53:ドロシー・ユーグレースの事情(2)

「んー、まあ、彼女の存在も戦争の一因ではあったわね」

 ドロシーはティーカップをソーサーに置き、曖昧に言葉を濁した。


「でもね、彼女だけじゃなく、『始まりの魔女』の転生体はほとんど全員が狙われたの。唯一転生体ではなく、オルガに作られた『始まりの魔女』そのものであるあたしも例外じゃなかった。なんたってあたしは不老不死、これほど知的好奇心が刺激される存在はなかなかないでしょう? 人間の科学者、研究者、学者、時の権力者――ありとあらゆる人間があたしを捕まえようと躍起になった。同胞の魔女すらもあたしの敵だった。全く、神様も厄介な魔法を授けてくれたもんだわ」


 なんと声をかければよいのかわからず黙っていると、ドロシーは長い三つ編みの先端を指先で弄った。


「ま、あたしの話はおいといてさ。戦争当時の『魔力増幅』の魔法を持つ魔女の転生体はフリーディアと同じくらい優しい子だったから、自分のせいで争いが起きることに耐えられなくて死んじゃったの。あたしは彼女が生まれ変わるのを待った。運よく巡り会えたときには戦争から百年以上の年が過ぎてた。彼女――フィーナは小さな島国で暮らしてて、珍しい男性の魔女の恋人がいた。恋人は第五王子で、将来結婚するんだって、幸せそうに笑ってた。でもフィーナの恋人はフィーナを愛してなんかいなかった。本当に好きな相手は他にいた。フィーナは第五王子が他の王子を蹴落とすために利用されるだけ利用されて、国王となったそいつにゴミみたいに捨てられた。用無しになった道具でも他人に利用されたら困るからと、身勝手な理由で投獄された挙句、ありもしない罪をでっちあげられて処刑された」

 ドロシーは眉間に皺を作り、心底忌々しそうに吐き捨てた。彼女の手の中で三つ編みが無残に潰れている。


「…………」

 言葉が出なかった。愛した人に裏切られて殺されて。フィーナはどれほど無念だっただろう。

 リュオンが無言で私を抱き寄せた。彼の肩に自分の頭を乗せ、濡れた目元を拭う。


 高まった内圧を下げるようにドロシーは息を吐き出し、潰れた三つ編みを手放して再び口を開いた。


「あたしがそれを知ったのはフィーナが殺された一年後。あたしはいつもそう。気づいたときにはいつだって手遅れ。フリーディアが死んだときもあの子の傍には居られなかった……なにせ、こんな身体だからね」

 ドロシーは自嘲するように言って目を伏せた。


『居られなかった』――そうか、決して成長しない肉体を持ったドロシーは一か所に留まることはできないんだ。


 長く留まると見た目が変わらないことを周りの人間や魔女に怪しまれてしまう。

 彼女が変身魔法を学んだのも必要に駆られてだったのだろう。


「『魔力増幅』の魔法を持つ魔女が幸せな一生を送れることは滅多にない。フィーナの例が示す通り、大抵が悪党に狙われて使い潰され、悲惨な死を遂げる。そこで今回は傍観者でいることを止めて、思い切って干渉することにしたの。セラの傍にいるリュオンがどんな魔女なのか見定めようと思ったのよ。あたしが知りたかったのはセラを狙う強敵が出現したときのリュオンの反応。口だけなら何とでも言えるし、人間って極限状態に置かれたときにこそ本性を現すものでしょう? だから、悪いとは思ったけど悪役を装って攻撃させてもらった。リュオンが我が身可愛さにセラを差し出したり、尻尾を巻いて逃げるような奴ならあたしの手元でセラを保護しようと思ったんだけど……余計なお世話だったわね。いくらあたしに勝てないからって、まさか自爆攻撃してくるとは思わなかったわよ。セラのこと愛しすぎでしょ、あんた。聞けばセラのために天災級の魔獣を三頭も倒したって? もはや感心を通り越して呆れるわ。あんまり無茶ばっかりしてると、そのうち本当に死ぬわよ?」

 ドロシーはリュオンの額に巻かれた包帯を見て苦笑した。

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