第3話 大司教の日録
紅鹿の月 十三日
将軍がお亡くなりになったと聞きました。
なんということでしょうか。ただ驚きと悲しみしかありません。
将軍は東の国への遠征中、敵の待ち伏せに遭って命を落とされたとのこと。はかない運命などと人は言いますが、そんな言葉で納得できるものではありません。神に召された将軍の魂に祈るべき立場ではありますが、あまりの悲しみに、祈りの言葉すら途切れがちになってしまいます。
将軍は、立派な方でした。礼儀正しく、お優しい方でした。私は聖職者です。武人としての名声はもちろん聞き及んでおりますが、私の知る将軍は、敬虔かつ謙虚な、模範たる信仰者としての姿です。
戦の前、戦の後、ことあるごとに教会に足を運ばれ、神に祈りをささげる将軍の姿を、私は何度も見てきました。死んでいった兵のためにしてやれることは、これくらいしかないのだ、そう仰っていました。それは真の信仰者の姿でした。私の信仰心など、将軍に比べれば足元にも及びません。
将軍は子供がお好きでした。孤児たちのためにと、匿名で教会にこっそり寄付をされることもたびたびでした。ミサ曲を練習する聖歌隊の子供たちの様子を、礼拝堂の隅の席から楽しそうに眺めていらしたこともあります。自分には子供がいないから、よけいに可愛いのだよ、そう言って慈愛に満ちた表情で笑っておられました。
思い出は尽きませんが、悲しんでばかりはいられません。将軍の愛したこの国の子供たちのためにも、国を安定させなければいけません。
そのためには、将軍に代わる精神的支柱が必要です。わが国とも友好関係にある、西の国の教皇様ならば最適でしょう。私自身もお会いしたこともありますし、必要ならば仲介の労も厭いません。
将軍、どうぞ安らかに。
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