エピローグ:カラリア

 



 王都の郊外にある、とある施設。


 その廊下を、幼い子供が走っていた。




「ぶいいぃぃぃぃんっ」




 男児の手には白銀の車のおもちゃが握られており、彼はそれを持って自由に走り回る。


 そして曲がり角に差し掛かったとき――向こうからメイド服姿の、長身の女性が現れた。




「ぶいぃぃぃい――んぶっ」




 どすん、とぶつかり尻もちをつく子供。


 女性は驚いた顔をすると、しゃがみこんで彼を抱きあげ立たせた。




「大丈夫か、マグラート。怪我はないか?」


「からりあだぁ!」


「そうだ、私だぞ。廊下を走ったら危ないだろ」


「くるま!」


「車だって走るときはルールを守る。言うこときかないとくすぐるからなー?」


「きゃははははっ!」


「ふ、そこまで笑えるなら平気だな」




 カラリアはマグラートの頭をぽんぽんと撫でると、こちらに駆け寄ってくる女性に視線を向けた。




「こらマグラート、勝手に走り回るなっつったじゃん。ごめんねー、カラリア」


「構わないさ、ヘムロック。マグラートはみんなの弟じゃないか」


「そう言ってもらえると助かるわー。よっと」




 そり込みの入った青い髪に、ピアスのあいた耳、そして顔のタトゥー。


 パンクな外見をした女は、マグラートを抱きかかえた。




「すっかり母親が板についたな」


「母親じゃないし。なんでこいつあたしに懐くかなあ」


「面倒見のいい姉御肌だと見抜いているんだろうさ。マグラートがみんなの弟であるように、ヘムロックはみんなの姉だからな」


「同い年のあんたがそれ言う?」


「お姉ちゃんと呼んでやろう」


「ふふっ、何それ気持ちわる。カラリアには一番似合わないわ」


「……わかってはいるが傷つくな」


「やーいやーい、自滅してやんのー。最近はすっかりみんな大きくなっちゃったし、こんなちっこい子供の面倒見るのも新鮮ではあるけどさー」




 マグラートは現在二歳。


 本来、ホムンクルス製造は十六年前で打ち切りになったはずだが、倒産したピューパの残党が、秘密裏に兵器として運用するべく、新たなホムンクルスを生み出していたのである。


 その情報を掴んだユスティアとユーリィにより実験は阻止され、保護されたのが生まれたばかりのマグラートであった。




「ピューパの連中も馬鹿なことやるよね。あたしらみたいなホムンクルスを作ったとこで、もうアルカナなんて存在しないってのに」


「会社が倒産して、よほど後がなかったのか」


「そんな理由で命を生み出したりするんだからメーワクな連中よ。ねー、マグラート」


「だぁ!」


「息ピッタリじゃないか。やはり母親――」


「ちーがーいーまーすー!」


「では聞くが、マグラートが持っているそのおもちゃ」


「あ、ありふれた車のおもちゃじゃない」


「いいや違うな。その銀色の車体――クルス・アロータムの大陸横断レース優勝記念に作られた限定品だ。王都でしか売られていない上に、そこそこ値が張ると聞いたことがある」


「ぎくっ……」


「今どきそんな擬音を口に出すやつがいるのか……それを見るだけでもお前がマグラートを溺愛しているのは明らかだ」


「だって子供かわいいしー!」


「悪いとは言ってないぞ」


「にやにやしながら言うなムカツクー!」


「ふ、まったく怖いお母さんだよなあ、マグラート」




 カラリアにそう話を振られると、マグラートは口をへの字に曲げて、真剣な眼差しで小さくうなずいた。




「ほら見ろ、うなずいたぞ」


「……これ違うわ」


「ん?」




 首をかしげるカラリア。


 するとマグラートのお尻からおならの音がした。




「うんちか……」


「朝から出してなかったもんね。よしよし、おむつ替えよっかー。じゃーねー、カラリア」


「カラリア、ばいばい」


「また後でな」




 カラリアは二人を見送る。


 そして再び歩きだした。


 彼女の目的地は施設長室。


 呼び出しを受け、そこに向かっているのだが――この施設には百人弱のホムンクルスが暮らしている。


 それなりに広いが、落ち着きのない者が多いせいか、歩けばすぐに誰かとすれ違う。


 ヘムロックたちと別れて数秒後、今度は前方から本を読みながら歩く女性が近づいてきた。




「アンジェ、そのまま歩くと私にぶつかるぞ」




 前もって忠告する優しいカラリア。




「ここそっかぁ……あれが伏線だったんだ。なんて尊いのぉ……!」




 だがアンジェは気づかない。


 そしてそのまま、前方に立っていたカラリアに頭から衝突した。




「ふぶぇっ!?」




 異様な声を出しながら、よろめき、顔を上げるアンジェ。




「カ、カラリア!? ごめんねっ、集中してて全然気づかなかった!」


「ただでさえ本を読んでいると周囲が見えなくなるんだ、歩きながら読むのはやめたほうがいい」


「ふぁーい……」




 彼女はがっくりと肩を落とした。


 ちなみに、カラリアとぶつからなければ、アンジェはその先にある壁とぶつかっていただろう。


 それを止める意味もあったわけだ。




「部屋で読んだらいいじゃないか」


「できたら苦労しないよぉ」


「そんなにひどいのか? 同室は確か――エリニとエリオだったな」


「ひどいっていうか……」


「いうか?」


「居場所が無いっていうか……」


「なるほどな……」




 カラリアにも心当たりがあった。


 エリニとエリオは、双子のホムンクルスだ。


 同じ試験管の中で生まれ育った、珍しい実験体。


 その影響なのだろうか、本人たちいわく、二人の意思疎通に言葉は必要ないらしい。


 いつだって、手を繋ぐだけで相手が考えていることがわかるそうだ。


 互いに心の内をさらけ出して生きてきた彼女たちは、包み隠さずストレートに互いの好意を受け取ってきた。


 その結果、強い絆で結ばれ――人目をはばからずスキンシップを取るようになったのだ。




「私、本を読んでたの。そんで休憩しようと思って、閉じて後ろを振り向いたら――二人が、裸で抱き合ってたことがあって」


「ショックだな」


「本の感動が全部吹き飛んじゃってさあ! 内容をいつかステラさんと語り合いたいと思ってたのに、全然残らなかったのぉ!」




 しかし、アンジェが受けたショックというのは、“双子がそういう行為に及んだ”からではなく、“二人が裸だった”という事実に対してである。


 この施設のホムンクルスたちは、全体的にそういう関係性に対する倫理観が薄い。


 というのも、施設長がユスティアとユーリィだからである。


 彼女たとはそれぞれ“お母さん”と“ママ”と呼ばれ、ホムンクルスたちの母親代わりとなって育ててきたわけだ。


 なので、血縁者同士でそういう関係になることへの拒否感が極端に薄い。




「それは災難だったな。よかったら私の部屋を使うといい」


「カラリアの部屋は、ディジーとカームがいるんじゃない? あの二人もなかなかだって聞いたけど」


「仕切り板を立てれば音も聞こえないぞ」


「そんなハイセンスなテクノロジーが搭載されてるの!?」


「自分で用意しただけだ」


「カラリアはそういうとこ器用だよね……ありがとう、なら遠慮せずに使わせてもらうね」




 落ち着いて本を読める場所がほしかったアンジェからしてみれば、願ってもない申し出だったに違いない。


 彼女は本を抱いてカラリアの部屋に向かおうとしたが――




「待ってくれ、アンジェ」




 そのカラリアに呼び止められる。




「ん?」


「ステラさんのこと、まだ好きなのか?」




 そして彼女はストレートにそう問いかけた。


 アンジェの頬がほんのり赤く染まる。




「そ、そうだけど……何で?」


「リュノさんと彼女は付き合っているんだろう。間に入る隙はないんじゃないか?」


「それは、わかってるよ」




 ステラも一応はホムンクルスの関係者だ。


 たまにこの施設を訪れることがある。


 アンジェは確か五歳ぐらいの頃に、ステラを見て一目惚れしたのだという。




「無理だとは思ったけど……どうしても諦めきれなくて。あ、もちろん奪い取ろうとかは思ってないから! 今はね、二人で本の話をする時間があるだけで幸せなのっ」




 彼女は本を抱きしめる手に軽く力を込めた。


 二人きりで趣味の話をする――そんな幸せな時間を思い出しているのだろう。




「うん、そう。私は……愛に必ずしも肉体関係が必要だとは思わない。プラトニックな繋がりがあればそれでいいの!」




 言葉に若干の怒りが混ざる。


 おそらく、今の言葉はエリニとエリオに向けたものでもあるのだろう。


 小説を読み漁っているせいか、アンジェにはロマンチストな部分がある。


 ステラとの精神的な繋がりだけで満足するのも、そういうアンジェらしいというか――


 カラリアが『なら心配は必要ないか』と話を終えようとしたとき、背後から足音が近づいてきた。


 ふと振り返ると、そこには腕を絡めて歩く男女の姿があった。




「カリンガお兄ちゃん。ほ、本当によかったの?」


「気を遣うなよ。俺自身がお前と一緒にいたいと思ってんだ」


「お兄ちゃん……う、うん。私も、お兄ちゃんのこと……好き……」


「ふっ、照れるな」


「んふふっ」




 ツンツン頭の少年カリンガと、黒いロングヘアが目を引く少女アオイだ。


 二人は幼少期から非常に親しい間柄で、周囲も『いつ付き合うのか』とやきもきしながらその関係を見守っていた。


 それがどうやら数ヶ月前に、晴れて恋人同士になったらしく――おそらくカリンガが、ご丁寧にアオイが十六歳になるまで待っていたのだろう。


 そんなわけで、今はこうして、見ている側が恥ずかしくなるぐらいの仲睦まじさを見せつけているのであった。


 目が合うと、そんな二人はカラリアとアンジェに軽く挨拶をした。




「俺らちょっとでかけてくるから」


「行ってきます」




 幸せ絶頂の二人を、『いってらっしゃい』と見送るカラリアたち。


 恋人たちは、その姿が見えなくなるまで、余すこと無くいちゃいちゃし続けた。


 そして見えなくなった途端、アンジェが膝から崩れ落ちる。




「どうしたんだ、アンジェ!?」




 カラリアが支えようとするが、アンジェの体はやけに重く感じられた。




「……私、嘘をついたわ」


「嘘?」


「私は……私はぁっ……!」




 ついに耐えられなくなった彼女は、全ての本音をぶちまける――




「ステラさんといちゃいちゃしたいよぉおおっ! 腕を絡めたいしハグしたいしキスしたいしお姫様抱っこされたいし朝目覚めたら隣で裸のステラさんが寝てて『可愛い寝顔だったね』とか言われたいぃぃい! もういっそ不倫でもいいから! ううん不倫のほうがいい! 背徳感キャモォォン!」


「アンジェが壊れた……」


「そうだ、挟まろう! 二人の仲を引き裂くのは本意じゃないから、二人の間に入り込めばいいんだ! 三人で結婚生活! ステラさんもハーレムを築けてハッピーじゃない! そうよ、そうだわ! どうして今まで気づかなかったのかしら! 二人で私をサンドイッチにしてえぇええっ!」


「落ち着けアンジェ! 冷静になるんだ!」


「私は落ち着いてるわッ! 干したての布団ぐらいクールよッ!」


「ほっかほかじゃないか!」




 カラリアは必死でアンジェをなだめた。


 そして五分後、ようやく彼女は冷静さを取り戻したのだった。




「はぁ、はぁ……ごめんね、カラリア。私としたことが取り乱してしまったわ」


「いいんだ。人間、誰しもそうなってしまうことがある」


「カラリアにも、そういうことがあるの?」


「……」




 急にそんなことを聞かれ、黙り込むカラリア。


 彼女は目を細めると、かすかに残った記憶の断片を呼び起こす。


 顔も知らない誰かと交わした唇の感触。


 別れの時、胸を締め付けたその痛み。


 本当に、相手が誰なのかはわからないが――




「ある、な」


「好きな人いるんだ」


「いる」


「うわあ、びっくり。カラリアってそういうの全然聞かなかったから」


「だろうな、誰にも話したことはない」


「大変だね、お互いに」


「アンジェほどじゃないさ」


「確かに私の前途は多難かも……あーあ、明日になったら急にステラさんが増えてたりしないかなー」


「同じ人間が増えたところで、結局はどちらもリュノさんに惚れるだけじゃないか?」


「カラリアのいじわるぅ! 妄想ぐらい許してよぉ! うわぁあーんっ!」




 涙目になりながら、アンジェは走り去った。


 苦笑いをしながら見送ったカラリアは、今度こそ――そう、今度こそ施設長室にたどり着くと思ったのだが。


 そうは甘くなかった。


 ずしんと、背中から誰かに抱きつかれ、急に体が重くなる。




「だーれだっ」


「ディジー、重いぞ」




 食い気味にカラリアは言った。




「ちぇっ、すぐ気づくんだから。やっぱり第二夫人だから?」


「誰が夫人だ。早く離れてくれ」


「えー、やだー。もっとカラリアに甘えたいー。カラリアもお姉ちゃんなんだから、妹を甘やかすのは責務だと思わない?」


「別にそれは構わないんだが、もうひとりの妹というか、本妻からの視線が痛い」


「へ? あー……カーム、すっごい顔してる」




 振り返ったディジーは、風船のように膨れたカームの顔を目撃した。




「ほら、嫉妬されてるだろう。早く離れるんだ」


「じゃあカームも甘えてみたら?」


「何でそうなる」




 嫉妬している相手に抱きつくわけがない。


 ……と思いきや、カームはディジーに言われるがままにカラリアに近づくと、ぎゅっと横から抱きついた。




「何でそうなる!?」


「カラリアはカームにとってもお姉ちゃんだし」


「そうそう、お姉ちゃんだもんねー」


「厄介な二人に絡まれてしまったな……」




 ディジーとカーム。


 二人はカラリアの六歳下の妹であり、ルームメイトでもある。


 カラリアは彼女たちのおむつだって替えたことがあるぐらい、幼少期から面倒を見てきた。


 そして愛情を注いで育てた結果――見ての通り、やんちゃないたずらっ子に育ってしまったというわけだ。




「誰の影響でこんな風に育ったんだろうなあ」


「それは……あれだよね、カーム」


「間違いなくカラリアのせい」




 否定したいところだったが、“結果”が目の前にあるので何も言えなかった。




「私はユスティアとユーリィに呼ばれてるんだ、離してくれ」


「一度くっつくと離れられないのがあたしたちだから、ねえカーム」


「たぶん前世からこんな感じだったと思う」




 前世――その単語が出た瞬間、カラリアはわずかに暗い表情を見せた。


 すると、ディジーとカームが同時に手を離す。




「……ん? どうしたんだ、急に」


「だって離せって言ってたし」


「私も、本気で嫌がられることはしたくないな」


「今のは別に、二人が嫌だったわけじゃないぞ。ただ少し、昔のことを思い出してしまっただけだ」


「あたしらが知らないこと?」


「誰も知らない思い出だよ。いや、夢の中で見た光景と言うべきか」


「変な夢ならあたしも見たことあるよ。カラリアと殺し合う夢」


「っ……」




 カラリアは息を呑んだ。


 なぜかわからないが、“殺し合う”という言葉を聞いた途端に寒気がしたのだ。




「あたしらが殺し合うとか、世界が滅亡して、もっかい生まれなおしてもありえないと思うけどね。あたしとカームが離れ離れになるのと同じぐらいありえない」


「ディジー……うん、私たちどこでも一緒だよ」




 指を絡め、見つめ合うディジーとカーム。


 そんな二人の様子を見て、カラリアはほっと胸をなでおろした。


 一瞬、ディジーと本気で殺し合うヴィジョンが見えた。


 だがそれは幻だ。


 大切な妹たちと殺し合うなど、ありえるはずがない。




「というわけで、あたしとカームはデートしにいくから。じゃーね、カラリア」


「帰ってきたら遊ぼーね」




 そう言って出かけるディジーたちの背中を、カラリアは見送った。


 その姿を見るだけで、なぜか涙がこみ上げるほどの喜びを感じながら。




「私の情緒はどうなってるんだ、まったく。浮かれてる他の連中を笑えないぞ」




 胸に手を当て、感情を落ち着けた彼女は、軽く息を吐くと再び歩きだす。


 そして施設長室の前に立つと、ノックをして、彼女は部屋に入った。


 迎えたのは、赤髪の勝ち気そうな女性と、黒髪の眼鏡をかけた、大人しそうな女性。


 ユスティアとユーリィの姉妹だ。


 二人は寄り添って、ソファに腰掛けていた。


 その距離の近さを見れば、他のホムンクルスたちがやたらとべたべたしている理由もわかるというものだ。




「急に呼び立ててすまないな、座ってくれカラリア」




 ユスティアに言われ、カラリアは向かいのソファに腰掛ける。


 彼女の表情は、傭兵をしていた頃よりも遥かに柔らかい。


 ユーリィにしてもそうだ。


 冷静で、思慮深く、かつ他者を思いやれる彼女は、もはやかつてのユーリィとは別人と言ってもいい。




「私にお見合い相手でも見つけてきたのか?」


「ははっ、そんなんじゃないよ」


「でも姉さん、案外似たようなものかもしれないわ。カラリア宛に王城から手紙が届いたのよ」


「王城から? これは……」




 中を開くと、一通の招待状が入っていた。




「メアリーの誕生会に招待する? しかも私を!?」




 さすがに驚きを隠せないカラリア。


 彼女は思わず立ち上がり、声をあげる。


 実を言うと、カラリアは以前からメアリー王女のことが気になっていた。


 ひょっとすると、自分の記憶に登場する少女は彼女なのではないか――などと、とんでもないことを想像してしまうぐらいに。


 もちろん他人に言ったことはない、馬鹿にされるだけとわかっているからだ。




「ユーリィと二人で驚くだろうとは予想していたが……」


「それだけじゃなかったわね、姉さん」


「い、いや、驚き一色なんだが……?」


「何を言ってるんだ、頬が緩んでいるぞ。やはり、カラリアがメアリー王女のファンという話は本当だったか」


「そんなこと誰がっ」


「ディジーだが」


「あ、あいつぅ……!」




 確かに同室のディジーなら、雑誌でメアリーの記事を気にするカラリアを見る機会はあるかもしれない。


 だが、そう断言できるだけの情報を知られた覚えはないが――




「本棚に並んでる雑誌が、メアリー王女の出てくるものばっかりって言ってたわ」


「やけに真剣に新聞を見ていると思ったら、それがメアリー王女の記事だったとも言っていたな」


「そんなことは……いや……あるかもしれないな……」




 要するに、無自覚だったのだ。


 元々雑誌をあまり買わないカラリアが、たまに買ってくるのはメアリー王女が掲載されているものばかり。


 そりゃディジーでなくとも気づく。




「だが母さん、これってつまり、メアリー王女が自分のことを、ホムンクルスだと知ったってことじゃないのか?」


「それか、このときに伝えるつもりか、だな」


「だったら前もって言ってきてる思う。この招待の仕方は、もっとおめでたいことだと思うな」


「ママの言う通りだったとしてもだな……」


「何か困ることでもあるのか?」




 カラリアにもわからない。


 ただ、胸にもやもやとする感情があった。


 本当に会ってしまっていいのか。


 いっそ、会わないほうがお互いのためなんじゃないか――




「カラリアを呼んだのは、境遇が似てるからかもしれないわね」


「何の話だ?」


「ユーリィ……あれを話すつもりなのか」


「遅かれ早かれ、私の口から伝えないといけないことだから。あのね、カラリア。あなたは……私と姉さんの血で生まれたホムンクルスなの」


「……二人の、血で?」




 それは驚くべき事実だ。


 だが不思議と、カラリアの感情は動かなかった。


 まるで、以前からそうだと知っていたかのように。




「まだホムンクルスの研究が続いてた頃、姉さんの気を引きたくて、自分の血を使ってホムンクルスを作ったの」


「そのとき、母さんはどうしたんだ?」


「怒ったさ、さすがにな。血のつながった妹との間に、無断で子供を作られたとあってはね。でも……あたしにも責任はあるんだ。たった一人の家族なのに、研究にかまけて相手をしてやれなかった」


「姉さんは悪くない! 本当に……私の身勝手だったから。それに、姉さんは怒ったけど、受け入れてくれたの。ひょっとすると、カラリアは気持ち悪いと思うかもしれないけど……」




 不安げに目をそらすユーリィ。


 妹が自分との間に子供を作ったと言っても、ユスティアは逃げなかったのだ。


 二人はカラリアという存在に向き合い、今日まで愛情を注いで育ててくれた。


 だったら――言うべき言葉など、一つしかない。




「ありがとう、二人とも」


「カラリア……いいのか?」


「本当に私の勝手な行動のせいなんだよ」


「二人が私にとっての母親という事実は、話を聞く前も今も同じだ。それに、ユスティアとユーリィの関係はみんなが知っての通りだからな。そこに愛情があるんなら、何の問題があるっていうんだ?」


「……ありがとね、カラリア」


「礼を言われるようなことじゃない。しかし、そういう理由でメアリー王女が私を必要としているのなら……会ってみたい、な」




 結局のところ、それが彼女の本心だった。


 会えるものなら会いたい。


 メアリーを見るたびに湧き上がる、不可解なデジャビュ、そして胸がざわつくような感情の正体を確かめたい。


 その一心で。



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