54:もはや病気の域です
「待って。自爆攻撃って……リュオンは一体どんな魔法を使おうとしたの?」
私は青ざめてドロシーに尋ねた。
ずっと気になっていた。
《魔力環》が赤く変色する事例など見たことも聞いたこともない。
「セラ、もう終わったことだ。こうして無事なんだし、気にしなくても――」
「黙ってろ」
ユリウス様がリュオンの言葉を断ち切った。
ノエル様にも冷たく見つめられて、リュオンは気まずそうに目を逸らした。
「教えてくれ、ドロシー」
ユリウス様やノエル様の視線を受けて、ドロシーは素人にもわかりやすいよう嚙み砕いた説明を始めた。
「そうね、水槽を想像してみて。水槽の最下部には絶えず水が湧き出る泉があるの。おかげで水槽からはいつも水が溢れてる。水槽の中の水は生命力で、溢れた水は魔力。あたしたち魔女は溢れた水の余剰分を魔力として使ってるから、どんなに魔法を使っても大丈夫ってわけ」
彼女はぴっと人差し指を立てた。
「それを前提とした上で、リュオンが唱えた呪文を思い出してみなさい。『魔と生命を隔てる境は壊れよ』――要するにこの子は水槽そのものをぶっ壊して、生命力を丸ごと魔力に変換しようとしたの。あたしが禁じ手だって言った理由がわかったでしょ? この子がやろうとしたのは自殺よ。片方の《魔力環》が赤く変色してしまったのは身体からの警告。生命力と魔力の境目が曖昧になっちゃったから、このまま魔法を使ったら危険です、下手すりゃ死にますよって言ってるのよ」
私は遠くなりかけた意識を気力で繋ぎとめた。
全ては私のための行いだ。私には知る義務がある。
「次にこの子が使おうとした禁止魔法はさらにタチが悪い、ってかハッキリ言って最悪よ。本人が言ってたでしょ、『業報の呪詛』だって。あれは自分の命を代償に因果律を捻じ曲げ、あらゆる防御を貫通して対象の命を奪う心中魔法よ」
「……お前……」
ユリウス様はリュオンを睨みつけ、硬く拳を握った。
本気で殴られると思ったのか、怯えたようにリュオンが小さく身を引く。
「いや、だって、単純な攻撃魔法だとドロシーの近くにいた皆を巻き添えにしてしまうだろ? 誰にも被害を与えず、確実にドロシーを倒すにはあの魔法を使うしかなかったんだよ」
「ああそうだな。元々死ぬ気な訳だから自分の命を代償にしても問題ない。確かに最適だったな」
「悪かったって……許してくれ。二度と使わない。約束するから」
リュオンの態度は、まるで兄に叱られた弟みたいだ。
そういえば誕生日はユリウス様のほうが早かったな、と酷い目眩と頭痛に苛まれながら思い出す。実際のリュオンの誕生日は不明なので、あくまで書類上での話だが。
「ドロシー、リュオンは大丈夫なの? 魔法を使わなければ《魔力環》は金に戻るの?」
私は泣きそうになりながら尋ねた。
「ええ。傷ついた身体と同じで、魔力と生命力を隔てる境目――便宜上、膜とでも呼びましょうか。膜にも自己回復能力があるからね。一か月くらい魔法を使わなければ治ると思うわ」
「本当に!?」
「ええ。過去に似たような馬鹿をやって片目の《魔力環》が変色してしまった魔女を知ってるから間違いないわ。安心しなさい」
「良かった……」
私は脱力して長椅子の背もたれに背中を預けた。
「エンドリーネ伯爵の許可も取ったことだし、あたしはこれからしばらくここに滞在してリュオンの代わりに街を守る。あんたはその間、一切魔法を使っちゃダメよ」
ドロシーはリュオンの右目に浮かぶ赤い《魔力環》を見ている。
「リュオン、魔法を使っては駄目よ。何があっても絶対絶対駄目だからね!!」
背もたれから背を離し、リュオンの腕を強く握る。
「了解」
「どうしてそこで嬉しそうな顔をするの! あなた自分が危険な状態だってことわかってる!?」
「わかってるって」
「セラに心配されて嬉しいんだろうな……」
「もう病気だね……」
私が怒る一方で、ユリウス様たちは呆れていた。
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