ep.1『第五の馬 あるいはカウントダウン10』④



 次の日、朝のニュースが再び「カウントダウン10」を告知した。


 カウントダウンはまた減ってしまったけれど、三日前に戻っただけだと思うと、大したこともないような気がした。

 ニュースキャスターも同じ気持ちなんだろう。

 画面の中でニュースを読み上げている様子は、いつものおじさんと何も変わらないように見えた。


 ママはキッチンで目玉焼きを焼いている。

 サニーサイドアップかターンオーバーにするかで迷っていたみたいだけれど、結局両方作ることで二択問題を解決させたらしい。

 ジュウジュウと、卵が焼ける音だけが、僕の耳には聞こえている。


『――それでは、最期のニュースです』


 テレビの中から聞こえた台詞に、僕はコーヒーを注ぐ手を止めて振り返る。


『本日、世界は終わりとなります。

長らく皆さまと共にあったカウントダウンは、今日でその任務を終了いたします』


「……ママ」

「なあに?」


 僕はキッチンのママを呼ぶ。

 目玉焼きが焼き上がる音がする。

 僕はおじさんキャスターの様子をうかがう。

 ママはキッチンから出てこない。


『皆さま、どうぞ心静かに、決められた瞬間を受け入れてください。

この放送を通じて、私たちは共に、同じ瞬間を迎えます。

であれば、私たちは例外なく、決して孤独に終わることはないでしょう』


「ママ、テレビが何か言ってるよ」


 僕の声は、だけど水洗いの音にまぎれてママにはよく聞こえなかったらしい。

 返事すらない。

 僕は縫いつけられたように、テレビの中のニュースキャスターを凝視していた。


『私はここで、人生最後の仕事を全うできること、それを皆さまに見届けていただけることをうれしく思います。

二度と会うことはできない皆さま、さようなら。

これよりカウントダウンを始めます』


 画面の中に、大きく数字が浮かび上がる。


『10』


 キャスターの声が数字を読み上げる。


『9……8……』


「ねえ、ママ」


 ママを呼ぶ。

 キッチンから生返事がする。

 キャスターの口は機械のように正確に秒読みを続ける。


『……7……6』


「何か言った?」

「ママ……もし……」


 ママの声が聞こえない。

 自分が何を言っているのかも聞こえない。

 秒読みだけがテレビから聞こえてくる。


『5……4……』


「このカウントダウンがゼロになったら――」


『……3……2……1――』


「どうなるの……?」


『――0』


 瞬間、僕に白光の鞭が振り下ろされた。

 そんな衝撃を受けたとわかる間もなく僕は真っ白になった。


 声も感触も感情も呑み込んで、そうして世界は暗転の中に沈みきった。


 それを理解する人は、もう、誰もいなくなってしまっていた。






               end.

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