18:寂しそうな背中
昼食の後片付けを終えると、洗濯物が乾くまではしばらく手持ち無沙汰になる。
ブードゥー様のお屋敷にいた頃はこういった暇な時間は皆で掃除をしていたのだが、この屋敷には掃除魔法がかかっている。
気になる埃やちょっとした汚れを見つけたら近くの窓を開ければ良い。
埃や汚れは吸い込まれるように窓の外へと飛んでいき、風に吹き散らされてそのままどこかへ消えていく。
つくづく便利な魔法である。
もし同じ効果を持つ魔法道具が安価で販売されたなら、世の主婦は泣いて喜ぶに違いない。
屋敷の外、庭の手入れは伯爵家お抱えの庭師が行ってくれる。
素人の手伝いはむしろ庭師の手間を増やすだけだ。
たまに廊下や部屋の窓を開けることで掃除をしつつ、ぶらぶらと屋敷を歩き回っていた私は、庭から花でも摘んできて花瓶に活けようと思い立った。
園芸用の鋏を片手に庭に行き、さてどの花を摘もうかなと花壇を見回して――そして気づく。
ガラス張りの温室の隣に赤いスカーフを巻いた黒猫がいた。
ユリウス様が眺めている方向にはラスファルの大通りが走っている。
大通りのさらに向こう――ラスファルの街を囲う高い城壁の遥か先にはスタンレー卿が治める広大な領地がある。
ノエル様や伯爵夫妻はその領地内のどこかにあるスタンレー卿の屋敷で他の有力貴族を交えて会食をしているはずだった。
泣き出しそうな空の下、緩やかな風に吹かれながら、黒猫はじっと黙ったまま動かず、街の外を見ている。
声をかけるべきか否か。
誰しも一人になりたいときはある。
迷った末に、私は手に持っていた鋏を花壇の横に置いてユリウス様に近づいた。
足音に反応して、黒猫の耳がぴくりと動く。
黒猫は身体を捻ってこちらを見た。
「……ユリウス様。良かったら私とお話しませんか」
ユリウス様の負担にならないように、私は会話には少し遠い距離で足を止めた。
「どんな話を?」
試すような口調でユリウス様が言う。
「ノエル様のお話はいかがでしょう」
ユリウス様の耳がまたぴくっと動いた。
個人の深い事情に踏み込みたいなら、こちらもまた話をするのが礼儀だ。
私は覚悟を決めて、ユリウス様に自分の過去を打ち明けた。包み隠さず、全てを。
「……というわけで、私は双子の妹と仲たがいしたまま国を出ることになりました。私たち姉妹の関係の修復は不可能です」
私が無意識に『他人の魔力を増幅する魔法』 を使い、イノーラを《国守りの魔女》にしていた事実を知ったら、イノーラは私に感謝するどころか逆上するだろう。
お前にそんな力があっていいはずがないと取り乱し、胸倉を掴んで喚き、私を傍に縛り付けようとする。
それこそ、どんな手段を使ってもだ。
口元に乾いた笑みが浮かぶ。
――ああ、やっぱり。
私を見下し、罵倒し、利用しようとする姿は容易に想像できるのに、イノーラが私を愛する姿など全く想像できない。
「私と妹が分かり合える日は永遠に来ないでしょう。でも、ユリウス様とノエル様は違うのではないでしょうか。差し出がましいこととは存じますが、私は別館はもちろん、本館でも聞き込みをしました。お二人は、昔はとても仲が良かったのですよね?」
兄弟の間に亀裂が生じたのは、ユリウス様が七歳を迎え、本格的に貴族としての教育を受け始めた頃だ。
大好きな兄にいつもついて回っていたノエル様は、ユリウス様が帝王学を学ぶときも同じ部屋にいることを望んだ。
四歳の子どもが理解するには難解すぎる内容だったため、すぐに退屈して逃げるだろうと家庭教師やエンドリーネ伯爵夫妻は踏んでいた。
しかし、予想に反してノエル様はおとなしく椅子に座り、家庭教師の言葉に耳を傾けた。
その日の夜、晩餐の席でノエル様はたった一度聞いただけの教師の言葉を一言一句違わず復唱してみせ、エンドリーネ伯爵夫妻や使用人たちの度肝を抜いた。
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