ep.2『おうち時間ツーリズム』④
更に次の週のこと。
僕は明確に疲れていた。
有り体に言えば仕事をさぼりたかった。
「休憩」の二文字が目の前をちらつく。
そしてこれは、奥さんが何か魔法を見せてくれるときのパターンだ。
そう思うと、僕はもうそわそわしてしまって大人しくパソコンに向かっていることができない。
扉の外に、今日は何が待ち構えているのだろう。
気になってしまって仕事どころではないのだ。
僕はもうすっかり、奥さんのサプライズが楽しみになってしまっている。
今までのパターンを踏襲するならば、奥さんの魔法に身をまかせてみた方が、結果仕事がはかどるのだ。
経験則により、それは間違いない。
僕は迷うことなくパソコンをスリープモードにし、意気揚々と仕事部屋の扉を開けた。
「暑い」
仕事部屋から飛び出すや否や、思わず口をついて出た。
リビングが、真夏のように暑い。
僕は壁に備えつけられた、エアコンのリモコンに素早く視線を走らせた。
「暖房 30℃」――リモコンの画面に浮かんでいる表示に、僕は思わず「電気代……」と口の中でうめいた。
顔に吹きつけてくるのは熱風なのに、なぜか冷や汗が浮いてくる。
今度は一体どこへやって来てしまったのだろう。
その答えは、熱気あふれる部屋の中でくつろいでいる奥さんが教えてくれた。
「アロハ~」
床に広げたビニールシートに寝そべって、水着姿の奥さんが笑っている。
目の覚めるようなレモンイエローのビキニ、麦わら帽子とサングラス、そして手にはカットフルーツののったトロピカルジュースとくれば、絵に描いたようなバカンススタイルそのものである。
奥さんはおもむろに、足元のラジカセのスイッチを入れた。
波の音と共に、ウクレレの奏でるハワイアンミュージックが流れてくると、一気に雰囲気がそれらしくなる。
「ようこそ、常夏のリゾートビーチへ。今日は私たちだけの貸し切りよ」
「贅沢だね、二人きりなんて」
僕は奥さんの横に並んで腰を下ろして、
「それ、僕の分もある?」
「もちろん」
差し出されたトロピカルジュースのグラスを受け取った。
一気に傾けると、よく冷えたオレンジジュースの甘さがのどに心地いい。
たとえ中身がスーパーで売っているお徳用ジュースであったとしても、こうして味わうと格別においしく思える。
これもきっと彼女の魔法のおかげだろう。
「せっかくのリゾート貸し切りなんだから、のんびり過ごしてリフレッシュしていってね」
奥さんが言うのに、僕はうなずいた。
「そうだね、しっかりリフレッシュしていくよ」
そうすれば、また仕事もはかどるだろう。
僕はジュースの残りを飲み干して思う。
この電気代分を、きっちり稼がないといけないのだから。
なんだか、ずるい。
日々、奥さんの魔法に予想外の驚きをもらっている僕はふと考えた。
奥さんばっかり魔法が使えて、僕ばっかり驚かされているのは、なんだかずるくはないか。
僕だって魔法を使ってみたい。
奥さんをあっと言わせてみたい。
何とか奥さんを出し抜いて、サプライズを仕掛けることはできないものか。
ただ驚かせるのではなく、彼女に喜んでもらえる、感動的な何かを用意できないものか。
僕は仕事部屋でパソコンと向き合いながら、あーでもないこーでもないと頭をひねらせた。
書類作成もそこそこに、奥さんの喜ぶことは何かを考える。
やはりどこかに旅行に行けるのがいいだろうか。
どうせ行くなら海外がいい。
滅多に見られないものがあって、珍しい体験ができるところがいい。
きれいなものが見られるのがいい。
心に残って、いつまでも忘れないようなきれいな景色――それこそ、魔法のような。
ひとつ、いいアイディアを思いついた。
僕は机の上に置いていたスマートフォンを取り上げると、通販サービスのアプリを立ち上げた。
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