46:元気で
「すみません……」
「いや、セラが謝ることじゃないから」
少しして、エミリオさんは丸太でも担ぐようにイノーラを肩に担いで戻ってきた。
イノーラが暴れたので気絶させたのだろう。無理もない処置である。
「『大変お騒がせしました』」
イノーラを担いだまま、エミリオさんはぺこっと頭を下げた。
「『いえ、お疲れ様です。本当に……お疲れ様です……』」
ノエル様の声には深い同情が籠っていた。
「『労いのお言葉ありがとうございます。皆様のご協力のおかげでようやく馬鹿二人を捕まえることができました。リュオン様からはロドリー国王陛下直筆の信書もいただけましたし、これでエンドリーネ嬢に余計な手出しをすることなく大手を振ってレアノールに帰れます。本当にありがとうございました。それでは失礼しますね』」
爽やかに微笑んで、エミリオさんはイノーラを担いで歩き去った。
――元気で。
意識のないイノーラを見つめ、私は心のうちで呟いた。
「『酷いよイノーラ。帰ったら父上と母上に言いつけてやるっ。ねえセレスティア、やっぱり僕は君と結婚するべきだったんだよ! 君こそが僕の運命の人だったのに、イノーラに騙されてしまったんだ、くそう!』」
別れの余韻に浸る暇もなく、いつの間にか復活していたクロード王子が話しかけてきた。
地面に突き飛ばされたせいで傷だらけだが、元気な証拠に彼は短い足で地団太を踏んだ。
「『あの悪女め! いやっ、いまからでも遅くない! セレスティア、僕の愛人になっ――』」
クロード王子の眼前に巨大な魔法陣が出現した。
こちらは激しい業火を生み出す魔法陣だ。この炎に焼かれれば骨も残るまい。
「『申し訳ありません王子、よく聞こえなかったもので。もう一度言っていただけますか?』」
見ると、リュオンは薄く笑っていた。
「『いえ、その……なんでもありませんです、はい……』」
すごすごと引き下がったクロード王子の腕をブラッドさんが掴む。
「『協力に感謝する』」
ブラッドさんは私たちに会釈した後、泣いているクロード王子を連れてエミリオさんの後を追った。
レアノールからやってきた三人のうち、残ったのはココだけだ。
「『本当に、救いようのない馬鹿どもだわ……案外お似合いの夫婦かもね』」
ココはため息を吐き、私の前に立って口を開いた。
「挨拶が遅くなってしまったけれど、セレスティア――じゃなかった、いまの貴女はセラだったわね。久しぶり」
ココは綺麗な発音で話し始めた。
さすがは才女。ロドリー語も扱えるらしい。
「私と貴女は仲が良い友達というわけでもないし、私がロドリーに来た当時の目的を考えれば、とても感動の再会というわけにはいかないけれど……」
詫びるようにココは目を伏せてから、また顔を上げた。
「でも、会えて良かったと思うわ」
「私もココに会えて嬉しいわ」
私が微笑むと、ココも眼鏡の奥の目を細めて笑った。
ふと、懐かしい記憶を思い出す。
魔法学校で池に鞄ごと教科書を投げ込まれ、泣きそうになりながら拾っていると、ただ一人、ココだけが池に入って拾うのを手伝ってくれた。
飛翔魔法の演習中、箒にまたがって悠々と宙に浮かぶ魔女たちを地上からただ見上げるしかできなかった惨めな私を気遣い、箒が折れたことにして降りてきてくれた。
授業が終わるまで、二人並んで演習場のベンチに座って風に吹かれた。
長い長い沈黙の後で、彼女はぽつりと呟いた。
――あなたも大変ね。
敵だらけの魔法学校の中で、ココはただ一人、消極的な味方でいてくれた。
表立って私を庇うことはなかったけれど――何せイノーラの大親友がココが暮らす村の領主の娘だったのだ。私に肩入れして反抗すれば家族が酷い目に遭う――私が挫けそうなときは陰でそっと励ましてくれた。
それがどれほど救いになったか、多分ココは知らないだろう。
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