57:満天の星の下で君と(1)

「あっ、いま向こうで星が流れたわ。見た?」


 事件から二日が経過した夜。

 私はラスファルの北側に連なる山のうち、最も高い山の中腹にいた。


 魔法が使えないリュオンの代わりにドロシーがここまで私たちを魔法で運んでくれた。一時間後に迎えに来ると言って彼女は飛び去った。


 今頃彼女はエンドリーネ伯爵家と共に同じ星空を見ていることだろう。


 ユリウス様を猫にしてしまったにも関わらず、ドロシーは屋敷の住人たちにおおむね好意的に受け入れられてる。ドロシーはバートラム様やスザンヌ様の懐の深さに戸惑っているようだった。


「見た。こっちにも流れた」


 開けた場所に敷布を敷き、私はリュオンと手を繋いで仰向けに寝転がっている。

 私と彼の手首に光るお揃いの腕輪は、リュオンが昨日プロポーズの言葉と共に贈ってくれたもの。


 ダイヤモンドよりも硬く高価なミスリル銀で出来た腕輪の中心には小さな宝石が象嵌されていた。


 私が青、リュオンが銀色。互いの瞳の色だ。

 シンプルな意匠の腕輪に私は一目で惚れ込んだ。


「え、どこ?」

 愛を求めて鳴く虫と共に視界の両側に立つ木々の枝葉がささやかな音楽を奏でている。

 普段よりずっと地面に近い場所にいるから、大地と緑の匂いを強く感じた。


「あそこ。でも、もう消えた」

 人差し指を伸ばし、星が瞬く空の一点を指してからリュオンが手を下ろした。


「逆方向を見ていたから見逃してしまったわ。残念……どうしたの?」

 リュオンは顔を横に向けてじっと私を見ている。

 私も首を動かして隣に寝転がっているリュオンを見返す。


 すると、不意打ちのようにリュオンは甘く微笑んだ。

 ドキリと心臓が跳ねる。


「な、何?」

「いや。セラが隣にいる現実が不思議だと思って。おかしいよな、もう二ヶ月も一緒にいるのに。怖いくらいに幸せで――あまりにも幸せすぎて、いまでもたまに都合の良い夢か幻でも見てるんじゃないかと不安になったりするんだ」

「夢でも幻でもないわ。私はちゃんとここにいる。あなたの隣に」

 少し熱くなった頬を意識しつつそう言うと、「そうだな」とリュオンは穏やかに微笑んだ。


 金と赤の《魔力環》が浮かぶ綺麗な瞳に見つめられると、呪縛されたように身動きができなくなる。


 夜風に艶やかな彼の髪がふわりと揺れる。ただそれだけでまた心臓が跳ねる。

 夜に見る彼は昼とはまた違った魅力がある。

 いまの彼は魔性の美に加えて色気すら漂わせており、眩暈がしそうだ。


「私ね、お気に入りのものはイノーラに何でも奪われて悲しかったけれど――」

 とにかく何か言わなければ。

 このまま黙っていると心臓がもちそうにないため、私は思いつくままに喋った。


「イノーラがクロード王子を奪ってくれたことだけは感謝してるの。昔はクロード王子と結婚し、良き妻として一生を彼に捧げるのが私の使命だと思っていたけれど、いまとなってはあの人を生涯の伴侶とすることなんて考えられないもの」


「当たり前だ。セラの双子の妹を妻として迎えておきながら、婚約破棄したセラを愛人にしようとするような度し難いクズ野郎にセラを渡せるか」


 リュオンは繋いでいた手を離し、私を抱きしめてきた。強く。

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