15. 対処法はあるけれど

「魔導省のトップの言葉であれば、信じる以外の手はありますまい。

 しかし、事態は予想以上に深刻ですな」


 重々しい言葉に、この場の全員が険しい表情を浮かべていた。

 王家に忠誠を誓っている方々なのだから当然の反応だけれど、今は忠誠を誓っていない私だって目を背けたくなるような状況になっている。


 けれども、私達よりも悲観していないお方が1人だけいた。


「陛下、発言してもよろしいでしょうか?」

「もちろんだ」


 陛下の言葉を受けて、兵部卿のコンスタンス公爵様が立ち上がる。


 アリスの父親なのに彼の瞳には希望の光が見えている。

 ううん、父親だからこそ希望を捨てていないのね……。


「一度抱えたトラウマというものは、最初はどのような病よりも厄介です。しかし、時間が経てば薄れるものです。

 私はそのような例を何度も見てきました。ですから、再びトラウマを植え付けられないように注意を払いつつ、娘が克服するのを待つ……というのが現状での有効策かと思われます」


 その言葉を聞いて、まだ6歳だった頃の出来事を思い出した。


 恥ずかしいから思い出したくないのだけれど、うっかりペーパーナイフで手を切ってしまって、痛みで大泣きしたのよね……。

 そのあとは1週間くらいは怖くてナイフを触れなかった。


 でも、次第にその怖いという気持ちも薄れていった。



 ……そんな経験があるから、コンスタンス公爵様の言葉の意味は理解出来る。

 でも、それしか方法がないだなんて認めたくはない。


 その間ずっと、アリスと直接お話しすることが出来ないのは嫌だから。


「現状は対処療法しかないということか。認めたくはないが、今回はアリス嬢を信じてみよう。

 だが、他の方法を諦める訳にはいかない。魔導省が中心になってトラウマを植え付ける魔法の対処方法について調べるように。今回は事態が事態だから、禁書庫の利用も許可する」

「「はっ」」


 そうね、友人の私が信じないだなんて、酷い話よね……。

 今はアリスを信じて待つ。これしか出来ないのは悔しいけれど、そう心に決めた。


 でも、どうして怪しいセレスティア様を捉える話にならないのかしら?


 そんな疑問を抱いた時だった。


「陛下、犯人を捕らえる方が先決ではないでしょうか? 犯人に解呪させれば済む話では?」


 騎士団長がそんな質問をしてくれた。 


「君の言いたいこともよく分かるが、相手が洗脳の使い手である以上、レオンの証言を鵜呑みにするわけにもいかない。

 もしもセレスティア嬢を嵌めるための罠なら、相手の思う壺になってしまう。今はしっかりとした証拠が必要なのだ」


 洗脳自体は禁術なのだけれど、使い手がいない訳ではない。

 私の専属侍女シエラのように「悪事には用いない」ことを誓い、王家と血の盟約を交わした者は使用することが許されている。


 悪用されがちな力だけれど、精神を病んでしまった人の治療にこれ以上に有効な手はないから、こんなことが行われている。



 ちなみに血の盟約というのは、破ってしまえば言葉に言い表せないほどの苦痛に襲われ、反省しない限りは1時間もしないうちに死んでしまうという恐ろしい魔導契約の儀式のことだ。

 だから、今までもこれからも破る人は現れないと言われている。


 けれども、その契約を交わしていなかったら、法に背くことにはなるけれど代償は何も無いのよね……。

 だから、この禁術を法に背いて使ったことが明らかになれば、拷問の上で極刑に処されるという恐ろしい罰が待っている。


 いくら性格の悪いセレスティア様でも、そんな愚かな真似はしないはずよね……。


「要するに、我々でその証拠を見つければ良いという訳ですな」

「そうなる。諸君の働きに期待している」


 一度言葉を区切って私に視線を向けてくる陛下。

 そして、至って真剣な表情でこう続けた。


「ソフィア嬢、アリス嬢に直接会うことは叶わないから、貴女には辛い思いをさせてしまうかもしれない。

 だが、心の中だけでも手紙だけでも構わないから、どうかアリス嬢に寄り添っていて欲しい」

「私からもお願いする」


 陛下やアリスのお父様に頭を下げられてしまった。

 そんな風に頼まなくても良いのに、と思った。


 だって……。


「陛下、コンスタンス公爵様。私なんかに頭を下げないでください。

 そうお願いされなくても、最初からそのつもりですわ。アリス様は私の大切な親友ですもの」


 親友が困っている時に寄り添うのは、ずっと前から決めていることだから。

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