第8話 宰相の備忘録 3
紫狐の月 九日
どうやら、ことはかんばしくない方向へ向かっているようだ。
あの国葬の日の翌日から大司教に間者をつけ、慎重に監視させた。その間者から、三度目の報告がもたらされたのである。
まことに残念なことに、大司教の言動は、一時的な気の迷いや気持ちの高ぶりなどではなかったようである。
大司教はミサの後の説教でも、慈善活動の前後の語らいの場においても、西の国の教皇を称えるような発言がしだいに増えているとのことである。教皇に傾倒していることは間違いないようだ。
もっとも由々しき問題は、その教皇を、わが国へ招こうと画策しているらしい、という点である。
西の国は宗教国家である。教皇は、政治的権力を持っているのだ。
仮にその教皇がわが国を訪問するということがあれば、それはすなわち、外交を意味するのである。
国家の重大事である外交を、大司教とはいえ一介の聖職者が軽々しく扱ってよいはずがない。それは政治家の仕事であり、聖職者が口出しすべきことではないのだ。
聡明と名高い大司教の言動とも思えぬ。実に軽率である。
やはり大司教も人の子だ。思い上がり、自らも教皇のような権力を欲するようになったに相違ない。
かえすがえすも、将軍の死が悔やまれる。
大司教と懇意だった将軍なら、大司教の考え違いをそれとなく
否。
もしも将軍が生前、大司教の心の内に気づいていて、道を誤らぬように説得していたとしたらどうだろうか。
そして大司教が、将軍の
おのれの下心に気づかれた以上、大司教は将軍が邪魔になったはずだ。
口を封じたいと考えても、おかしくはない。
あの内通者のうわさは、もしかすると……。
これは、予想以上に深刻な事態かもしれぬ。
いずれ近いうちに、宰相として、重い決定が必要になるかもしれない。
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