エピローグ
エピローグ:メアリー
メアリーの戦いは、実際の時間に換算するとそう長くはなかったのかもしれない。
だが彼女にとっては、あの地獄は永遠にも等しかった。
ようやくそこから解放され流した涙は、そう簡単に止まるはずもない。
彼女はフランシスにしがみついたまま、一時間近く泣き続けたという。
ようやく顔を上げたメアリーだが、それでも涙が止まったわけではない。
どうにか、他人と会話ができる程度に、心が落ち着いたというだけで。
「おねえ、さま。私、私……っ」
「やっとわかったよ。メアリーはとても辛い戦いに身を投じていたんだね。知らないうちに、私たちも救われていたんだ」
「そんなこと、考えて戦ったわけじゃ……ない、です。私は、ただ、復讐するのに必死で……」
世界を救ったというのは、結果論に過ぎない。
今のメアリー自身、別に英雄になりたいとか、そんなことは望んでいなかった。
ただ、この穏やかな世界で、静かに生きていきたい。
それだけだ。
「ごめんなさい」
じっとフランシスとメアリーを見ていたリュノが、深々と頭を下げた。
「全ては私の優柔不断さが招いた事態です。本当に、ごめんなさい」
改めて、彼女は謝罪する。
もしも、最初から神様なんて目指さなければ。
もしも、ミティスに全てを委ねていれば。
リュノが引き返せた場所は何度もあった。
いくら神としての意志や、両親という存在があったとはいえ、その結果として引き起こされた悲劇は、あまりに多くの人を傷つけすぎた。
だがメアリーは、もう彼女を恨んだりはしなかった。
「謝らなくたっていいんです。だって、リュノさんもどうしようもなかったんでしょう?」
「メアリーさん……」
「そう、みんな、どうしようもなかったんです。だから、“無かったことにする”以外、解決する方法なんてなかった」
そういう結論を出さざるを得ない。
生まれたときから、世界は詰んでいたのだから。
そして、それこそがメアリーの得た勝利だというのなら――謝罪の言葉など必要ない。
何もかも、無かったことになる。
それが、勝利の対価として得られたものだ。
それでも納得がいかないリュノは、少し俯きながら言った。
「何か、あなたへの恩義を果たす方法はありませんか」
メアリーは首を振り否定する。
「報いたいと思うのなら、どうか、ステラさんと幸せになってください」
世界は転生した。
結果、罪も罰も
いくらリュノが納得できなかったとしても、それだけが、彼女にできる償いだった。
「……ありがとうございます」
「ありがとね、メアリーちゃん」
きっとステラも謝罪したかったはずだ。
だがメアリーにああ言われては、封じられたも同然である。
これで後始末を完全に終わった。
二人は立ち上がり、別れの言葉を告げた。
「行ってしまうんですか?」
「私たちにできることは、これぐらいだからね」
「残りの人生は、二人で静かに暮らしたいと思います。できるだけ王都にも近づきません」
「そんな気を遣う必要はありませんよ、たまには遊びに来てください。今度は普通にお茶でもしましょう」
そんなメアリーの誘いに、リュノはふっと優しげな笑みを浮かべて答えた。
「はい、機会があればぜひ」
そして彼女はステラと手をつなぎ、中庭を去る。
メアリーは泣きはらした目でその姿を追い、見えなくなると、フランシスのほうを見た。
「やっと、こっちを見てくれたね」
二人きりになったからか、彼女はリラックスした様子でメアリーの頬に手を当てる。
“見てくれた”――それは視線ではなく、心の話だ。
これまでメアリーは、ずっと夢を見ていると思い込んでいたから、思考のチャンネルがズレてしまっていたのだ。
「もう大丈夫です。お姉様を苦しめてしまって……ごめんなさい」
「ふふ、みんな謝ってばっかりだ。いいんだよ、メアリー。謝ることなんて何もない。さっき言ってたじゃないか、幸せな姿を見せてほしいって。私も同じだよ。メアリーには笑っていてほしい、それが私の幸せだから」
「お姉様……っ」
その温かい言葉に胸打たれ、また涙ぐむメアリー。
彼女は零れそうな雫を指でぬぐうと、満面の笑みを最愛の姉に向けた。
「はいっ。私、お姉様と一緒にいられればいつだって幸せですから! 今日からたくさん笑いますね!」
◇◇◇
中庭での話を終えたメアリーとフランシスは、ヘンリーの部屋を訪れる。
彼は娘の表情を見た瞬間に驚いた。
「あの二人はどんな魔法を使ったんだ」
声を聞くまでもなく、メアリーが何らかの呪縛から解放されたのは、父の目からみて明らかだったらしい。
するとメアリーは、彼に向かって深く頭を下げた。
「お父様、ご迷惑をおかけしました」
「謝らないでくれ、メアリー。元はと言えば……私が始めたことが原因なんだろう?」
「ですが、お父様が何も始めなければ、私はこの世に生まれることすらありませんでした」
「生んだ者は責任を取るべきだよ」
「いいじゃないですか。結果として、ここに幸せな私がいるんですから」
笑うメアリーは、無理をしているようには見えなかったが――彼女が相当な心の傷を負ったことは間違いない。
ヘンリーの罪悪感は、そう簡単には消えないだろう。
「できれば……私に教えてくれないか。お前が、どんな経験をして、ここにいるのかを」
彼が知りたいと思うのは当然だろう。
だが、メアリーは悩んだ。
彼女にとっての勝利とは、全てを無かったことにすること。
だから、覚えている必要などないのだ。
誰もが忘れてくれていい。
消えてなくなれば、それが勝利の証明になる。
しかし――それでは父と姉は救われないだろう。
そう、フランシスだって、メアリーの歩んできた道が気になっているはず。
少しでも痛みを共有したいと思っている二人の想いを切り捨てるのは、メアリーとしても胸が痛い。
「とても、とても長い話になります。お茶でも飲みながらでどうでしょうか」
一つの考え方として――誰かに話すことで、それを“過去”にしてしまう、という手もある。
むやみやたらに広めるつもりはない。
しかし、一人で抱えるよりは、家族ぐらいは知っておいたほうがいいのかもしれない。
メアリーはそう思うことにした。
◇◇◇
メアリーから話を聞いたフランシスとヘンリー。
二人はその日からしばらく、メアリーに対してかなり優しく接するようになった。
メアリーが『気を遣わないでいい』と言っても、内容が内容だけに、そういうわけにもいかないようだ。
特にフランシスは、元から優しかったため、もはや一瞬たりともメアリーから離れようとしないほどに過保護になっていた。
ちなみに、キャサリンとエドワードには話をしていない。
というのも、メアリーの出生の真実を知り、それを飲み込むのに時間がかかっているからだ。
あの話を知って、『家族だからといって全てを知る必要はない』と悟ったのか、向こうから話を聞いてくることもなかった。
これで、メアリーの戦いは終わり、何も問題は残っていない――わけではない。
解決した問題もある一方で、逆に新たに発覚した問題もあった。
ステラやリュノとの邂逅を経たメアリーは、明らかに以前よりも明るくなった。
しかし、精神が安定したわけではなかったのだ。
戦場帰りの兵士が患う病とでも言うべきか。
最前線の兵士でも味わわないような凄惨な戦場で、長時間戦い続けたのだ。
本人は平気と思っていても、ふとした瞬間にトラウマが蘇り、錯乱状態に陥ったり。
他にも様々な状況で、精神のバランスを崩し、身動きが取れなくなることがあった。
もちろん医者にも診てもらったが、治療方法はただ一つ。
『難しいことは考えずに、ゆっくり休むしかないわね』
――とのことだ。
なのでメアリーは公務も休み、長期の療養に入ることになった。
もちろんフランシスも一緒である。
◇◇◇
メアリーが療養に入ってから二ヶ月が経った。
フランシスの献身的な看病もあってか、メアリーの経過は良好である。
発作的に精神が不安定になることも減り、悪夢にうなされる回数も減った。
とはいえ、まだまだ完全に立ち直るまでは遠い。
その日、彼女はフランシスと一緒に、王国内にあるリゾート地のホテルに宿泊していた。
マジョラームが経営するこのホテルの売りは、目の前にある宿泊者のみが利用できるビーチだったが――水着を着た二人は、海ではなく屋上にあるプールを泳いでいた。
メアリーがそれを望んだためだ。
とはいえ、このプールから見える景色は絶景である。
北側には蒼い水平線が、南側には緑豊かな山々を望むことができた。
「ぷはぁっ! はぁ……やっぱりお姉様は早いです」
水面から顔をあげ、髪をかきあげるメアリー。
彼女はフリルの付いた、可愛らしい白の水着を身にまとっている。
フランシスとの競争に負けたようだが、特に悔しがる様子は見せなかった。
「メアリーも随分と早くなったね。誰かに少し教わるだけで、すぐに抜かれてしまいそうだ」
一方で、フランシスは落ち着いた色のビキニを着ている。
思わずメアリーが見惚れてしまうほど、彼女は整ったスタイルをしていた。
「買いかぶり過ぎですよ。私なんてひ弱なんですから」
メアリーの肉体は以前の、か弱い王女のものに戻っている。
しかし“体の使い方”は身に染み付いているらしく、以前より明らかに身のこなしが軽い。
一般的には良いことなのだろうが、メアリーから聞いた戦いの日々を思い出すと、フランシスは素直に喜べなかった。
「それに、私がお姉様を追い抜く必要なんてありません。だってずっと一緒にいるんですからっ」
そう言って、甘えるようにフランシスに抱きつくメアリー。
さらに彼女は目を閉じて、顔を近づける。
「んー……」
「メ、メアリーっ!? こんなところでそれはっ」
「貸し切りプールです。誰も見てないんですから平気ですよ」
「そうかもだけど……まあ、見られてないならいいのか」
観念したフランシスは、メアリーの顎をくいっと持ち上げると、慣れた様子で唇を重ねた。
「ふふふ、お姉様と唇でキス……しあわせぇ……もっとしたいので、プールサイドに上がりませんか?」
「もっとするの!?」
「……いや、ですか?」
上目遣いで見つめてくるメアリーに、顔を赤くしてたじろぐフランシス。
(メアリーの押しがすごく強い。まさかこんなに大胆な一面があったなんて)
こと恋愛において、フランシスは非常にうぶだ。
まあ、ずっとメアリーだけを溺愛してきたのだから、当然といえよう。
一方でメアリーのほうは、何やら経験がありそうな雰囲気である。
どうも一緒に旅をしたというキューシーやアミ、カラリアの三人との関係が怪しい。
話を聞かされたときは、そこまで詳しくは深掘りしなかったが――
(もしかして、そういうこともしたのかな。キューシーと……
考えないように自分に言い聞かせても、やはり考えずにはいられないフランシスであった。
◇◇◇
プールから上がった二人が廊下を歩いていると、ふいにメアリーが、「うーん」とうなりながら顎に手を当てた。
そしてちらりと後ろを振り返る。
「お姉様、さっきの人って……」
「さっき?」
「ホテルマンです」
「ああ、私に握手を求めてきた人? マジョラームのホテルでもそんなことあるんだね」
「……そう、ですね」
黙り込むメアリー。
フランシスには、彼女が何に引っかかっているのかさっぱりわからなかった。
それもそのはずである。
何せ、先ほど握手を求めてきたのは――
(オックス将軍、でしたよね)
本来なら将軍の地位まで上り詰めていたはずの男なのだから。
(アルカナが無ければ軍にすら入らない。でも……)
厚かましいファンではあったが、前より気持ち悪い感じはしなかった。
こうして一流ホテルで働けているのだから、彼は彼で、それなりに幸せな人生を送っているのかもしれない。
……と、メアリーが考え込みながら歩いていると、目の前の角から少女が飛び出してきた。
「メアリー、危ないっ!」
「姫様っ!」
フランシスがメアリーを抱き寄せる。
そしてもう一人の少女も――別の誰かに抱き寄せられ、二人はぶつからずに済んだようだ。
「あら、あなたは……」
フリフリのドレスを着た少女は、メアリーの顔を知っているらしい。
そしてメアリーもまた、彼女のことを知っていた。
「メアリー王女ですの?」
「あなたは、ウェースティオ王国のガーネット王女! お久しぶりです」
「幼い頃に一度会っただけですのに、覚えていてくださって光栄ですわ。先ほどはぶつかりそうになってごめんなさい」
「こちらこそ失礼いたしました」
互いに頭を下げる二人。
さて、彼女がウェースティオの王女だというのなら、それを守っている女性は――
「エラスティスさんにもご迷惑をおかけしました」
そう、悲惨な死に方をした『
「私のことまで知っているなんて、さすが大国の王女ね」
「メアリーは優秀な王女だから」
「そういうあなたはフランシス王女ね。二人で旅行とは、噂に違わぬ仲の良さだわ」
「それはお互い様だよ。お姫様と、姫を幼い頃から守る騎士。国王公認の恋人はさすがに格が違うね」
フランシスは、抱き寄せたどさくさにまぎれて繋いだ二人の手を見ながらにやりと笑う。
エラスティスの頬がぽっと赤く染まった。
だがガーネットはむしろ見せつけるように、彼女にぎゅっと抱きつく。
「そうなんですのよ。わたくしとエラスティスは近々結婚するので、今回は婚前旅行ですの」
「ひ、姫様っ!?」
「あら姫様だなんてよそよそしい。旅行中は名前で呼び合う約束でしてよ?」
「結婚されるんですか。おめでとうございます」
「姫っ、そんなことをここで言っては!」
「平気ですわ。どうせすぐに世界中に発表されるのですから」
「しかしですね……」
困った様子で頭をかくエラスティス。
どうやら彼女は、姫様に振り回される役どころのようだ。
「くれぐれも、公式発表まで口外は厳禁でお願いするわ」
「口は硬いほうですからご安心を」
無論、メアリーたちも、それを誰かに漏らすとか、交渉のカードにするなんてこと微塵も思っていない。
「それじゃ私たちは用事があるから、これで」
「あらエラスティス。まだ時間はあるのではなくて?」
「これ以上続けては私の身が持ちません!」
「ふふふ、ナイトとしてはかっこいいのに、こっち方面はからっきしですのね」
「姫様が大胆すぎるんですよ!」
騒ぎながらプールへ向かう二人を見て、メアリーは思わず笑った。
「幸せそうな二人ですね」
「国王公認で結婚か。あの二人のことだ、国中に祝福されるんだろうね」
「はい……エラスティスさん、無事に結ばれてよかった」
その言葉を聞いて、フランシスはふいに思い出す。
(そっか、彼女は悲惨な死に方をしたんだったっけ)
姫は家族に拷問された挙げ句に死に、エラスティスはその音声を聞かされ、心を壊されて死んだ。
今の彼女が送っている人生とは、まるで真逆の結末だ。
(いくら殺し合う敵同士だったとしても、そんな最期を見せられたら、メアリーだっていい気分にはならないよね)
しかし、こうして今の幸せそうなエラスティスを見たことで、メアリーの中にあったトラウマは一つ消える。
過去の記憶を掘り返さないほうがいい――それも正しい判断だろう。
だが、あえて向き合うことで、幸せな記憶で上書きするという方法もある。
(難しいな……私はメアリーのために何ができるだろう)
いくらフランシスの頭が良かろうとも、人の心のケアは専門外だ。
医者は、彼女が一緒にいることが最高の治療薬だ、とは言っていたものの、『もっとメアリーに何かをしてあげたい』と思ってしまうのである。
顔には出さずにフランシスが悩む一方で――
「結婚、ですか……」
メアリーは、また別の出来事を思い出していた。
◇◇◇
ホテルから戻って数日後。
フランシスはヘンリーの部屋を訪れていた。
「お父様、お疲れのようですね」
ソファに腰掛けた二人がテーブル越しに向き合うと、メイドは速やかにお茶の準備を始めた。
娘の指摘に、ヘンリーはため息交じりに答える。
「クライヴだよ。なかなか厄介な男でな、先ほども民からの要求をまとめて突きつけられたところだ」
「自称活動家でしたね。それだけの行動力ですから、テロリストにならなくてよかった、と思うべきでしょうか」
「いっそその方が手は打ちやすいぐらいだ」
「お父様も律儀に話を聞く必要はないでしょうに。現状の制度で十分に民の不満は汲み上げられていると考えますが」
「そこに込められた感情まではわからぬものだ。もっとも、いささか過激な意見も目立つがな」
「類は友を呼ぶというやつです。エスカレートする前に私が手を打ちましょうか?」
「ふ、まだお前に頼るほど老いてはおらんよ」
実際、フランシスが出れば全ては丸く収まるのかもしれない。
だが理屈で封じられた感情は、またどこかで噴出するものだ。
クライヴはその代弁者に過ぎない。
「ところで、メアリーの状態はどうだ?」
「順調に回復しています。今はフィリアスに頼んでいますが、短時間なら一人でも取り乱すことはないようです」
「そうか。あの子が負った心の傷はあまりに大きい。私にもできることをしてやりたいが――どうしてもフランシスに任せてしまうな」
「当然です、私以上にメアリーを癒せる人間はいませんから」
「ふ、大した自信だ」
それは経験に基づいた自信である。
ヘンリーも父としてできる限りのことはしてやるつもりだが、やはりフランシスが一番の特効薬だと考える。
だが、そんな彼女の表情は少し暗い。
「しかし――」
「ん?」
「傷が大きすぎて、私だけでは力不足と思うこともあります」
それは、フランシスがメアリーと二ヶ月、一時も離れずに過ごしてきて感じたことだった。
メアリーの世界の全てがフランシスだけで埋め尽くされているのなら、癒やすのは容易い。
だがそうではないのだ。
妹は、姉のいない世界で戦い、そこで傷ついたのだから。
「やはりメアリーには、彼女たちが必要なのではないかと」
「いくらお前がメアリーのことを第一に考える人間だったとしても、人並みに独占欲ぐらいはあるだろう?」
「そんなもの、メアリーの幸せに比べればゴミのようなものです。掃いて捨てる以外に使いみちなどありません」
憂いはある。
しかし迷いはなかった。
何せ、フランシスはメアリーを救うためなら、簡単に命を捨てる女だ。
「メアリーは、『無関係でいることが正しさ』と思っているようです。ですがそれでは、永遠に穴を埋めることはできない。違う何かをはめこんでも、形が違えば隙間が生まれるのは当然ですから」
「実を言うとな、身辺調査はさせている。どうやら三人とも、それなりに恵まれた生活を送っているようだ」
「キューシーは言うまでもなく、カラリア・テュルクワーズはホムンクルスの施設でしたよね」
「ああ、そしてアミ・ヘディーラはキャプティス近郊の村で学校に通いながら暮らしているらしい」
「呼べますか?」
「メアリーの誕生日が近い。まずはパーティの招待状を送ろうと考えているが――それで構わないか?」
ヘンリーの提案に、フランシスは微笑みうなずいた。
「もちろんです。きっとメアリーも喜ぶでしょう」
一方で、その心中は穏やかではない。
焦りがあった。
自分だけでは、メアリーを癒せなかった事実に対してではない。
それは、二ヶ月経っても彼女がまだ苦しんでいるという現状に対しての、憤りゆえのものだ。
(メアリーの心は、今なお、何かの拍子に崩れ落ちそうなほどに傷ついている。私の愛する妹という事実を差し引いても、この世界の救世主が苦しんだままでいいはずがない)
神はなぜ、傷ついた彼女に、なおも試練を与えようとするのか。
(あの子には、絶対的な幸せを得る資格がある――)
そして自分には、それを実現する義務があるのだ、と――フランシスは覚悟を新たにした。
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