174 vs世界Ⅱ『全ての神々の戦争』




「世界が……割れる……」




 大陸全体に、不気味な地鳴りが響き渡る。


 ぐらりと、大地そのものが傾いていく。


 数少ない生存者たちは、世界の終わりの訪れに、さぞ恐怖していることだろう。


 その原因を知っているメアリーですら、鳥肌が立つほどの不気味さだったのだから。




「ほら、続けましょうよメアリー。それともあなたは、帰る場所がなくなったら折れる程度の覚悟で私に挑んていたの?」


「つまらない挑発を……!」


「でも有効みたいね。もう失うものなんて無いから、あとは私を殺せればいい。そう思い込んでいたんでしょうけど――あなたにはまだ、失いたくないものがあったのよ」




 ミティスは、揺れるメアリーの心に追い打ちをかける。




「それは謂わば、“期待”とでも呼ぶべき感情」


「そんなものはっ!」


「たとえ大切な人が死んでも、せめてこの世界さえ残っていれば、私を殺したあとも生きていける」




 戦いが終わったあとのことを、考えなかったわけじゃない。


 キューシーが、アミが、カラリアが死んでも、世界は続くのだ。


 そう、フランシス亡きあとも世界が続いたように。


 それはメアリーにとって、とても恐ろしいことだった。


 いっそそこで世界が終わってくれれば。


 自分の意識ごと、ぷつりと途切れてくれれば、“未来”を恐れる必要なんてないのに。




「生き残ったわずかな人たちと、再び世界を復興していこう。故人の死に報いるためにも。そんなビターな終わりを考えてたのよ、頭の片隅でね」




 今はまだ、復讐の最中にあるからそれでいい。


 けれど、憎しみという支えを失ってしまえば、メアリーには何も残らない。


 だから――慰め・・になりうる未来予想が必要・・だったのだ。


 ミティスの指摘通り、全てが終わったあと、この世界で生きていくための“目的”が。




「けれどその可能性すら消えてしまったから、あなたは傷ついている。ああ、もしかしたら世界がこんなに狭いと思っていなかったから、それもショックだったのかしら? 海の向こうにはきっと違う大陸があるはずだ、って。そう思ってた?」




 例えば、生き残った人たちを守って生活するだとか。


 例えば、海の向こうにある別の大陸を旅してみるとか。


 確かに――まったく、考えていなかったわけではないのだ。




「……確かに、そうだったのかもしれません。ですが、どうでもいいことです」


「強がりね」


「信じないのなら、あえてこう言いましょう」




 メアリーに言わせれば、世界が滅びるとか滅びないとか、そんなものは誤差・・だ。


 たとえ世界が残っていたとしても、そこにいる彼女は全てを失った死体のようなもの。


 断じて強がりなどではない。


 むしろ逆に――




「世界を壊してくれてありがとう。これで私は、完全に殺すためだけの存在になれました!」




 そう、感謝したっていいぐらいだ。




「強がりをやめないのなら、それはそれで。だったら、改めて心が折れるまで踊りましょう! 敗北者二人で、哀れに!」




 ミティスはブレードでメアリーに斬りかかる。


 それは星を引き裂くほどの威力。


 今のメアリーでは防ぎきれないし、回避もできない。


 だから、握る鎌で馬鹿正直に迎え撃つ。


 その刃は――わずかに、銀色の光を纏った。




断罪剣ネメシスソードッ!」


「おぉぉおおおおッ!」




 二つの刃が重なる。


 そして、斬り上げたメアリーの鎌が、振り下ろされたミティスの剣を断ち切った。




「魔力の差は絶望的。なのにこの切れ味、『魔術師マジシャン』ね!」


「まだまだあぁああっ! 埋葬棺ベリアルコフィンッ!」




 ミティスが骨の棺に閉じ込められる。


 そしてメアリーは自らの両腕を機関銃に変えると、その棺に向かって銃弾を叩き込んだ。




「逃げ場のない牢獄の中で蜂の巣になりなさいッ!」




 放たれた銃弾は、発砲された直後に消滅・・している。


 それらは全て、棺の中に転移・・しているのだ。


 メアリーの言葉通り、骨の箱の中身は無限回廊と化している。


 逃げ場のない迷宮の中で、ミティスは四方八方から銃弾の雨に晒されていた。




「ミンチになって死ねえぇぇええええっ!」




 全ての殺意を叩き込むメアリー。


 だがその時、棺の内側から赤い刃が突き出してきた。


 開いた裂け目から、ミティスがこちらを覗いている。




「面白い催しね、少しだけ楽しめたわ」


「この程度では終わりませんッ!! 『女教皇ハイプリーステス』、棺を聖域へと変えなさい!」




 無限回廊、骨の壁、そしてその上を『女教皇』の障壁が覆う。


 これは外部からの侵入を拒むものではない。


 侵入も脱出も、その両方を拒むことで、“一方通行”という余計な要素を排除し強度を高めた、絶対の檻だ。


 さらにメアリーはそこにアルカナを重ねる。




「『女帝エンプレス』の下僕よ、ミティスを消化・・しなさい!」




 ミティスを閉じ込める三重の檻が、獣へと変わる。


 それは実在する生物ですらなく、メアリーの意志によって作られた、新たな生物。


 体内を満たす強烈な酸で獲物を消化する、立方体の動物である。




「容赦ないわねぇ……」


「『教皇ハイエロファント』、棺内部における一切の行動を禁じる!」


「これでも痛くないわけじゃ――あ」




 “喋る”という行為で禁を破ったミティスは、一瞬で石像に変えられてしまう。




「痛いんですね。それは何よりです」




 隙間からは、そんな彼女の像がどろどろに溶かされていく様が見て取れた。


 そして完全に息絶えると、彼女は平然とメアリーの目の前に現れる。




「今やメアリーの魔術評価五千万だものね。その力はアルカナをも越える。神以上に、その能力を上手に扱えるのは当然のこと」


「『皇帝エンペラー』!」




 メアリーの背後に、数十万の兵隊がずらりと並んだ。




「兵たちよ、あらゆる手段を用いてあの女を殺しなさいッ!」


「けど残念だわ」


「いかなる手段を使ってでも!」


「その程度の力で、私を殺せると思ってるんだから」


「どれだけの犠牲を払ってでもッ!」




 生み出された兵士たちはふわりと浮かび、ミティスに迫る。


 対する彼女は両腕をガトリングに変形させると、




「まあ、まだ楽しいから付き合ってあげる。生者十億人分のビリオンソウル断罪銃ネメシスガトリング――群がる虫どもは、まとめて消し飛びなさい!」




 大量の肉塊弾をばら撒いた。


 それは触れるどころか、付近をかすめるだけで兵士たちを破裂・・させていく。


 流れ弾が崩壊する大地に命中し、その破滅をさらに加速させる。


 だが負けじと、メアリーも絶えず兵士を生み出し続けた。


 彼女が作るのは剣を手にした歩兵だけではない。


 弓兵も後ろに控えているのだ。




「『恋人ラヴァー』の魔力を付与する――そう、私の恋心は全て失われました。だからその全てが毒となって、敵を殺す! 放てえぇぇえええッ!」




 放たれた矢は、光の早さでミティスに迫った。


 彼女はガトリングを乱射しながら後退し、それらを撃ち落としていく。




「あの矢、早い上に的確に追尾してくるわ。割と厄介ねぇ」




 ミティスは涼しい顔をしていたが――一本の矢が、弾幕の隙間を抜けて彼女に迫る。


 わずかに首を傾けて回避した。


 しかし、矢じりが耳を掠めていく。


 その瞬間にミティスの肌が紫に変色して、醜く腫れあがり、彼女は目や鼻、口から大量の血を吐き出した。




「あぁ、これが毒……ご、ぶっ……ふ……気持ち、わる……」


「『戦車チャリオット』――」




 ミティスの動きが止まると、メアリーの背中に二つの車輪が浮かび上がる。


 それは徐々に回転数をあげていく。




「『パワー』――!」




 さらに車輪が巨大化した。


 どうやら車輪で得た推進力で、ミティスに突進するつもりのようだ。




「それ……どのへんが車なの?」


「車輪があれば車です!」


「滅茶苦茶な理屈、ね……まあ――」




 ――それを通せるだけの魔力がある、ということなんでしょうけど。


 そうミティスは言おうとしたが、言い切る前にメアリーは突進してくる。


 毒に冒され、今の肉体を捨てるか否かの瀬戸際――ひとまず肉の砲弾で迎撃すべく、ミティスは腕を前に突き出す。


 だがメアリーの姿が、突如として消えた。




(転移? いや――)




 そしてその直後に、ミティスの背後に現れる。




「『隠者ハーミット』によるステルスッ!」


「くゥだけ散れえぇぇええッ!」




 メアリーの拳が繰り出される。


 とっさに振り向いたミティスは、崩れかけた両腕でそれを掴んで受け止めた。




「『運命の輪ホイールオブフォーチュン』! フルドライブッ!」




 すると、メアリーの腕が回転しはじめる。


 肘の関節部から血を撒き散らしながら、彼女の腕はさながら削岩機のように、それを掴んだミティスの両手をえぐる。




「あっはははは! その有様、肉体は完全に道具ねぇメアリー!」


「人の形にこだわる必要などッ!」


「この近さぁっ、この痛み……触れ合う熱で憎しみをぶつけ合えるって素敵ぃ!」


「黙れぇッ!」


「あなただって本当は楽しいんじゃない? いえ、楽しむしかないのよ。だって、嘆いたところで何も取り戻せやしないんだから!」


「黙れえぇぇぇええッ!」


「黙らないわ! もっと見せてよ、醜いメアリーが乱れるところを! 全てを奪われた惨めな敗者として、物語の結末でもがく姿を!」




 ミティスの体は毒で完全に紫に変色し、目からは常に血の涙を流している。


 彼女はその痛みや苦しみすらも楽しんでいる様子だった。


 虚無の数億年に比べれば、苦痛すら快楽に等しいらしい。


 メアリーが壊れていくのを見るのと同時に、どれだけ行き詰っても、死ぬことすら許されない自分がどこまで壊れられるのか――それを試して、遊んでいるのだろう。


 一言で言えば、“自暴自棄”だ。


 それを極めているのだ、ミティスという存在は。


 だから彼女自身、自らをどこまででも貶められる。


 彼女の腹がぼこっと膨らみ、そこで生まれた何かが体をのぼってくる。


 食道を、時には肌さえも引き裂きながら喉を通り、口まで到達したそれは、『世界』の生み出した生命の塊。


 つまり、“生きた”肉塊。


 そう、ミティスは口から『断罪砲』を放とうとしている――




「おぼ……お、ごぉっ!」




 魔術評価五億の砲撃が、ゼロ距離で放たれる。


 同時に反動で彼女の頭も吹き飛び、ただただ醜いだけの暴力がメアリーに迫った。




「『正義ジャスティス』――永劫不変テミス・ロウ!」




 眼前に浮かび上がった光の盾が、一時的にそれを受け止める。


 しかし相手の魔術評価五億に対して、先ほどから死神による捕食を行っていないメアリーは五千万程度。


 力の差は歴然。


 稼げるのは、刹那よりも短いわずかな時間のみ。


 この間に回避しようという魂胆だ。


 しかしその一瞬でさえも、砲弾の持つ熱気が貫通し、メアリーの体を焼いて肌をケロイド状に溶かす。


 その結果、『吊られた男ハングドマン』による魔力強化が作動し、盾の強度は上昇。


 稼げる時間も少し伸び、その間に、メアリーはミティスから距離を取った。


 砲弾は体の真横を通っていく。


 余波で肉体の半分以上がえぐりとられる。


 かすり傷だ。


 すぐさま肉体は再生する。


 ミティスも新たな体を生み出し、断罪剣を手の甲から伸ばし斬りかかってくる。




「あなたは生きていてはいけないッ!」


「何よ急に。発作みたいに――がっ!?」




 メアリーが宣言した途端に、ミティスは胸を押さえて苦しみだす。




「これは……『節制テンパランス』……無条件で、私を殺す……が、ああぁあっ!」




 体が内側から引き裂かれ、彼女は死んだ。


 もちろん、すぐに新たなミティスが生み出されるが、




「ごっ、がっ!? 近づくことすら、でき……なっ」




 そのたびに自壊し、死んでいく。


 『節制』による行動制限が維持されているのだ。


 それを何度か繰り返すと、ミティスはついに諦めたのか、新たな肉体を生み出さなくなった。




「消えた。この程度で終わるような戦いでは無いはずですが……それ以前に、何をもって終わりとするのかも想像がつきませんね」




 メアリーはあたりを警戒しながらぼやいた。


 すでに星は原型を留めないほどに砕け、そこらに浮かんでいる。


 もう元の形に戻ることはないだろう。


 生存者たちも、とっくに何かがぶつかるか、押し潰されて死んでいる頃だ。


 まあ、それはどうでもいいことだ。


 問題は『世界』を殺す方法。


 現状、ミティスはどうやら自分自身の血を使って自らを改造し、魔術評価を青天井に引き上げているらしい。


 そして殺しても殺しても、どこからともなく新たな自分を生み出して復活してくる。


 能力は、新たな生命を生み出して、それを固めてぶつけることだが、果たしてそれが彼女固有の能力なのか。


 『死神』を利用し、メアリーの魔術評価を引き上げるために、あえてそうしているだけなのではないか。


 そう思って、彼女は先ほどから、ミティスの生み出した生命を喰らうことをやめた。


 だから魔術評価は五千万止まりだ。





「巨大な力同士をぶつけて望むこと……そういえば彼女、私に“期待”がどうとか言ってましたね。ああいう発想が出るということは、案外、自分でも何かを期待してるんでしょうか。たとえば、巨大な魔力を衝突させて、この世界を壊せば、自分が元の世界に戻れるのではないか……とか」


「そんなわけないじゃない」




 ――どこからともなく、ミティスの声が聞こえてきた。


 どうやら、メアリーの言葉は彼女の癪に障ったらしい。




「仮にそんなことが可能なら、とっくに私を封じていたリュノが試してるわ」


「そうですか、神様って思ったより万能でもないんですね」


「ええ、しょぼいからこうなったのよ。私があなたに力を与えたのは、単に――あなたの手で、この世界を完膚なきまでに壊してほしかっただけ」




 ミティスはそう言うと、自らの目の前にある“星の欠片”を蹴り飛ばした。


 直径数十キロメートル――暴力的質量が、光ほどの早さでメアリーを狙う。


 彼女は両腕を巨大な骨に変えて受け止めた。


 しかし抵抗虚しく腕は折れ、体は潰され、弾ける。


 残ったわずかな細胞から再生。


 その再生途中のタイミングを狙って、ミティスは次の欠片を飛ばす。




「あなたは、自分の心が、最底辺まで落ち込んだって思ってるんでしょうけど。まだよ、まだ残っているわ。壊せるものが。それを全て、家に沸いた蟻のように指先で押しつぶしたいの、私は!」


「例えにッ! 性格の悪さが滲みでてるんですよぉっ!」


「お褒めいただき光栄だわっ!」




 次々と、まともにメアリーが受け止められないのを良いことに、同じ攻撃を繰り返す。


 その都度、跡形もなく消し飛ぶ彼女の肉体。


 攻めあぐねるメアリーは、自らの肉体を破壊することで、『悪魔デビル』のアルカナも併用し、より多くの魔力を引き出すことを選んだ。




「だったら――虚葬鎧ベリアルガイストッ!」




 骨の巨人が現れ、その脊椎にメアリーの肉体がわずかに付着したような姿になる。


 さらに、骨の“棒”を作り出すと、巨人は両手でそれを掴んだ。


 棒と言っても、長さ数キロメートルに及ぶ、とてつもない大きさの武器だ。


 迫る星の欠片がさらに大きいので、大したこと無いように見えてしまうが――




「こんなものを砕いたところでっ! 私の心が壊せるはずがないでしょう! 微塵も、これっぽっちもぉ!」




 巨人は、『タワー』の加護を得たその武器を軽々と操り、次々とミティスの放つ欠片を砕いていく。




「かわいそうに。強がりに強がりを重ねて、わからなくなっているのね。あなたは最初から、フランシスが死んだあのときから、ずっと強がりだけでここまで戦ってきたのに!」


「この復讐心は、強がりなどではありません!」


「ふふっ、だったら好きなだけ砕けばいいわ。ほら、この欠片にはフランシスと二人で見た思い出の花畑があるわよ。こっちは家族で一緒に過ごした最後の楽しい思い出の場所だわ。これはキューシーと初めて愛し合った場所! こっちはアミと結婚の約束をした場所ぉ!」


「思い出の場所なんて……もう星がこんな姿になった以上、残ろうと壊れようと意味などあるはずがないッ!」


「だったら全部壊しなさい。そうやって、心の傷に気づかないふりをしながら!」


「好き放題に言ってくれてええぇぇッ!」




 メアリーは、ミティスが新たな欠片を蹴飛ばすのと同時に、手にした棒を投擲した。




「動作と同時に攻撃を潰された。動きを読んだのね」


「これがお姉様の『スター』。今度こそ完全に殺します!」




 巨人は巨体に見合わぬ速度でミティスとの距離を詰め、彼女に掴みかかった。


 それは軽く避けられたものの――巨人の腕が纏う魔力が、ミティスに干渉する。


 両手の甲に、模様が浮かび上がる。


 そしてミティスの体はバラバラに砕け散った。


 口のパーツだけが動き、声を発する。




「接近しただけで、私の運命が、書き換えられた……」




 彼女は現在の肉体を放棄、あらたな端末を生成する。


 だがそれも、直後に解体された。


 ミティスは何度も何度も、誕生と破滅を繰り返す。




「過去も、未来も、全部埋め尽くされていく……」




 そのループは、メアリーから距離を取っても終わることはなかった。




「『ムーン』が過去を殺し、『太陽サン』は未来を殺す。書き換えられた過去、決定された未来が、絶え間なくお前を殺し続けるッ!」




 わずかな“現在”という一瞬を除いて、ミティスの運命は崩壊で満たされていた。


 たとえユーリィであっても逃れられぬ死の円環の中で、しかし『世界』はなおも健在だ。


 完全に相手を消し去るためには、そのわずかな“一瞬”まで潰さねばなるまい。




「そして――秘神武装アルカナインストール、『審判ジャッジメント』!」




 そのためならメアリーは、忌むべき力でも喜んで使ってみせる。




「この傀儡遊戯リインカーネーションで、全てのアルカナ使いを蘇らせれば……!」




 ユーリィが『正義』と『審判』を同時使用したのと同じロジックだ。


 メアリーの周囲に、これまで喰らってきた二十人のアルカナ使いが浮かび上がる。


 もちろんそこには、フランシスやキューシー、アミも含まれた。




「全アルカナの、同時使用……可哀想に、想い人すら道具にするのね!」


「ええ、殺すためならそれぐらいは。これで――“現在”を消し去り完全に終わらせますッ!」




 “色”がそうであるように、異なる魔力が絡み合い、重なり合った先にあるのは、灰色だ。


 アルカナ使いたちから溢れ出す魔力は、メアリーの目の前で球体となり、浮かび上がる。


 ただそこに“在る”だけで、パチッ、バチッと散発的に弾けるような音がする。


 反発しているのだ。


 時の流れに。世界の固着に。


 存在そのものが、この世の理を歪めてしまうような、あまりに膨大な魔力の塊。


 ゆえに、周囲の景色も歪む。


 世界を覆う帳は引き伸ばされ、ときに引き裂かれ、自己再生を行うまでの僅かな間に、壁紙の向こう側――純白の無の世界すら引きずり出そうとしている。


 簡単に言えば、魔力のブラックホールだ。


 メアリーはそれを抱きしめるように、両手を前に伸ばした。


 もちろん直に触れはしない。


 軽く、魔力で押し出してやるだけ。




灰燼回帰ディエス・イレ




 ほんの少しの力を与えてやるだけで、その場に固定されていた魔力塊は、すぅ――と滑るようにミティスに向かって移動を開始した。


 死を繰り返すミティスに、回避などできない。


 目を見開く彼女が灰色の終焉に触れると、その体はするりと中に飲み込まれた。


 同時に、球体は動きを止める。


 その場に留まり、ミティスという“異物”を飲み込んだことで絶妙な力加減で保っていた均衡が崩れ、崩壊をはじめる。


 円型は歪み、ねじれ、やがてぱちんと弾けた。


 宇宙に、全てのアルカナの力が解き放たれる。


 絶対断絶の刃、無数の獣をつなぎ合わせたキメラ、近づくもの全てに破滅の運命を与える車輪、流星のごとき光の帯、燃え盛る天使、人を呑み込めるほど大きな口を開いた悪魔――全てが絡み合った混沌が渦巻く宇宙を、メアリーは静かに見つめていた。


 術者以外の全てを破壊する力は、宇宙空間に浮かんでいた星の欠片も消滅させる。


 彼女の放った魔術が役目を終えて消えれば、今度こそ完全に、ここには何も無くなった。


 ただ無重力の暗闇と、少女が一人いるだけ。


 だが、彼女の表情はまだ険しいままだ。


 不安という感情にも似た“気配”が、漆黒の中に漂っていたから。




(もし、これで殺せないのなら)




 最悪の可能性を考える。


 だが、同時にメアリーは理解していた。


 ミティスは、これまでメアリーが戦ってきた中で“最悪”の相手だ。


 どれだけ都合の悪い想像だったとしても、決着が付いたという完全なる確信が持てぬのならば――




「これで殺せないのなら諦めよう。そんな風に思ってた?」




 ミティスは再び現れるだろう。


 無傷のままに。



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