11:イノーラの自爆(2)

 国花である薔薇が国中で咲き誇る一か月後、レアノールでは《花祭り》が行われた。


 レアノールは森の奥の小さな国で、その王城は川辺に位置している。


 王都の城前広場や川辺は人々で埋め尽くされ、祭りに伴う式典は順調に進行した。


 式典の最後を飾るのは《国守りの魔女》による《祝福の風》。


 これは魔法で風を生み出し、予め用意されている薔薇の花びらを空高く舞い上がらせ、この一年の無病息災の願いを込めて国民に花びらの雨を降らせるというもの。


 花びらの雨を降らせる範囲が広ければ広いほど賞賛の声も大きくなる。


《国守りの魔女》の腕の見せ所だ。


 とはいえ、いまの私では以前のように王都中に花びらの雨を降らせることは不可能。


 でも、矜持プライドの高い私は「できない」なんて口が裂けても言えないし、誰かに《国守りの魔女》の称号を譲るつもりもなかった。


 そこで私は権力と人脈を駆使して魔力増幅アイテムをありったけかき集め、膨らんだドレスのスカートの下に隠した。


 私のすらりとした美脚にはこれでもかとばかりにアクセサリーが巻き付けられている。


 スカートをまくり上げられたら一巻の終わりだが、第三王子の妃にそんな無礼な真似を働く人間などいるはずもない。


 ――さあ、私の出番だわ。


 国王と入れ替わりに白亜の城のバルコニーに進み出た私は、割れるような国民の拍手と歓声に応じてにこやかに手を振った。


 バルコニーの端っこではココや宮廷魔女たちが私を見ている。


 おあいにくさま、《国守りの魔女》の称号はこれからも私のものよ。


 私は女神に祈りを捧げる乙女のように両手を組み、目を閉じて長々と呪文を唱え、目を開くと同時に魔法陣を展開した。


 去年と変わらぬ大きな魔法陣を見た国民たちがどよめき、さすがイノーラ様と口々に私を褒め称えている。


 これよこれ!

 やっぱり私に相応しいのはこの光景よね!


 魔法陣に魔力を注ぎ込み、国民に向かって両手を広げるパフォーマンスをしながら風の魔法を発動すると、私の両足に巻きつけられたアクセサリーが強烈な赤い輝きを放った――って、え?


 全身から冷や汗が噴き出す。


 ちょっと待って、魔力増幅アイテムって効果発動中に赤く光るの!?


 私が着ているドレスは上半分が水色で、スカート部分は白いのよ!?

 赤い光はスカートの白い布地に透けて、ココたちに見られたわよね!?


「なんだいまの、イノーラ様のスカートが赤く光らなかったか?」


 げっ、国民が気づいた!?


「そういう演出なんだろう。それより見ろよ、王都中に吹く風と、風に舞う色とりどりの花びらを。やはりイノーラ様の魔法は素晴らしい。彼女こそ《国守りの魔女》だ」

 そうそう、国民は馬鹿でいてくれなくてはね。


 搾取される立場のあなたたちがいなくては私の優雅な生活は成り立たないのよ。


「イノーラ妃殿下」

 と、ココが無表情で近づいてきた。


「先日、私たち宮廷魔女が所属する《賢者の塔》のカーマイト支部とヨレンダ支部が襲撃され、大変貴重な魔力増幅アイテムが根こそぎ強奪される事件が起きました。それを踏まえて、妃殿下のスカートが不自然に赤く光った理由を教えていただけますか? スカートの下に何を隠されているのですか?」


「…………」

 新たに生まれた冷や汗が頬を滑り落ちていく。


 私は愛人や私の信奉者たちに集めろと言っただけ。

 決して強奪しろとは言っていません、などと言い訳したところで無意味だろう。


 無言で周りを見回したけれど、助けてくれそうな人間は誰もいない。


 国王陛下を含む王侯貴族に加えて、魔女や警備中の騎士たちはココと同じ絶対零度の眼差しを私に注いでいる。


 唯一私の味方であるはずのクロード王子は青い顔で目を逸らしていて、その情けなさに涙が出そうだ。


 何知らん顔してるんだよ、お前だって私の協力者だろーが!!

 肝心なときにいっつもそう、お前はクソの役にも立たねー!!


 夫なら妻を庇えよ、この豚がっ!!


 内心で王子に罵詈雑言を浴びせようと現実は覆らない。


「イノーラ妃殿下。私たちと共に来ていただけますね」

「……はい……」

 人体などあっさり貫けそうな物騒な槍を右手に構えた騎士たちが進み出てきて、私は無力に項垂れるしかなかった。

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