42:いざ対決!

 屋敷の外に出た後、右手でノエル様の手を、左手で私の手を掴み、リュオンは風の魔法を使って空を飛んだ。


 目に映るラスファルの街の景色はあっという間に視界の後方へ流れていく。


 リュオンを中心として球状に展開された光の障壁が守ってくれているため、風圧で吹き飛ばされることはない。


 リュオンはこれまで何度か戯れに私を抱えて空の旅に連れて行ってくれた。

 だから空を飛ぶことには慣れてはいるし、万が一落ちてもリュオンが助けてくれるのはわかっている。


 でも、やっぱり怖いものは怖い。


 この高さから落ちたら間違いなく即死だ。

 なるべく足元を見ないようにしながら空を飛ぶこと約五分。


 その間、私は出発前に聞いた話を思い出していた。


 昨日の夜、リュオンが外出した理由は強い魔力を持つ魔女が仲間らしき二人の男性と街に入ってきたことを魔法で察知したからだった。


 普段なら魔女が入って来ても気にはしないのだが、イノーラの襲撃に備えて厳戒態勢だったリュオンは魔女が何者かを確かめることにした。


 魔女たち三人が向かったのは街で人気の『蝶々亭』。


 素知らぬ顔でリュオンは近くの席に座り、ミドナ語で喋る魔女たちの会話を盗み聞きした。


 ――イノーラとクロード王子は正直雑魚だし、その気になればいつでも捕まえられるわ。あいつらは後回しで良いとして、問題はセレスティアよ。何であの子、よりにもよってエンドリーネ伯爵邸に身を寄せているの? 情報屋の情報が確かなら、エンドリーネ伯爵は《双刃のバートラム》、伯爵夫人は《血染めのスザンヌ》と呼ばれた国内でも指折りの武人だっていうじゃない。さらに大魔導師リュオンと国軍の近衛隊長ノエルが四六時中あの子を守ってるってどういうことなの? どうやって私たち三人だけであの要塞を攻め落とせって言うのよ。完全武装した一個師団でも無理よ。もうやだおうち帰りたい。そもそも私はあの子を捕まえたくないってのに。


 テーブルに突っ伏して嘆く魔女の言葉を聞いて、仲間に引き込めると確信したリュオンは彼女たちに話しかけた。


 リュオンが差し出した国王直筆の信書を見て、私を捕まえる理由を失った魔女たちは大喜びした。


 魔女と共にいた二人の騎士の名前はエミリオとブラッド。

 そして、魔女の名前はココ。

 レアノールの魔法学校を飛び級で卒業した、私の知るココその人だった。


「降りるぞ」

 リュオンの宣言で私は回想を打ち切り、石畳の路地にふわりと着地した。

 十数メートルの距離を降下したとはとても思えないほどの優しい衝撃が足の裏に走る。


 そこはラスファルの街の大通りから少し外れた路地だった。

 閉鎖された工場の高い壁に日差しを遮られた薄暗い路地には私たち以外に誰もいない。


 騒ぎにならないよう降下先には人気のない場所を選んだのだろう。

 降り立ってすぐにリュオンは大した動作もなく魔法を使った。


 リュオンの目の前に出現したのはこの街の地図だ。

 地図の上には赤い点が表示されている。


「イノーラたちは目抜き通りを歩いてるようだ。さすがに目抜き通りで騒ぎを起こすのはまずいな」


「ここまで誘い出しましょう。私を見つけたらイノーラはきっと追ってくる」

 私がそう言うと、リュオンは辺りを見回した。


 右手は空き地。左手には廃工場。民家は遠く離れている。

 ここなら多少騒ぎになっても大丈夫なはずだ。


「そうだな」

 リュオンは懐から『伝言珠』を取り出し、一分ほど話して通信を切った。


「ココたちもすぐに駆け付けるって。行こう」

「ええ」

 三人で歩き出す。

 目抜き通りに近づくにつれて心臓が早鐘を打ち始め、手に汗が滲んだ。


 平気なふりをしていても身体は正直だ。

 あの子と会うのは緊張するし、やっぱり少しだけ怖い。


 私の表情から何かを察したらしく、リュオンが無言で私の手を握った。

 その手を握り返して歩くこと約五分、私はついに視界内にあの子の姿を捉えた。


 多くの人が行きかう昼下がりの大通り。

 雑貨屋の前をクロード王子と一緒に歩いているのは間違いなくイノーラだった。


 旅の苦労を物語るように頬が少々こけているけれど、その並外れた美しさは決して人ごみに埋没することはない。


 イノーラの服装は華やかなドレスではなくひざ丈の緑のワンピース。

 クロード王子はシャツに濃紺のズボンを履いていた。


 逃亡の過程で路銀が尽きたのか、平民に紛れるべくわざとその格好をしているのか、二人とも、一国の王子とその妃が身に着けるには到底相応しくない安物の服を身に纏っている。着飾ることが趣味のイノーラにはさぞストレスだったに違いない。


 リュオンの手を握り、私は覚悟を決めて息を吸い込んだ。


「イノーラ!」


 辺りの喧噪に負けないよう大声で名前を呼ぶと、イノーラとクロード王子は揃って大通りと細道の交差点に立つ私を見た。


「セレスティアぁ――!!」


 イノーラは目をつり上げて悪鬼の形相になり、人で溢れる目抜き通りを一直線に私に向かって走り出した。


 イノーラに体当たりされた小さな子どもが地面に手をつこうと、肩をぶつけられた女性が悲鳴を上げてその手から焼き菓子を落とそうとお構いなしだ。


 私に逃げる暇も与えず、十メートルほどの距離を瞬く間に縮めたイノーラは私の眼前で踏み切って右足を振り上げ、全力で私を蹴り飛ばそうとした――のだろう。が。


 私の横から飛び出したノエル様が絶妙なタイミングで軸足を払ったことによって目論見は失敗に終わった。


 無茶な走り方をしていたせいでろくに受け身も取れず、もんどりうって倒れる。

 自業自得とはいえ、顔面を打ったようなのでさすがに心配になった。


「『だ、大丈夫かいイノーラ? しっかりして!』」


 膨らんだお腹を揺らしてクロード王子がイノーラに駆け寄る。

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