06:白皙の美貌を持つ少年

 二十分後。

 レースカーテン越しに初夏の日差しが差し込む本館のサロンにて、私たちは四人でテーブルを囲んでいた。


 突然訪れたにも関わらず、エンドリーネ伯爵は執務を中断し、美味しい紅茶と焼き菓子で私をもてなしてくれた。


「――つまり、レアノールから逃亡してきた伯爵令嬢セレスティア・ブランシュ――改め、セラを侍女として雇ってほしいというわけだな」


 紅茶と焼き菓子の甘い香りが漂う中、バートラム・エンドリーネ伯爵は感情の窺えない声音でそう言った。


 バートラム様は口髭を綺麗に整えた銀髪の中年男性だ。

 厳格そうな顔立ちに、凍てつく冬の湖のような青い瞳。


 冷静沈着な切れ者と領民からは評されているらしいけれど、それが嘘ではないことは見た目や雰囲気からも伝わってきた。


 彼の鋭い眼光を受けていると、心の奥底まで見抜かれているようで不安になり、どうにも落ち着かない。


「はい。セラは八年前、道端で衰弱していたおれを診療所まで運び、助けてくれた恩人です。世界広しといえども、他国の貧民を助けるような善人などそういるものではありません。その人柄はおれが保証します。温かい春の心を持ったセラなら女性不信に陥ったユリウスの心を溶かしてくれるはずです。引いては、厄介な魔法の発動も抑えられるようになるかもしれません」


 女性不信? 厄介な魔法? 気になる単語が二つも出てきた。


「そうね……そんな未来が訪れたらどんなに良いことでしょう」

 黒髪に明るいオレンジ色の目をしたスザンヌ様がバートラム様の隣でため息をついた。


「あなた。たとえ紹介状がなくとも、わたくしたちやラスファルのために尽くしてくれた大魔導師の推薦なら大丈夫でしょう。誓約書を書かせずとも秘密は守るはずです」

 念押しするようにスザンヌ様がこちらを見る。


 ――どんな秘密であろうと決して口外しません。


 その意思を込めて即座に頷くと、スザンヌ様はほんの少しだけ微笑んで夫に向き直った。


「望み通り、セラをユリウスが暮らす別館付きの侍女として雇って差し上げたらいかがです? 誰にも解けなかったユリウスの魔法を解いたリュオンの前に、八年前に出会った他国の少女が名前と身分を捨てて再び目の前に現れたというのも、わたくしにはなにか運命のようなものを感じます。ここは一つ、彼女が新しい風を吹かせてくれることを信じてみませんか? いくらショックな出来事があったとはいえ、ユリウスは将来あなたの後を継ぐ伯爵家の嫡男です。いつまでも引きこもらせているわけにもいきませんわ。ノエルに代行させるにも限度があります。やはりあの子自身が社交界に顔を出さなければいけない、そうでしょう?」


「……。そうだな」

 思案顔を見せた後、バートラム様は頷いた。


「良かろう。セラをユリウス付きの侍女とする」





 バートラム様から聞いたユリウス様のお話は私を気鬱にさせた。


「……大丈夫か? ユーリに同情するのは結構だが、あまり感情移入しすぎるなよ?」

 重苦しい空気をまとい、俯き加減に何も話さずにいる私を心配そうに見つつ、リュオンは鍵を取り出して別館の正面玄関の扉を開けた。


 彼は鍵を渡されるほど信頼されているらしい。


「ええ。わかっているのだけれど……つい私の境遇と重ね合わせてしまうのよ。リュオンは私とユリウス様の過去が似ているから、ユリウス様の理解者となることを期待して私をこの屋敷に招いたのでしょう?」

 正面玄関から中に入り、煌びやかな玄関ホールを抜けて大広間へと進みながら話を続ける。


 二人分の足音が静かな館に響く。

 大勢の使用人がいた本館に対し、別館に住んでいるのはユリウス様と弟のノエル様、それからリュオンと料理人のネクターだけ。


 人の手が足りないはずなのに、別館の床は鏡のように磨き抜かれていた。


「まあな。付け加えるなら、おとつい溺愛していた犬のルチルが死んでしまって、ユーリが酷く落ち込んでるから。セラならその心の隙間も埋めてくれるんじゃないかと思った」

「そうなの……私の家では猫を飼っていたから気持ちはわかるわ。亡くなったときはしばらく立ち直れなかったもの」

 三年前に亡くなった愛猫のことを思い浮かべ、しみじみと呟く。


 気位が高くて、普段は触らせてくれなかったけれど、落ち込んでいるときや体調が悪いときはそっと寄り添ってくれるような優しい猫だった。


愛犬ペットを失った悲しみを癒すのは難しいと思うけれど。少しでもユリウス様の気持ちが晴れるように頑張るわね」

「ああ。ユーリはおれにとって第二の主人であると同時に大事な友人だから。よろしく頼――」


「お帰り、リュオン」

 不意に前方から透明な声が降ってきた。


 リュオンと揃って見上げれば、赤い絨毯が敷かれた階段の踊り場から息を呑むほど美しい一人の少年がこちらを見下ろしている。


 白いシャツに黒のズボン。

 踊り場にある窓から差し込む陽光を浴びてキラキラと輝く白銀の髪をひと房だけ伸ばして尻尾のように括っている。


 その瞳は水色で、肌は白く、全体的に色素が薄い。

 顔だけ見ると少女のようでもあるけれど、その細い身体は間違いなく男性のものだった。


 料理人のネクターは中年だと言っていたから、該当する名前は一つしかない。


 ユリウス様の弟、ノエル・エンドリーネ様だ。

 年齢は私より一つ年下の十六歳。

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