04話 合コン
夜八時、伊織とその友達に連れられて飲み屋に行く。いつもの居酒屋かと思っていた俺は、薄暗くて静かな店内に落ち着かない。奥まったソファーに体を縮めて滑り込む。気が進まないが、来た以上は夕飯を済ませて帰るんだと割り切るしか無い。
そうしているうちに、遅れてきた連中と、女子のグループが現れ、それぞれ適当な場所に腰を下ろす。乾杯のビールに胃袋が動き出した俺は、メニューを手に取りパラパラとめくる。隣に座った女子がこちらをチラリと見たので、俺はメニューを開いて彼女の前に置いた。
「何にする?」
そう言ってその子が俺の返事を待っていた。俺はメニューを改めてまじまじと眺めたが、どこを読んでも何のことだかさっぱりわからない。
「えーと……。ごめん俺こういう料理全然わかんないや。これは何だろう、肉?」
「これは、そうだね。ソーセージとかお肉の前菜盛り合わせだね。川瀬くん、嫌いなものとかある?」
「いや特には……ただあれはあんまり、ミョウガとかああいう匂いの」
「そうなんだ。確かに男の子って香草系苦手な人多いかも。じゃあサラダと、お肉と、あとは魚介は平気?」
「ああうん、魚は好き」
よかった。隣に座った子が適当に見繕って頼んでくれるので、俺はそれに任せつつ二杯目のビールを頼む。テーブルの向かいには伊織が座っていて、グラスに口を付けながらこっちを見ていた。
「ゆーきはさ、ご飯が一番好きだよね! あと唐揚げとかガッツリ系」
そう言ってニコニコ笑う伊織に、隣の彼女が、それなら、とメニューをめくり、
「これ、スペイン風のコロッケだって、あとこのタコ料理も美味しそう」
とさらににいくつか挙げてくれる。微かに触れる二の腕と、こちらを見上げる視線に俺はどこか落ち着かない気分になる。
「いいね、うまそう」
そう答えて、ビールのジョッキを煽った。料理の皿が運ばれてきて、テーブルの上がにぎやかになる。いつもコンビニの弁当やパンばかりの俺にはありがたい栄養補給だ。たまには飲み会も悪くないなんて思う俺も、なかなか単純かもしれない。特に肉や魚介は普段あまり食べないから旨さも格別だ。夢中になって食べていたら、隣の彼女が取皿に分けた料理を俺にくれた。我ながらがっつき過ぎたと少し恥ずかしくなる。
「美味しそうに食べるよね」
そう言って彼女が笑ったので、俺はいくらか気が楽になった。
「川瀬くん大きいもんね。いっぱい食べそう」
「まあ、結構食うほうだと思う」
「じゃああとでこのパエリアも頼もっか。結構ボリュームありそう」
メニューの写真を指差して彼女が言う。指先の爪はきれいな色に塗られて、小さな星がキラキラと光っている。その指先に気を取られていると伊織が俺より先に彼女に答える。
「ゆーきは白いご飯のほうが好きなんだよね。パエリアって、パセリとかレモンとか入ってるよ。ゆーき食えんの?」
そうなのか。ご飯にレモンってどうなんだ? 俺は一瞬頭の中で考える。すると彼女がメニューを閉じてテーブルの隅に立てる。
「そうだね。川瀬くん、香草嫌いって言ってたもんね」
パセリがかかってるくらいは別に食えると思うが、まあいいか。何杯かの酒を飲んで腹も満たされた頃、隣の彼女がもぞもぞと身動きをした。トイレだろうか。俺が座っていると彼女は通路に出られないので俺は席を立って場所を空ける。彼女が位置をずらし立ち上がろうとした時、テーブルの脚につまづいてバランスを崩した。
ガタンとテーブルを蹴って前のめりに倒れる彼女に俺は咄嗟に両手を伸ばす。うまく彼女の腕を掴めれば良かったが、俺も少し酔っていたせいで反応が鈍かった。掴み損ねた両手は彼女の脇の下をすり抜けて、彼女はそのまま俺の胸に飛び込んで止まった。とりあえず、転ばずに済んだのは良かった。
周囲の連中は酔っているせいもあり、子供のように大騒ぎで囃し立てる。彼女は恥ずかしそうに俯いて、小声でありがとうと言うと、そそくさとトイレに向かった。向かいに座っていた女子も一人、席を立って彼女と一緒にトイレに向かった。俺がもう一度ソファーに座ると、斜め前に座った女子が話しかけてくる。
「川瀬くん、背高いね。何センチあるの?」
「百九十は少し超えたかな」
「何かスポーツやってる?」
「中高でサッカーやってたけど、最近は何も」
「伊織くんもサッカーだっけ」
その女子は隣の伊織に向き直る。
「そだよ。俺とゆーき高校同じだったんだよね」
「えー、そうなんだ。ねえ川瀬くんさ、アヤのことどう? あの子可愛いでしょ」
アヤとは俺の隣りにいた彼女のことか。確かに可愛いらしい顔だったし、狭い座席で小さくなって俺にくっついていた柔らかな感触が腕に残っている。
「うん、いい子だね」
「でしょー? あの子いま彼氏いないんだよね。もし良かったらさ、」
「えっ、ちょっと。なんで俺には紹介しなかったのにゆーきだけ」
口を尖らせて伊織が大声で抗議する。
「えー? だってアヤには真面目な子と付き合って欲しいし」
「なにそれ俺がチャラいってこと?」
そこで席のみんなが爆笑したところで、伊織はポケットからスマホを取り出し画面をタップする。
「悪い、姉ちゃんからだ。ちょっとごめんね」
そう言って伊織も席を立つと通路の向こうへ消えた。その途端に俺は質問攻めにあい、伊織とその彼女が今どうなっているのかとか、俺が最後に付き合った相手となんで別れたのか、とか難しいことばかり聞かれてしどろもどろになっていると、やっと伊織とアヤちゃんたちが戻ってきて、ホッとする。俺はもう一度席を立ち、彼女の場所を空けた。
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