43:大事な恋人
「戻るぞ」
リュオンは私の手を引き、身を反転して走り出した。
ノエル様もすぐに私たちの後に続く。
「『待ちなさいよお!!』」
心配は杞憂だったらしく、イノーラは金切り声を上げて追いかけてきた。
彼女の後方からクロード王子の声もする。
やがて路地裏に戻った私たちは足を止めてイノーラたちと対峙した。
私たちを睨むイノーラの右の鼻の穴からは一筋の血が流れている。
おかげで、睨まれても怖さよりも間抜けさが強調されていた。
「『久しぶりね、イノーラ。挨拶はさておき、鼻血が出てるから拭いたほうがいいわ。ハンカチが必要なら渡すわよ』」
「『要らないわよ!!』」
興奮のあまり鼻血を出している自覚はなかったらしい。
イノーラは慌てたように手で鼻を隠し、ポケットからハンカチを取り出して鼻の下を拭い、改めて私を睨んだ。
「『その連中は何なの。あんたの
「『止めなさい。この二人に対する侮辱は許さないわ』」
「『許さない? 許さないですって? セレスティアの分際で、何を偉そうに!! さっさと私に掛けた呪いを解きなさいよ!!』」
今度は殴り掛かってきたイノーラの腕を掴み、ノエル様があっさり地面に組み伏せる。
少し護身術を齧った程度の相手などノエル様の敵ではなかった。
「『何するのよ、放しなさい!! あんた私が誰だかわかってるの!? レアノールの第三王子の妃なのよ私は!! こんなことをしてタダで済むと思ってるんじゃないでしょうねっ!!』」
右手をねじ上げられて動けないイノーラは唾を飛ばす勢いで喚いた。
「『ああ……どうしよう……』」
クロード王子はおろおろしている。
彼には身を挺してでも妻を助け出そうという気概はないようだった。
「『正当防衛という言葉をご存じですか、イノーラ妃殿下。目の前で姉が殴られそうになっているのを黙って見過ごす弟がいると思いますか?』」
ノエル様は冷ややかな眼差しをイノーラに注いだ。
「『はあ? あんた何ふざけたこと言ってるのよ、頭がおかしいんじゃないの? 誰があんたの姉ですって? セレスティアは私の姉よ!』」
「『いいえ、イノーラ。私はセレスティアじゃない。いまの私の名前はセラ・エンドリーネ、エンドリーネ伯爵の養女なの。あなたの腕を掴んでいるノエル様は本当に私の弟よ。私は国王陛下の承認を得てロドリーの国民となったの。国王の庇護下にある私に手を出せばレアノールは報復を受ける』」」
感情を交えず、私はただ淡々と事実を告げた。
「『わかったらおとなしくレアノールに帰ってもらえないかしら。何か勘違いしているみたいだけど、私はあなたに何の呪いもかけてない。私には魔力増幅アイテムと同じ力があって、自分でも気づかないうちにあなたの魔力を増幅していたのよ。私が離れることであなたの魔力が著しく減ってしまったのは、ただ本来の魔力量に戻っただけ。私を恨むのは筋違いよ』」
イノーラは呆けて私を見つめた。
「『……貴重な魔力増幅アイテムと同じ力ですって? 嘘でしょう。信じないわ。あんたにそんな特別な力があるなんて――《国守りの魔女》が本当にあんただったなんて、そんなこと、あっていいわけないでしょう?』」
「『信じる信じないは自由だけど、あなたが何を言おうと私はレアノールには帰らない。私の居場所はここにあるの』」
少しだけ首を傾けてリュオンを見ると、リュオンは微笑んで私の手を握る手に力を込めた。私も自然と微笑み、彼の温かい手を握り返す。
「『……何……何なのよ。どうなってるの。さっきからずっと仲良さそうに手を繋いで――まさかそいつ、あんたの恋人って言うんじゃないでしょうね』」
何故か震え声でイノーラが尋ねてきた。
「『そうだよ。おれとセラは愛し合ってるんだ。な?』」
リュオンが平然と嘘をつき、繋いでいた手を離して私の腰を抱いたため、心臓が大きく跳ねた。
「『……そうよ。大事な恋人よ』」
私は思い切って彼の肩に頭を乗せた。
嘘ではない。
付き合っているわけではないが、恋しく思う相手というなら彼は正しく私の恋人だった。
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