22話 恩人

 宮原さんから、同人誌の印刷会社をさがしているという話を聞いて、俺が真っ先に思い浮かべたのは、高校時代の司書の先生のことだった。彼女はずっと長いこと仲間と同人誌を発行していると言っていた。その当時の俺は、同人誌という活動について知識がなく、ただ一般の個人が本を作れるということに驚いた、という感想しか持たなかった。


 あの先生はまだ母校にいるのだろうか、俺は妹の芽生に電話をかける。あいつはいま、俺と同じ高校に通っている。


 平日の昼間、何度かけても繋がらない。真面目に授業を受けているんだろうから、兄貴としては褒めてやるべきなんだろうが、一刻を争う身としては腹立たしくもある。ひたすら電話をかけまくって、きっと履歴がものすごいことになっているだろう。



 昼過ぎに芽生から折返しがあり、飛びつくように電話を取ると、一言目が「うざい、なんなの」だった。


「悪い、芽生。すごく大事な用なんだ。あまり時間がなくて。今話せるか?」


「別にいいけど……なんなん、着信多すぎて笑ったわ」


「あのさ、お前の学校にまだ司書の先生いる?……名前は、ええと……藤井? 藤井先生だったか……」


「……司書? ……ああ、藤沢ね。藤沢先生」


「いる? まだその先生いる?」


「いるよ。それがなに?」


「よかった! その先生と連絡取りたいんだ! 芽生頼む、俺の番号を先生に伝えて大至急連絡くださいって頼んでくれ」


「はあ? うちその先生と喋ったことないし」


「頼む、まじで! 何でもするから!」


「……何でも?」


「何でもする!」


「しょーがないなあ」


「恩に着る、芽生、ほんと助かる! 大至急な、大至急!」


「しつこい」


 そう言って切れた電話を、俺は祈るような気持ちで見つめる。至急と言ったってすぐにかかってくるわけでもないだろうが、俺はその折返しを絶対に取り損ねたくない。電話が鳴ったのは、それから二時間ほどたった頃だった。俺は咳払いを二度してから、できるだけ落ち着いた声で電話を受けた。


 電話の向こうの先生の声は、初め知らない人みたいで緊張したが、話しているうちに懐かしさに変わっていった。少しだけ年を取った先生は、俺の近況について聞いてきた。すぐにでも本題に入りたい気持ちを抑えて、俺は今でも小説を書いていること、自分も同人誌の展示会に参加することになったこと、そんな話をした。


 先生は、俺が今でも書き続けていることをとても喜んでくれて、懐かしい高校時代の思い出話しになった。


 ようやくこちらの状況を説明して、印刷所を探していることを伝えると、先生は自分が利用しているその会社の連絡先を教えてくれた。俺は繰り返しお礼を言い、いつかまたきっと会いに行くことを約束して電話を切った。


 これが都筑さんの助けになるだろうか。東京から離れた小さな会社で、都筑さんが探しているのがどんな規模のものかもよくわからないままの俺は、確信が持てなかったが何もしないよりずっといい。宮原さんはもうあまり時間がないと言っていた。俺は教えてもらった会社の連絡先を、メッセージに打ち込む。

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