第5話 宰相の備忘録 2
黄馬の月 二十三日
わが生涯の友であった将軍の国葬から、はや一か月余りが過ぎようとしている。
偉大なる将軍を送る場として、ふさわしい葬儀であった。
国王陛下じきじきの御会葬を賜り、準備も万端、式も遺漏なく終えることができた。故人の長年にわたる忠義と貢献に対して、国として礼を尽くしたといえるのではないだろうか。
私自身はつい感情的になって別れに時間をかけすぎてしまい、国王陛下をお待たせすることになってしまった。お叱りを受けても致し方ないところであったが、侍従長を通して、気にせぬように、との御言葉をいただいた。王の御心づかいに感謝申し上げねばならぬ。
感情的といえば、近衛隊長は印象的だった。
人目もはばからず、泣きはらして目を赤くしていた。
武人は感情を表に出さないことが多いものだが、彼は、将軍とは二十年来の師弟関係にあったという。それを聞けば、あの涙もさもありなん、といったところだ。
むしろ鉄面皮よりもそのほうが、亡き将軍への敬愛の情が知れて好もしく感じられる。彼にはこれからも、国のために活躍してもらわなければならない。
問題は大司教だ。
葬儀を取りしきるのは、高位の聖職者たる大司教であるから、なんら問題はない。務めを果たしてくれたというべきであろう。
だが、あの説教はいただけない。
信仰を否定するつもりはない。説教も神や信仰に関することなら、おおいにけっこうだ。
しかし、あの葬儀の際の説教は、その範囲を超えていた。巧妙に言葉を選んではいたが、将軍の葬儀にかこつけて、まるで将軍亡きあとは西の国の教皇を頼みとせよ、と言っているに等しい内容であった。
この国をどう舵取りしていくか。そのようなことは国王陛下と、われわれ政治家が決定することだ。宗教が国の政治に口出しすることは断じてあってはならぬ。それによって国が衰退した例など古今東西、いくらでもあるというのに。私は決して、それを許すつもりはない。
将軍は信仰篤い男だったから、大司教は将軍と懇意であっただろう。そのことで、大司教は少々思い上がっているのではなかろうか。
おりしも、良からぬうわさが流れている。将軍の死に際して、内通者が情報を漏らしたというのだ。
現段階では単なる憶測にすぎないが、火のないところになんとやら、ともいう。笑って済ませられる問題でもなかろう。そういえば将軍は、遠征にはいつも従軍神父を同行させていた。まさかとは思うが……。
大司教の動向に、気を配るべきかもしれない。
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