10:イノーラの自爆(1)

   ◆   ◆   ◆


 ――話はセレスティアがブードゥーの館で働き始めた二ヶ月ほど前まで遡る。


 レアノールの王宮の西側に位置する《紅玉の宮》では緊張した面持ちの女官たちが女主人を取り囲み、朝の支度を整えていた。

 

《紅玉の宮》の主人は先月クロード王子の妃となったこの私。


 私は鮮やかな黄色のドレスに身を包み、女官になされるがまま豪奢な椅子に座り、姿見に映る自分を見ている。


 結い上げられたピンクローズの髪。

《魔力環》が浮かぶ青い瞳。


 白い首元には耳飾りとお揃いの大粒のダイヤモンドを巻き、豊かな胸の双丘にきゅっとくびれた腰と、私は実に魅惑的な身体つきをしている。


 社交界の華、レアノールの宝石。


 女たちは私を羨望の眼差しで見つめ、男たちは跪いて愛を乞うた。


 若干十三歳にして最強の魔女の称号である《国守りの魔女》を得た私はまさに無敵。


 誰も彼もが私の虜。


 セレスティアの婚約者であるクロード王子も、ちょっとしなを作って声をかければ簡単に落ちた。


 セレスティアは私の結婚式後に失踪したらしい。


 二十歳も年上で女癖も顔も悪く、資産しか取り柄のない侯爵に姉を嫁がせようとしていた両親は嘆いているようだけれど、陰気な姉がいなくなったところで私には何の支障もない。


 大団円を迎えた物語の中の姫のように、私は女なら誰もが憧れる煌びやかな王宮でクロード王子と幸せな結婚生活を送る……はずだったのだが。


 何故か最近魔法の調子が悪い。


 体調不良とごまかし続けてきたけれど、昨日とうとう国王陛下に呼び出された。


 謁見の間には王族や宰相の他にも宮廷に仕える魔女たちがいた。


 宮廷魔女のココは「《国守りの結界》を張るどころか、二級魔法さえ使えなくなった妃殿下は《国守りの魔女》に相応しくありません。一か月後に行われる《花祭り》で国民の期待に沿えなかった場合、新たな《国守りの魔女》を選出させていただきます。これは国王陛下及び宮廷魔女の総意です」と冷ややかな目で言った。


 ココの奴、平民の分際でこの私を見下しやがった!!


 魔法学校では私に頭を下げていたくせに!


 名前を覚える価値もない、その他大勢の魔女の一人だったくせに!!


 ココに対してだけではなく、私の隣にいた夫にも怒りが沸く。


 愛する妻が公の場で侮辱されたというのに、あいつは何故私を庇わないの!?


 大体ね、前から思ってたけどクロード王子って容姿からして全然格好良くないのよ!


 国王夫妻が甘やかすから小太りだし、鷲鼻で丸顔で、セレスティアの婚約者じゃなかったら絶対に横から奪おうとは思わなかった!


 私がレアノールの宝石なら、あの男はその辺の道端に転がってる石ころよ!


 将来生まれた子どもがクロード王子似だったらと思うと寒気がするわ!!


 苛々が止まらない。


 一体何故私の魔力は極端に少なくなってしまったの?


 昔は欠伸交じりに直球一メートルはある火球を生み出せていたのに、いまでは全力で魔力を練り上げても手のひらサイズの火球を生み出すのが精一杯。


 これでは並の魔女以下だ。


 私に起きた異変に周りの者たちはとっくに気づいている。


 私の不調がちょうど姉が出奔した時期と重なるせいか、王宮では「実はセレスティア様こそが偉大なる《国守りの魔女》だったのでは?」などという不愉快極まりない噂まで流れ始めた。


 噂を囁いた人間を見つけるたびに鞭打ってきたけれど、私の評価は下がる一方。


 私の振る舞いが目に余ると女官長や国王陛下から諫められたって、あいつらが私の悪口を言うのだから仕方ないでしょう!?


 ああ、全く、どいつもこいつも、苛々するったら!!


「ちょっと、痛いじゃないの! 引っ張らないで下手くそ!」

 私は髪を梳かしていた女官の手をぴしりと叩いた。


「も、申し訳ございません! お許しください!!」

 女官は深く頭を下げた。


 女官たちのびくびくおどおどした態度も苛立ちを助長させる。


 まるでいつも私の顔色を窺ってばかりいた姉を見ているようだ。

 もっとも、姉はこの鈍くさい女官よりはよほど侍女として有能だった。


 私が無言で爪を見つめれば速やかに爪を整える道具一式を揃えて私の爪を磨いたし、私が指摘するよりも早く床に跪いて私の靴の汚れを取り除き、私が望んだときにお茶を淹れた。


 姉は私に付き従う影のように気配なく私の傍に控え、どこからともなく欲しい情報を入手し、水面下で役に立ち続けた。


 姉妹としての親愛の情は欠片もない。

 でも、侍女としては実に便利で都合が良かった。


 ――あいつ、今頃どこで何してるのかしら。


 もしも居場所が割り出せたなら、今度は逃げられないよう首に縄をかけ、生涯、私の侍女としてこき使ってやるのに。


 そうよ、あいつに相応しい役割は私の侍女。

 あいつが《国守りの魔女》だなんてありえないわ。

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