ep.2『おうち時間ツーリズム』

ep.2『おうち時間ツーリズム』➀




 僕の奥さんは魔女らしい。


「私は魔法が使えるの」


 それが結婚してからの、つまり、僕の彼女が僕の奥さんに変わってからの口癖だ。


 古いドラマにそんなタイトルのものがあった気がする。

 子供みたいにいたずら好きで、おもしろいもの好きの彼女、改め奥さんのことだから、配信動画の「名作ドラマ特集・海外編」かなんかを見て影響されて、ごっこ遊びでもはじめたものと最初は思った。

 だから、奥さんの調子に合わせて、


「そうだね、僕に解けない恋の魔法をかけたんだね」


 と返してみせたら、


「そういうことじゃない」


 と、マジレスされてしまって、僕の心はしたたかダメージを受けた。

 男心の繊細さに無頓着でマイペースな奥さんの、気まぐれな台詞と思って、そのときの僕は傷心を隠して聞き流した。


 しかし、それから数日、二人で選んだ愛の巣、こと、駅近・日当たり良好・徒歩十分圏内に大型スーパー有のマンションで新婚生活を過ごすうち、不思議なことが身の回りで起こっていることに気がついた。


 冷蔵庫の中、あと一杯分で空になりそうだった麦茶のポットが、次に開いたときにはいつの間にか満タンになっている。


 袖口のボタンが外れてしまっていたワイシャツが、洗濯から戻ってくるときちんと元通りにボタンがついている。


 一人暮らし時代から使っていた年季の入った電気ケトル。

 どうがんばってもぬるま湯しか沸かせなくなってしまったのをごまかしながら使っていたのだが、それがあるとき新品の電気ケトルに、領収書付きで生まれ変わっている。


 今日はカレーが食べたいなぁ、と僕がぼんやり思っていると、その日の食卓には野菜がゴロゴロ入った特製カレーライスが登場する。


「どうしてわかったの」


 スパイシーな香りをただよわせる、お皿に山盛りのカレーライスと、それを差し出す奥さんの顔を見比べながら尋ねてみる。

 すると、奥さんは頬を丸っこくふくらませて得意げな顔をし、こう言うのだ。


「私は魔法が使えるの」


 そう自信満々に言われてしまうと、僕としてはなるほど、とうなずいて、領収書に書かれた金額ぴったりを収めた封筒を奥さんに渡す以外にできることはない。


 そういうささやかだが不思議なことが、毎日身の回りで起こっていると、本当に僕の奥さんは魔女なのかもしれないと思えてくる。

 僕の見ていないところで、奥さんはいつも杖を一振り、魔法の力で家事の全てをこなしているのだろうか。

 もしかしたら、こっそりほうきに魔法をかけて仕事を手伝わせているかもしれない。


 僕は、手品の種を明かしてみたいような気持ちで、毎日奥さんの様子をよくよく観察している。

 だが、どういうわけか、奥さんが魔法を使う瞬間を目撃することはできず、なのに気がつくと、片方なくしたはずの靴下が、左右そろってきれいにたたまれてタンスの引き出しに入っていたりするのだ。



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