第2話 宰相の備忘録

 紅鹿の月 十三日



 本日、将軍戦死の報を受け取った。


 不甲斐ないことだが、私は激しく動揺している。うまく考えがまとまらない。脳が、将軍の死を受け入れることを拒んでいるのだ。


 報せによれば、遠征中の将軍は東の国の待ち伏せに遭遇して命を落としたという。たしかに、東の国は狡猾だ。わが軍の隙を狙い、弱点を突いてくる。せめて誰か、将軍を補佐するもっとよい参謀役がいれば、こんなことにはならなかったろうに。


 ああ。わが国は、当代随一の名将を失ってしまったのだ。


 将軍と私が初めて出会ったのは、今からもう四十年も昔のことだ。士官学校の同期だった我々は、すぐに意気投合した。お互いに平民の出身だったせいもある。


 当時の士官学校は今とは違い、貴族の子弟が圧倒的多数を占め、幅を利かせていた。そんな中で、我々二人は、理不尽な偏見の眼差しに共に耐える、いわば戦友のような意識を共有していたのだ。


 我々は若かった。国家や、理想や、互いの夢、そうしたことについて熱く語り合ったものだ。意見の相違はあっても、私が軍を離れて政治の道に転向した後も、我々の友情は変わらなかった。国家と王に忠誠を尽くすこと、それが彼の一貫した信念だった。


 先代の王に見いだされて、宰相と将軍という重責を担うことになってからも、彼の姿勢は変わらなかった。我々は生涯、唯一無二の親友だったのだ。私は彼を誇りに思う。


 かくなる上は、彼の信念を受け継がねばなるまい。若き王を支え、国を守るのだ。そのためには、現在は中立国である北の国と同盟を結び、東の国に対抗する。これが最良の策だ。


 将軍よ、しばしの別れだ。

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