られたわね。でも大丈夫。呪いじゃない事はお兄様が証明して下さるはずよ。


 …ね?


 隣に座るお兄様に軽く目くばせしてみると、私からの視線に気づいてニッコリとほほ笑んでくれたわ。

 お父様譲りのサラサラの金髪に、黄金の瞳。

『微笑みの貴公子』と呼ばれているだけあって、妹であっても惚れ惚れする微笑みです。

 でも、いついかなる時も相手の弱みを握る事を考えてあらゆる情報網を張り巡らせているし、敵とみなした者には容赦なしの冷酷無慈悲なタイプですから、この笑みに惑わされてはいけませんわ。


「大丈夫だよプラータ。プレセアは呪いに掛かったりはしていないから。それに、オリバレス家の関係者には、僕が作った、呪術を受けても自動で呪詛返しして相手を死に至らしめる結界を張ってある。それが発動した形跡もないしね。」


 ありがとうお兄様!

 流石、魔法学校呪術科主席の言葉は安心感が違うわね。皆ほっと胸を撫で下ろしているわ。

 でも今、何か物騒な事を言ってなかった?

 …まぁいいや。

 お兄様の一言で、食堂の空気が軽くなったので、私はとびきりの営業スマイルを顔に張り付けた。


「正直に言います。今日カルラ先生の法の授業で試験があって、その…思ったより出来が悪くて勉強していたんです。全文を集中して読み上げていたのでアンナの声は聞こえませんでしたし、アンナも聞きなれない単語の羅列に戸惑ったのかと。部屋に籠ってしまったのは、試験結果がケアレスミスばかりで虫の居所が悪くて…恥ずかしながら八つ当たりを。ご心配をおかけしました。」


 どうよ、この即席の言い訳。部屋から出る3分で考えた自信作よ。

 伏目がちに作ったバツの悪い顔でしおらしい演出も完璧!  

 本当は試験なんて余裕で全問正解だったけれど、皆納得してくれたみたいね。

 お母様だけは「でも顔色が悪いわ…」なんてまだ心配していたけど、私の肌は元から雪の様に白いのよ。お母様譲りでね。

 ともかく、これで落ち着いて食事が出来るわ。

 運ばれてくるのはどれも私の好物ばかり! 折角なら味わって食べものね。


 *


「あ、そうだ。お父様、お願いがあるのですが。」


 食卓に並んだ品々にお腹が満たされ、デザートのプリンをつつきながらお父様に話しかける。


「私歌を習いたいです。」

「歌…? プレセアは歌以外で活躍できる事が沢山あると思うがね。」


 お父様の隣ではお母様も頭をひねり頷いていた。

 お兄様は動揺してスプーンをお皿にぶつけてしまっているし…。

 まぁ無理も無いわね。私、ものすごい音痴らしいもの。

 でもね、プリンセスって、自分自身を見つめられる場所…主に水のある場所に顔を覗かせると、どういう訳かスポットライトが差して、音楽が流れて来て、夢を歌えるらしいのよね。

 だから、時が来たら湧き上がって来る感情を上手く歌で表現できるように歌の練習はしておかなくてはいけないわ。

 歌の下手なプリンセスなんて言語道断よ!


「確かに歌は今までは不得手だと避けてきました。ですが、他で補えば良いと結論付ける程に私はまだ、挑戦してもいません。歌は人々の心を癒すと聞きますし、習って損はないと思うのです。ですから是非、歌を習わせていただけないでしょうか。もしも教師が匙を投げるようでしたら、勿論諦めます。」


 そもそも私が歌を習って来なかったのに深い理由は無いはずよ。

 ただ少しばかり器用で、様々な分野で優秀な成績を収めていた中で、口ずさんだ歌が最高に下手だったというだけ。

 その時の事はうろ覚えでしかないけれど、周囲に引きつった顔がいくつも浮かんでいて、「あ、私歌っちゃ駄目なんだ」と悟った瞬間はハッキリ記憶しているわ。

 それから私は意識して歌わないように心がけて来たの。


「…少し考えさせてくれ」


 そう言ったお父様の顔は何故か真っ青。

 お母様もお兄様も全力で首を横に振っているし。

 私の歌ってそんなに下手なの!?

 まさか、某義姉様方おねえさまの様な個性的な歌声とか…?

 それって絶望的ね。

 

 でも、当時まだ幼く居合わせなかったプラータだけは頭に?を浮かべて私と見つめ合ってくれるけれど、よく見ればお父様たちだけでなく、給仕のメイドも震えているしこれは中々ハードルが高そう。

 学ぶ事に関して今まで反対された事なんて無かったから、まさかの事態。

 かといって、今日の今日で食い下がってまた妙な疑念を呼ぶのもまずい。

 

「分かりました。無理を言って申し訳ありません。急ぐことでもありませんし、前向きに検討いただければ。」

「あぁ。分かった。」

「ありがとうございます。」


 ここは一旦引いて、音楽の授業の記憶でも引っ張り出して、しばらくは自主練で我慢しましょう。


「ちょっとあなた!」

「今は黙っていなさい。オーロ、後で部屋に。」

「分かりました。」

 なんて…

 お父様達がコソコソと私とプラータ抜きの家族会議の計画を立てているのが聞こえますが、聞こえないふりです。

 やりたい事は他にもあるし、目の前の高級プリンを平らげて、さっさと部屋へ帰るとしましょう。


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