大切なもの、この両手からあふれるほどに

 



 メアリーにとって、穏やかな日々が続いていた。


 いつだってフランシスが近くにいてくれる。


 戦う必要もない。


 誰かが死ぬこともない。


 以前は、この世界に居続けることが怖かったのに、今はこの世界が消えることが怖い。


 ある日、急に世界が消えて、あの虚無に戻ってしまったら。


 想像するだけで寒気がした。


 ふいにそんなことを考えてしまうと、その日は眠れなくなる。


 幸いに――と言うべきかはわからないが、今のメアリーは痛みや苦しみに耐性がついている。


 少々の体調不良ぐらいなら、前より上手に誤魔化せるようになった。


 だから今のところは、フランシスやヘンリーは『順調に回復している』と思ってくれているようだ。


 いや、実際にそうなってはいるのだろう。


 確実に、あの戦いの日々が遠ざかっていく実感があるから。


 だが同時に、他が薄れていく一方で、くっきりと浮かび上がるものもあった。




 ◇◇◇




 何てことない平和な日の昼下がり。


 レースカーテン越しに差し込む柔らかな光に照らされて、メアリーはチェアに腰掛け、まどろんでいた。


 こうして何もせずに、のんびり毎日を過ごしていると、『果たして王女としてそれでいいのか』と思ってしまう。


 しかし、少し前まではこうして一人で過ごすことすらままならなかったのだ。


 まだしばらくは、このぬるま湯のような日々に甘えよう――メアリーはそう考えていた。


 今、フランシスはヘンリーと話をしているらしい。


 おそらく、メアリーの状態と、今後について相談しているのだろう。


 フランシスと一緒に居られるのは嬉しい。


 けれど彼女にも、役目があって、夢もある。


 一刻も早く、長時間離れられるようにならなければならない。


 焦るのは逆効果と知りつつも、そう思わざるを得なかった。


 そのためには、とにかく心の平静を保つしかない。


 悪夢を忘れられるように。


 できる限り、穏やかな時間を――


 すると、コンコンと誰かがドアをノックする。


 返事をすると、扉が開く。


 ひょっこり顔を出したのは、ディジーだった。




「……へ?」




 思わず間抜けな声を出すメアリー。


 そう、現れたのはあの・・ディジーだ。


 メアリーが知るディジーは、仮面を被っているか、眼球が複数顔についている姿だけだ。


 手足の肉付きも違えば、表情もかつてのとはもはや別人ではあるが――それが彼女だということは、はっきりとわかる。




「あ、やばっ」




 この気まずそうな反応、まさか城に忍び込んだのだろうか。




「どーしたの、誰かいた……わ、メアリー王女じゃん。すごーい、本物だー!」




 後ろから別の少女がひょっこりと顔を出す。


 ディジーとは裏腹に、そちらの少女はテンション高めに喜んでいた。


 メアリーはチェアから立ち上がると、二人に向き合う。




「こんにちは」




 彼女は戸惑いの中、ひとまず声をかけてみた。


 するとディジーも「ども」と頭を下げる。




「ええと……あたしたちは……」




 目が合ってしまうと、もはや逃げるに逃げられず。


 言い訳を考えるディジーだったが、それより先にメアリーが口を開く。




「ディジー」


「え? あ、うん、そだけど……名前、知ってるんだ?」


「では、そちらはカームですね」


「うひゃあ、名前呼ばれちゃったよ。あのメアリー王女に!」




 各々異なるリアクションを見せる二人の前で、メアリーは胸に手を当て――笑顔で告げる。




「はじめまして、メアリー・プルシェリマと申します」




 眩しいほどに清純なその笑みに、ディジーとカームは思わず『ほわぁ……』と口を半開きにして惚けていた。


 だがディジーはすぐに正気に戻ると、改めて姿勢を正し、深めに頭を下げた。




「はっ、はじめまして。ディジーといいます!」




 対するカームは、ゆるーく手を振りながら言う。




「はじめまして、カームだよー……って名前知られてるのに自己紹介いるのかな?」


「一応はほら、相手は王女なんだからさ」


「そっかぁ、王女様だもんねー」




 平和なやり取りに、メアリーの頬が緩んだ。




「こんな風に、穏やかに挨拶を交わせる日が来るなんて想像もしませんでした」


「あははぁ……あたしもまさか、トイレ探してたらメアリー王女と遭遇しちゃうなんて。ねえ?」


「これ言ったらみんなに怒られるかもね」


「なんとか誤魔化すしかないって」


「どうして怒られるんですか? そもそも、なぜあなたたちはここに?」


「い、いやっ、なんでもない! なんでもないの! あたしたちは用事があるから、じゃ、またあとでねー!」


「じゃーねー」




 何をしにきたのかわからぬまま、去っていく二人。


 メアリーも首を傾げながら彼女たちを見送る。


 そして扉が閉まる直前、大きめの声で言った。




「お手洗いは部屋から出て右側の突き当りですよ-!」


「ありがとー!」




 二人が駆け足で離れていく音がした。


 どうやら随分と慌てていたようだが――




「何だったんでしょうか、今のは」




 返事の声は大きかった。


 あれだけ堂々と喋れるということは、別に忍び込んだわけでもなさそうだ。


 寝ぼけて白昼夢でも見たのか、と思って軽く頭を小突いてみたが、どうやらはっきりと現実の出来事だったらしい。


 疑問符を頭の上に浮かべながら、メアリーはひとまずヘンリーに尋ねるべく部屋を出た。




 ◇◇◇




「お父様、これはどういうことですかっ!」




 ヘンリーの部屋に、フランシスの怒鳴り声が響いた。


 彼女が声を荒らげるのは非常に珍しい。


 その原因にメアリーが関わっていない限り、100%ありえないと言い切ってもいいぐらいだ。




「彼女たちは例の三人とは違います。この世界では起きていない出来事とはいえ、かつてメアリーと殺し合った相手なのですよ?」




 フランシスが父に詰め寄っているのは、ホムンクルスに関するとある出来事が原因であった。




「わかっている」


「だったらっ!」


「しかし、メアリーはこうも言っていた。『無かったことになるのが、勝利の証』だと」


「……だから会わせるんですか」




 ヘンリーは、メアリーの誕生日であるこの日に、彼女をホムンクルスと会わせようとしていたのだ。




「フランシスからも報告を受けたぞ。以前の記憶を、別の楽しい思い出で塗りつぶすたびに、メアリーの表情が和らいでいくのだと」


「だとしても、前もって私に相談ぐらいしてくれたっていいじゃないですか! 以前から思っていましたが、お父様には独断専行してしまう悪癖があります」




 ワールド・デストラクションの件だってそうだった。


 ヘンリーは善意によって行動していた。


 しかし、彼の焦りが悪影響を与えなかったかと言えば、答えはノーである。




「もちろん様子は見る。だがな、彼女たちも会いたがっているんだよ。施設で過ごさなかったとはいえ、紛れもなく、同じ施設で生まれた姉妹なのだから」




 もう起きてしまったことだ。


 今さらフランシスが言ったところで、結果は変わらないだろう。


 だから彼女は、深呼吸を一度挟んで、冷静さを取り戻した上で問いかけた。




「まずお聞かせください。カラリア以外のホムンクルスまでパーティに参加することになった経緯を」


「あちらから提案された。カラリアが招待状を受け取ったことが広まったらしくてな。施設長であるユスティアが言うには、一番下の妹で王女でもあるメアリーは、ホムンクルスたちの憧れの的らしい。だから全員とは言わないから、せめて何人かだけでも参加させてほしいと頼み込まれた」


「メアリーが魅力的なのは理解しますが……」


「三人に会わせたあと、様子を見ながら、影響の少ない者から順番に顔を合わせることになるだろう」


「一番会わせてはいけないのは……確か、ディジーでしたか」


「ああ、彼女は後回しで――」




 ヘンリーがそう言いかけたとき、誰かがドアをノックした。


 フランシスが返事をすると、顔を出したのはメアリーだった。




「メアリー……一人が寂しくなったのかな? こっちにおいで」




 両手を広げるフランシス。


 別にそういうわけではないが、メアリーはひとまず姉の胸に飛び込み、抱きしめられた。




「よしよし」


「えっと……抱きついておいて何ですが、実はお姉様に会いに来たわけではないんです」


「寂しくなかったの?」




 フランシスはしょんぼりした様子だった。


 慌ててメアリーはフォローする。




「もちろん寂しかったですよ! ですが本題は別で――さっき、ホムンクルスの子と会ったんです」


「なっ――どこで会ったのだ!?」




 ヘンリーは思わず立ち上がる。


 その反応から、ディジーたちが城に侵入した可能性は完全に消えたと考えてよさそうだ。




「お手洗いを探していたみたいで、間違えて私の部屋に来てしまったようです。ディジーとカームでした」


「ディジーと!? メアリー、それで大丈夫だったのか?」




 神妙な面持ちでヘンリーは尋ねる。


 するとメアリーはこてん、と首を傾げた。




「大丈夫、とは?」


「嫌なことを思い出して、苦しくなったりしなかった?」




 フランシスも、抱きしめる両腕がわずかにこわばる。


 対するメアリーは笑顔でこう答えた。




「しませんよ。むしろ嬉しかったです。命の奪い合いを抜きに話せると思っていなかったので」




 確かにディジーのことは嫌いだった。


 しかし、それはかつて殺し合ったあのディジーのことだ。


 今日出会った彼女は、もはや同一人物ではない。


 そして普通に会話が成り立つディジーという存在は、メアリーから不安を取り除き、救済していく。




「そうか……それなら問題はない」




 ヘンリー自らが招いた客人ではあるが、彼は実際の娘の反応を見て安堵した様子である。


 もっとも、フランシスはまだ納得しきれていないようだが。




「フランシス、どうやら私の案ですら慎重が過ぎたようだ」


「……そう、ですね。私としては言いたいことが色々とありますが、メアリーの言葉が全てです」


「お父様、お姉様、もしかして私に何か隠してますか?」


「確かに隠してはいるが、メアリーも今日が何の日かぐらいは覚えておいていいと思うが」


「今日ですか」




 毎日をゆったりと過ごしていると、徐々に日付感覚は薄れてしまうもの。


 メアリーがそれを思い出すのには、少々考え込む必要があった。




「あ、私の誕生日ですっけ」


「そういうことだ。予定は狂ってしまったが――ハッピーバースデイ、メアリー」


「ありがとうございます、お父様」


「お父様が先に言うんですね」




 フランシスは恨めしそうに言った。




「う……すまん、つい」




 たじろぐヘンリー。


 いくら国王と言えど、父は娘に弱いものである。


 一方、フランシスはすぐに気持ちを切り替え、笑顔でメアリーに告げた。




「十七歳おめでとう、メアリー」


「お姉様、ありがとうございますっ……え、お姉様、お父様がそこに――んっ」




 そして堂々と唇を重ねる。


 ヘンリーは少々複雑そうな表情をしていたが、フランシスは『慣れてもらわないと困る』と言わんばかりに堂々としていた。


 二人の唇が離れると、ヘンリーはデスクの引き出しから取り出した封筒を、メアリーに手渡す。




「メアリー、まずはこれを読んでほしい。ブレアからメアリーに宛てたものだ」


「ブレアお母様がっ!?」




 ブレアは元々、メアリーが生まれたショックで精神を病み、フランシスを襲おうとして返り討ちにあって死んだ。


 だがこの世界では、そんなことは起きなかった。


 体が弱いことに変わりはないが、メアリーが生まれてからもしばし生き続け――そして彼女が四歳の時に命を落としたそうだ。


 だから、記憶にはわずかながら、優しい母の表情とぬくもりが残っている。


 つまり――この世界のブレアは、メアリーを憎んでいるわけではないのだ。


 どういった心の変化なのかはわからない。


 アルカナの有無と直接関わりがあるわけではないからだ。


 それを言い出したら、ユスティアとユーリィが一緒に過ごしていることもおかしなことではあるのだが――


 何にせよ、わざわざヘンリーが、この誕生日というめでたい日に渡してくる時点で、悪いものではないはずなのだ。


 だが、手紙を受け取ったメアリーの手は震えていた。


 フランシスは彼女の体を軽く抱きしめ、「メアリー」と勇気づけるように囁いた。


 一人なら開けなかったかもしれない。


 しかし、支えてくれる人がいるのなら――向き合える。




『まずはじめに、幼いあなたに、こんな手紙しか残せない私を許してください』




 手紙は、そんな一文から始まっていた。




『最初に、あなたがヘンリーとフランシスの血から生まれた子供と聞いたときは、本当に驚きました。どう接するべきか悩みましたし、時には憎みそうになることもありました』




 それは、仕方のないことだ。


 世界がどんなに優しくても、メアリーの生まれを、全ての人が祝福するわけがない。




『ですが初めて会ったあなたが、私の指を握ったとき、そんな悩みはちっぽけなことだと気づきました。生まれがどうであろうとも、そこにある命の尊さは変わりません』




 ……ひょっとすると、十六年前のすれ違いのきっかけは、本当に小さな出来事だったのかもしれない。


 アルカナが消えたおかげで、メアリーは予定よりも早くブレアと出会うことになった。


 それが、彼女の人生に大きな変化を与えた。




『あなたは私の娘です。プルシェリマ家の、かけがえのない家族です。成長するあなたと共に歩めないことが残念でなりません。ですが私は、いつだって家族の幸福を祈っています』




 だからその手紙に感じていた不安なんて、全て杞憂で。




『愛するメアリーへ』


『母より』




 むしろブレアは、大きな愛でメアリーを包んでくれて――


 気づけば、彼女は泣いていた。


 こぼれ落ちた雫が手紙を濡らして、慌ててぐしぐしと目をぬぐうと、フランシスがそっとハンカチを差し出した。




「ブレアお母様は……私のことを、愛してくれていたんですね」


「もちろんだ。私のせいで苦労を背負わせたというのに……立派な母親だったよ」


「私も、ブレアお母様のこと尊敬してる」




 フランシスが自らブレアのことを前向きに語っている――その事実だけで、メアリーの胸は熱くなった。




「ありがとうございます、お父様。私、最高の誕生日を迎えることができましたっ」




 ぎゅっと手紙を抱きしめて、満面の笑みを浮かべるメアリー。


 だが、なぜかヘンリーは得意げに笑っている。




「これで終わりだと思われては困るぞ、まだまだサプライズは残っているんだ」


「まだあるんですか? どうしましょう。私、幸せすぎてどうにかなってしまうかもしれません」


「はははっ、驚きすぎて気絶するんじゃないぞ。私は先に行っているから、少ししたらフランシスは一緒に例の場所まで来てくれ」


「わかりました、お父様」




 フランシスは返事こそしたものの、心なしか不安げに見える。


 メアリーが首を傾げると、それに気づいたフランシスは、「なんでもないよ」と微笑みながら妹の頭を撫でた。




 ◇◇◇




 しばらくして、メアリーはフランシスに連れられ、広間の前にやってきた。




「お姉様、ここに何かあるんですか?」


「入ればわかるよ」




 ぽんぽんと軽く背中を押され、メアリーは一人で扉の前に立った。


 他の部屋より重たいそれを両手で開き、中に入ると――パンパンッ! と何かが破裂するような音がした。


 彼女は思わず「ひゃっ」と声を上げて縮こまる。


 そんなメアリーの頭上から降り注いだのは、色とりどりの紙吹雪と、紙の帯だった。


 そして部屋にずらりと並ぶ面々は、声を揃えて言う。




『メアリー王女、お誕生日おめでとう!』




 恐る恐る目を開くメアリー。


 するとそこには――かつて自分と殺し合い、そして命を奪った者が、クラッカーを手に並んでいた。


 ディジー、カーム、カリンガ、アオイ。


 ヘムロック、そして彼女に抱えられた赤子は――顔つきに、何となくマグラートの面影を感じる。


 もちろん、アンジェやエリニ、エリオだって。


 少し離れた場所には、彼らの保護者なのか、ユスティアとユーリィと思しき女性二人が立っていた。




「これは……一体……」




 そしてそんなホムンクルスたちと一緒に、メアリーの誕生日を祝う者がいる。


 見覚えのあるメイド服を着た、長身の女性――




「カラリアさん……」




 フォーマルなドレスを身につけた、ツインテールの女性――




「キューシーさん」




 そしておそらく借り物だと思われるドレスを着た、無邪気な少女――




「アミっ!」




 会わなくていいと思っていた。


 それが、勝者が取るべき選択だと。


 だが、いざこうして顔を合わせてみると――心の中の空白が埋まっていって。


 自分が“見ないふりをしていた”だけなんだと、否が応でも気づいてしまって。


 視界が潤む。


 歓喜の涙が、頬を濡らす。




「みんなぁ……っ」


「ちょっと、メアリー王女泣いちゃったんだけど?」


「どうしようキューシー、驚かせちゃったのかな?」


「一斉にクラッカーは音が大きすぎたか」




 慌てるキューシーとアミ、そしてカラリア。


 他の面々も同様にざわつき、後ろから見ていたフランシスも、メアリーに駆け寄ろうとしたところで――彼女は涙を流しながら、前を向く。




「違うんですっ! 私……嬉しくて」




 かつて、メアリーという存在は、世界にとっての呪いそのものだった。


 せめて無価値であってくれればよかった。


 だが、それ以下だったのだ。


 生まれたこと自体が間違っていて、その結果、沢山の人生が歪んでいった。




「こんなにたくさんの人たちにお祝いされる誕生日が、幸せで、本当に幸せでしょうがなくてっ!」




 無数の殺意を向けられ、お前なんて生まれてこなければよかったと罵られ。


 それでも、愛情を向けてくれる数少ない人を支えに生きてきた。


 だけど、メアリーを中心に渦巻く悪意は、そんな人たちも巻き込んで。奪って。




「ありがとう……ございます。生まれてきたことを祝福されるって、こんなに……こんなに素敵なことなんですね!」




 けれど、もうそんな呪いは存在しない。


 そこにあるのは祝福だけだ。


 もう誰も、彼女の存在を否定などできない。するものか。


 メアリーの言葉を聞いて、パチパチと、誰かが拍手をした。


 そこから波のように拍手は広がっていき、やがて広間の全員が手を鳴らしていた。


 どうやらサプライズは成功だったらしい――その安堵もあったのだろう。


 彼らは改めて、メアリーに祝福の言葉を向ける。




「おめでとう」


「おめでとう、メアリー王女」


「おめでとーっ!」


「おめでとうございます」


「おめでとう、あたしたちの妹っ」


「それちょっと図々しくないかなー?」


「ごめん調子に乗った」




 飛び交う祝いの言葉を浴びながら、メアリーは後ろから来たフランシスにエスコートされ、主役の席に座る。


 大きなテーブルの上には、豪華な料理がずらりと並んでいた。


 何段重ねにもなった巨大なケーキがセンターを飾る。


 他にも、巨大な鳥の丸焼きが回っていたり、会場の隅ではシェフが現在進行系で料理を作っていたり。


 ホムンクルスの中には、主役であるメアリーよりも、そちらに目が行っている者もいるぐらいだ。


 正面にはステージが用意されており、楽団が優雅に音楽を奏で始める。


 とにかく、ただの誕生日パーティと呼ぶには、装飾も、料理も、ショーもあまりに豪華で、かなり気合を入れて用意したことが伺える。


 おそらくヘンリーは、ホムンクルスが複数人参加することを、結構前から知っていたに違いない。


 フランシスにはいささか不満があったが、しかし今の主役はメアリー。目的は彼女を祝うこと。


 近くにはキャサリンやエドワードもいるので、顔を立てる意味も含め、ここでは何も言わなかった。


 そして、グラスを手にしたメアリーが告げる「乾杯」の一言で、パーティがはじまる――




 ◇◇◇




 それからはもう、とても厳かな王城で行われたパーティとは思えない大騒ぎだった。


 ホムンクルスたちはひっきりなしにメアリーの元を訪れる。


 どうやら、彼女が憧れの的という話は本当だったらしく、中にはサインを求める者もいたほどだ。


 そしてカラリアがやってきたのは、ちょうど最後の一人になったタイミングだった。




「おめでとうございます、王女様」




 おそらく、ファンだったメアリー王女を目の前にして、気持ちの整理に時間がかかったものと思われる。


 そのおかげか、落ち着いて挨拶ができたのだが――なぜかメアリーは「ふふっ」と笑った。




「なっ、何か失礼がありました、か……?」


「敬語なんて使わなくていいんですよ。お姉さんなんですから」




 何だそんなことか、とほっとするカラリア。


 実際は、妙に肩に力が入り、かっこつけた口調で話す彼女がおかしかったから笑ったのだが。




「私はアルファタイプです。血の繋がりはありませんよ」


「だとしても、私は敬語じゃないほうが嬉しいです。誕生日プレゼントだと思って、普通に喋ってもらえませんか?」




 彼女は少し頬を赤らめると、困った様子で頬をかいた。


 確かに同じホムンクルスではある。


 だがそれだけで、憧れの王女にタメ口をきいていいものか。


 しかしそれが誕生日プレゼントと言われると、逆らえるはずもなく――




「わかった。これでいいのか?」




 緊張しながら、カラリアはそう言った。




「はいっ!」




 メアリーは満足気に、満面の笑みで返事をする。


 なぜタメ口で喋るだけでここまで喜んでくれるのか、カラリアはまったくわからなかったが、彼女も何となくこちらのほうがしっくり来ると感じていた。




「ところで、なぜ私を名指しで呼んだのか、聞いてもいいか?」


「あなたに個人的な興味があるから、でしょうか」


「あまりからかわないでくれ、メアリー王女」


「そこも呼び捨てでお願いします」


「不敬罪で処罰されないか?」


「そんなケチを付ける人がいたら、私がその人を不敬罪で裁いちゃいます」




 それなら安心だ――とはいかず。


 呼び捨てはタメ口以上にハードルが高い。


 しかしメアリーは餌を待つ小動物のような目で、今か今かと待ちわびている。




(普段、妹たちを呼んでいるようにしたらいいだけだろう。あまり待たせて王女様をがっかりさせるなよ、私)




 こうしてお目にかかるだけでも光栄なのに、さらに期待してくれているのだ。


 応えずして何がファンか。


 意を決して、カラリアはその名を呼んだ。




「メアリー」


「はい、カラリアさんっ」




 メアリーはなぜか、目を潤ませていて――さらに上目遣いでカラリアを見つめるものだから、




(生だとこんなにも可愛いのか……)




 その笑顔は、彼女を惚れ直させるには十分すぎる破壊力だった。


 もちろんメアリーにそんな自覚はない。


 彼女はただただ、名前で呼ばれて幸せになっているだけだ。




「やっぱり……離れ離れでもいいなんて、強がりですよね」


「何の話だ?」


「ふふっ、こっちの話です。今日は、本当に来てくださってありがとうございます。本当の本当に、会えて嬉しいです」


「個人的な興味で呼んだという話は本当なんだな」


「もちろんですよ、私はカラリアさんの大ファンですからっ」


「それはこっちのセリフだ。いつも応援しているよ。これまでも、そしてこれからも」




 カラリアはそう言うと、次にメアリーに話しかけようとする人物の気配に気づき、離れていった。


 メアリーは不思議な感覚だった。


 確かに以前のカラリアとは違うのに、どこか懐かしさがあって。


 例えばオックスやディジーのような、殺し合った相手なら、全く違う人生を歩み、幸せになってほしいと願う。


 だがカラリアやキューシー、アミに関しては別だった。


 別の人生を歩むべき――頭ではそう理解しながらも、以前の彼女たちが完全に消えてしまうことが、何よりも恐ろしかったから。


 再会したって、自分に興味のない、冷たい反応をされたっておかしくはないのだ。


 しかし、杞憂だった。


 前の世界の影響なのかはわからないが、少なからずカラリアはメアリーに興味を持ってくれていて――たった一度言葉を交わすだけで、これから先、関係を深められる予感を抱くことができた。


 だったら、あるいは、彼女・・だって――




「ごきげんよう、メアリー王女」




 カラリアと入れ替わる形でキューシーがやって来る。


 彼女は、恭しく頭を下げた。




「キューシーさん、お久しぶりです」




 この世界でも、彼女とは初対面ではない。


 フランシスを通して何度か顔を合わせたことがあった。


 メアリーの記憶が正しければ、当時のやり取りに関しては、前の世界とさほど変わらなかったはずだが。




「ええ、久しぶりね。少し会わないうちにすっかり綺麗になって」


「キューシーさんは相変わらず美しいですね」


「ふぇっ!? そ、そうかし、ら?」




 自分で言うのは平気なくせに、言われるとすぐに真っ赤になるキューシー。


 そんなにうぶな反応をされるとは、少し予想外だった。




「……かっこつかないわね。口説いてやるぐらいの気持ちで来たのに」




 キューシーはぼそりとそうつぶやく。


 どうやら独り言のつもりだったようだが、メアリーはばっちり聞き取っていた。


 口説く――間違いなくキューシーはそう言ったはずだ。




(もしかしてキューシーさん、私に気がある……?)




 なんて都合のいいことあるとは思えないが。


 しかし本当にそうなら、こんなに嬉しいことはない。


 体が熱くなり、胸が高鳴る。


 聞こえないふりをして流すこともできたが、あえてメアリーは大胆に攻めてみることにした。




「その必要ありませんよ。もうとっくに、私はキューシーさんに口説かれてますから」


「へ?」




 間抜けな表情でぽかんと口を開くキューシー。


 どうやら、このリアクションから見て、メアリーの勘違いというわけでもなさそうである。




「こうして再会できる日を、待ちわびていました」


「そ、そう、だったのね……え、なにこれ夢? 夢なの?」


「夢なんかじゃありませんよ。すべて」


「おほほほほっ、そうですわよねぇ! わたくしったら何を変なことを言ってるのかしらぁ!」




 キューシーは見事にテンパっている。


 その姿を見ていると、メアリーの小悪魔的好奇心が鎌首をもたげる。




「会えなかった数年は本当に寂しくて……」




 今度はわざとらしく、甘えるように言ってみた。


 するとキューシーは思惑通りにわたわたと落ち着きを失っていく。




「へ、へえぇっ、そうだったのね。わたくしもそうだったわ。寂しくてあなたのグッズを作ってみたり」


「グッズ?」


「ほああぁっ!? ち、違いますわっ! 今のは忘れて!」


「誤魔化したところで、キューシーが職権濫用してメアリーの怪しげなグッズを作ってることは私は知ってるよ」


「フランシスっ!?」




 横からひょっこりと顔を出したのは、先ほどまでユスティアたちと話をしていたはずのフランシスだ。


 ことメアリーのことに関しては地獄耳な彼女、キューシーの発言を聞き逃すはずもなかった。




「あれは、ちゃんと許可を取って、もちろんメアリー王女にマージンも入っていますし?」


「だからって、水着写真はどうかと思うけど」




 フランシスはドレスの胸元から、水着姿のメアリーのブロマイドを取り出した。




「それは十二箱に一枚しか入っていない水着写真!? どこで手に入れたのよ」


「買ったわ」


「買ったんだ……」




 何だかんだで、マジョラームから出ているメアリーグッズは大体網羅しているフランシスであった。




「前に王都の学校に通っていたときから思っていたけれど――キューシー、君はメアリーに下心を持っているね?」


「そんなことないわよ。わたくしは、純粋な好意を――」


「『前世で抱かれたことがある』と吹聴してるって聞いたけど」


「誰からそれをっ」


「プラティ。彼女とはたまに連絡を取り合う仲なんだ」


「あいつぅ……!」


「やはり事実じゃないか。そんな危険人物をメアリーに近づけられないなあ」


「どうしてそれをフランシスが決めるのよ。決めるのはメアリーではなくて?」


(あ、呼び捨てだ……)




 姉とキューシーの微笑ましいやり取りを見ながら、一人喜ぶメアリー。


 キューシーの呼び捨ても嬉しいし、過保護なフランシスも素敵なのである。




「メアリー、どうなの。こんな変態だったとしてもキューシーと仲良くしたい?」


「だからっ、そういう悪口はアンフェアよ。一国の王女ともあろうものが卑怯じゃない」


「私は事実を言ってるだけだよ」


「ふんっ。なら決めてもらおうじゃない、メアリー自身にね」




 メアリーも巻き込まれる流れになったので、彼女は立ち上がる。


 そして、とてとてとキューシーに歩み寄り、耳元に口を近づけ囁いた。




「私も前世であなたを抱いたこと、覚えてますよ」




 ――ぷつり、と。


 キューシーの脳回線は断ち切られた。


 一時的に思考機能がシャットダウンし、その場で時が止まったように固まる。


 メアリーはいたずらっぽく笑いながら、キューシーから離れる。


 フランシスは怪訝そうな目で、二人を交互に見た。




「……メアリー、何を言ったの?」


「ふふ、内緒ですっ」




 そう、あれは二人だけの秘密だから。


 世界を隔てたとしても、共有された秘密は消えないのである。


 すると、キューシーがようやく動き出す。


 といっても、体が動いたのではない。


 鼻からつぅ――と、血が流れ出したのだ。




「キューシー、鼻血っ!」


「はっ!? へっ!? うわ、ほんとだ!」




 フランシスは慌ててハンカチを取り出すと、キューシーの鼻に当てた。




「ちょっ、汚れるわよ?」


「その顔を見られるほうが大変でしょう。メアリー、私たち少し外に出るわね」


「いってらっしゃいです……悪いことしちゃったかな」




 まさか鼻血まで出してしまうとは、そこまでは想定外だった。


 メアリーは罪悪感を覚えつつも、キューシーが意識してくれているという事実に頬を緩める。


 彼女は会場から出るまで、何度もこちらを見てくれた。


 メアリーもそのたびに小さく手を振って応えた。


 たったそれだけのやり取りに、『繋がり』を感じる。


 今日の再会をきっかけに、また仲良くなれるのだろうか。


 そしていずれは、抱きしめて、唇を重ねて、触れ合って――そんな夢が叶う日が来るのだろうか。


 決して夢物語ではない。


 現実の地続きのその未来がある、そんな実感に胸が高鳴った。


 その感覚を覚えておきたくて、メアリーは席に戻ると、目を閉じて、胸に手を当てた。


 とくん、とくん、といつもより早めの鼓動が手のひらを震わす。


 すると、彼女はふいに、自分の目の前に誰かの気配を感じた。




「本物のメアリー様って、思ってたよりまつげ長いんだね」




 メアリーが目を開くと、アミが至近距離で「にひひ」と歯を見せて笑った。


 彼女はテーブルに乗りあげ、浮かんだ足をぷらぷらと揺らしている。




「アミ、降りないと危ないですよ」


「はーいっ」




 素直に降りた彼女は、再びメアリーのほうを見てニコニコと笑う。


 以前と変わらず、アミは元気いっぱいである。


 元々、彼女の人生はアルカナはおろか、魔術とも関わりが薄かったのだから、変化が小さいのは当然だろう。


 しかしながら、手足の肉付きなどは、明らかに前より良い。


 スラヴァー領をマジョラームが統治するようになってからは、キャプティス以外の領地全体が発展していると聞いている。


 おそらく、アミの故郷も、以前メアリーが見たような貧しい村ではなくなっているのだろう。




「いきなり名前で呼ばれてどきっとしちゃった」


「初対面でしたね」


「そうだよ、でもぜんぜんそんな感じしないや」


「私もですよ」


「不思議な感じ。メアリー様、それが私をここに呼んだ理由なの? 私だけこの部屋の中で場違いな感じがするんだけど」


「確かに、他の人たちに比べると脈絡がないように感じてしまうかもしれません」




 そもそもメアリーが呼んだわけでは無いのだが、ワールド・デストラクションにまつわる因縁という視点では、アミは元より戦う理由が乏しい。


 ただただ、メアリーの隣にいるために――そんな理由で命をかけてくれた人だから。




「もしかしてメアリー様も同じ夢を見てたのかな?」


「夢、ですか?」


「そう、私とメアリー様が結婚する夢!」




 メアリーは少し驚いた表情を見せる。


 その反応を見て、アミは不安になった。




「違った? 私、やっぱり変なこと言っちゃったかな」


「いえ――驚いたのは、アミが私と同じ夢を見ていたからですよ」


「同じ……じゃあメアリー様も!?」


「その夢を見たことがあります。何度も、何度も……」




 アミの夢だけじゃない。


 キューシーのことも、カラリアのことも。


 心を交わした瞬間は――世界が生まれ変わろうとも、忘れるはずがない。




「ですから、私のこと、アミも夢の中と同じように呼んでみてくれませんか」




 今度はアミが驚く番だった。


 もちろんメアリーが嘘を言っているとは思っていないが、しかしそこまで一致しているとは思わなかったからだ。


 “運命”というものを感じずにはいられない。




「本当にいいの? 私、普通の平民だけど。メアリー様と全然身分が違うけど!」


「そんなもの私たちに関係ありません」




 ぱあぁっ、とアミの表情が輝く。


 そして胸元で両手をきゅっと握ると、その手に高鳴る鼓動を感じながら、彼女は言った。




「……お姉ちゃん」




 どうしてそう呼ぶようになったのか、細かいことは覚えていない。


 けれど、アミはずっと、メアリーのことをそう呼んでみたかった。


 夢が叶ったのだ。




「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃんっ」


「ええ、私はちゃんとここにいますよ、アミ」


「もっと近くにいってもいい?」


「もちろんです」




 アミはテーブルを回り込み、メアリーの目の前にやってきた。


 メアリーは両手を広げる。


 アミは躊躇うこと無く、その胸に飛び込む――




「えへへ……お姉ちゃん……」


「アミ……」


「あ、あれ……おかしいな。なんでだろ。急に、涙が……っ」


「あそこまで頑張ったんです、全部消えなくても……都合よく残るものがあったっていいですよね」


「……うん。よくわかんないけど、きっとそうだよ」


「あの地獄にも、わずかながらに幸せな記憶は確かにあったんです。だから一緒に、その続きをみましょう」


「そうだね。私たち、みんなで……」




 それはきっと、騒がしくも楽しい日々に違いない。


 だって、死と隣合わせの悪夢の中でも、共に過ごした時間は確かに幸福だったから。


 その時間だけが平穏に続くのなら――きっと、彼女たちの笑顔が途切れることはないだろう。




「あーっ! ずるいわよアミ、抜け駆けなんて!」




 返ってきたキューシーは、抱き合うアミとメアリーを見て声をあげた。


 するとメアリーはこう言い放つ。




「ではキューシーさんもハグしましょう」


「えええぇっ!? そ、それは急すぎて心の準備ができてないというか……」


「よわよわキューシー」


「うっさいわね、わたくしはピュアなのよ!」




 事実、彼女はずっとメアリー一筋なのだから、それは間違っていない。


 まあ、そのメアリーに向ける愛情が、若干暴走気味なのだが。




「ふふっ、でしたら一緒に写真でも撮りませんか? こうして会えた記念に」


「それなら……わたくしでもできそうね」


「ならば私が撮影させてもらおうかな」




 そう提案したのはヘンリーであった。


 彼はいつの間にかカメラを首から下げ、レンズをメアリーに向けている。




「そんな、国王陛下に撮影していただくなんて恐れ多いですわ」


「気にしないでいいよ、キューシー。お父様は撮りたくて仕方ないって顔してるんだから」


「今日のためにせっかく買ったカメラなんだ。ぜひ使わせてくれ」


「……わかりました。ではお願いしますわ」


「わーいわーい、ロイヤル記念撮影だーっ」


「アミは怖いもの知らずね……」


「それがいいところじゃないですか」


「そうかしら……?」




 さすがに首を傾げるキューシー。


 一方でメアリーは立ち上がると、別の場所で肉を口に運んでいたカラリアの袖をくいっと引っ張った。




「何だ、メアリー」


「カラリアさんも一緒に撮りましょう」


「関係者じゃないぞ?」


「いいえ、ばっちり関係者ですから。むしろカラリアさん無しでは撮れません」


「そう、なのか?」




 パーティーの主役に言われては断れず、頭の上に疑問符を浮かべながら、撮影に参加することになったカラリア。


 彼女の近くでは、ディジーとカームが『いいなー』と声を揃えながら羨望の眼差しを向けていた。




「どうも、はじめまして」




 カラリアは、目が合ったキューシーに軽く頭を下げた。




「はじめまして……でも、不思議と初対面の感じがしないわね」


「奇遇だな、私もそう思っていたところだ。どこかで会ったことがあるか?」


「わたくしが有名人だからかしら」


「残念だが、そちらの少女にも既視感がある」


「うんうん、私もっ! 何だか仲良くなれそうな気がする!」




 奇妙なデジャビュを感じながらも、しかしその原因を探っている時間はない。


 何せ、国王様がすでにカメラを構えているからだ。




「まさかヘンリー国王がカメラマンとはな、さすがに緊張するな」


「うん、緊張する……お姉ちゃん、抱きついてもいい?」


「好きなだけどうぞ」


「わーいっ」




 緊張を口実に、アミはぎゅっと横からメアリーに抱きつき、頬ずりをしている。




「理由を付けて一番いい場所を取るあたり、抜け目ないわね」




 嫉妬するキューシー。


 するとフランシスが動く。




「なら私はメアリーの隣をもらおうかな」




 彼女は隣に立つと、慣れた動きでメアリーと腕を絡めた。




「んなーっ! わたくしが狙ってたのに! 姉妹として生まれてきた時点でずるいのよフランシスは!」


「早いもの勝ち。メアリーをいかがわしい目で見てるキューシーには渡さないから」


「だ、誰がそんなっ……いや、否定しきれない……」


「父親の前だ、否定はしといたほうがいいと思うぞ」


「本能は抑えきれないから本能なのよ」


「わけのわからないことを言っている間に、メアリーの近くが埋まるぞ」


「そういうあなたはどうするのよ」


「私はここでいい。同じ写真に写れるだけで幸せだ」




 そう言って、少し距離を置いた場所に立つカラリア。




「む、何だかいい感じね……」




 体が触れ合わずとも、心は通じ合っている――とでも言わんばかりの余裕である。


 その路線で攻めるか。


 いや、しかしライバルであるフランシスとアミが肉体的な接触を持った以上、自分も追従するべきではないのか。


 キューシーは悩む。


 するとメアリーが、そんな彼女を軽く煽るように言った。




「キューシーさん、私の左手が空いてますよ?」




 確かに、メアリーの右手はフランシス、体はアミに奪われたが、左手はフリーだ。


 アミのスペースがあるため、腕を絡めることは難しくても、手を握ることぐらいできる。




「私だって、握るぐらい……握るぐらいは……っ」




 平然と周囲に『前世で抱かれた』などと言うくせに、実際にメアリーを目の前にするとなかなか踏ん切りが付かない――




「握るの、小指だけでいいんですか?」


「ざこざこキューシーだ」


「うっさい! 生まれてこのかたメアリー一筋なんだから仕方ないのよ!」




 顔を真っ赤にして反論するキューシー。


 そう、結局彼女は、メアリーの小指しか握れなかったのである。


 だが接する面積が少なかろうとも、触れ合うことは事実。


 久しぶりに感じたキューシーのぬくもりに、メアリーの胸は熱を帯びる。


 キューシーも微笑む。




「では撮るぞ――」




 ヘンリーはレンズを覗き込み、シャッターボタンに指を置いた。




「みんな、笑って笑って!」




 幸せそうな娘を見て浮かれた様子の彼は、いわゆるテンプレートに従ってそう言ってみたものの、言うまでもなく、すでにメアリーたちは笑っていた。


 だって彼女たちは、喪失を経て、好きな人と一緒に居られる幸せの価値を、誰よりも知っているから。


 手放したくない。


 そう心から思う。


 メアリーだけではない。


 フランシスも、カラリアも、キューシーも、アミだって、みんなそう思っていた。


 だからこの写真は、“再会”というよりは“再開”を祝したものと言べうきだろう。


 死別により途切れた道は再び交わった。


 そしてともに歩む人生が、ここからはじまるのだ。


 今までの分を取り戻すように。


 そんな生涯を送ったメアリーは、きっと未来の歴史書にこう書かれるに違いない――




 メアリー・プルシェリマは、どうしようもなく幸せな王女だ。



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