167 vs審判Ⅱ『矛盾塊』




「あーあ、壊れちゃった。台無しだよ。せっかく世界が壊せたはずなのに。こんなふざけた世界が消えてなくなるはずだったのに」




 ユーリィは敵意むき出しでカラリアを睨みつけた。




「笑わせるな、姉殺しの外道が。自滅の末に自暴自棄で他人まで巻き込むんじゃない」


「私から姉さんを奪ったのはお前だ」


「“逃げた”の間違いだろう。ユスティアも気味が悪かったんだよ」


「なら姉さんも裏切ったんだ」


「そういう思考に至る人間だから、捨てられるんだ」


「だったら姉さんも殺されて当然の人間だね。自分のやったこと、ぜーんぶ私に押し付けていったんだから。子供を連れて逃げて正義の味方みたいな顔してさぁ、私の苦しみなんて一つも理解せずに」




 声を荒らげるユーリィに、カラリアは何も言わずに銃弾を放った。


 頭が半分以上吹き飛ぶ。


 えぐれた脳をむき出しにして、傷口をメアリーよろしく再生させながら、彼女はカラリアをにらみつけた。




「あぁ……痛いなぁ。でもこの痛みも愛なのかな。教えてカラリア、一緒に過ごした時間は短かったけれど、少しぐらいは愛を――」


「死ね」




 問答無用で大量の銃弾を叩き込むカラリア。


 ユーリィは体をガクガクと震わせながら、成すすべもなく穴だらけになっていく。




「ひじょい、ひょ。からり、あ……」




 どろりと溶けるユーリィの体。


 カラリアは軽く息を吐き出すと、神経を研ぎ澄ました。


 先ほどのやりとりは、所詮前座にすぎない。


 本当の戦いがここからはじまる――その確信があったからだ。




『カラリア、私を助けて』




 地面から湧き出してきたのは、ユスティアの群れ・・だった。


 彼女たちは悲痛な声で助けを求めながら、一斉に飛びかかってくる。




「くだらん」




 カラリアはハンドガンを乱射しながら回転した。


 無残にも撃ち落とされるユスティアたち。


 すると部屋の片隅にユーリィが現れた。




「酷いよ、本当に。実の母親をそんな風に殺せ――」


「『タワー』との戦いで嫌というほど見たのでな。しかし、もったいぶった割に出てくるのはしょぼい手品だけか、がっかりだ」


「生意気に育ったね」




 ユーリィが手をかざすと、先ほどよりもさらに多くのユスティアが現れる。


 集団で襲いかかる。


 今度はマキナネウスを篭手へと変え、カラリアは拳で彼女たちを粉砕した。


 潰れた死体はすぐに消え、次から次へと新たなユスティアが湧いてくる。


 そのたびにユーリィは言った。




「ひどい、ひどい、ひどい――」




 目に涙を浮かべながら。




「ひどいよ、カラリア。どうして姉さんにそんなことするの?」


「お前がさせているんだろうがッ!」




 ユスティアの攻撃を避け、隙を見てユーリィに射撃。


 頭を吹き飛ばす。


 口元だけになったユーリィは、なおも泣きわめく。




「ひどいよ。私だって、私だって、こんなこと、したくなかったのにぃ!」




 明らかに取り乱した様子で叫ぶと、ユスティアたちがぴたりと動きを止めた。


 そして体がどろりと腐り始める。




「う……何だ、これは」




 ユーリィの情緒不安定さが能力に影響を与えているのだろうか。


 偽物とわかっていても、大量のユスティアが腐っていく様子というのは、ただただ単純にグロテスクで不快な光景だった。


 さらにユーリィ自身の体まで腐っていく。




「やぁだぁ。やだぁぁ。やだやだやだやだぁ、姉さんと一緒がいいのぉ! 姉さんっ、姉さぁぁああんっ、私を置いていかないでぇええっ!」




 そのとき、カラリアは自分の腕にかゆみを感じ、軽く指で引っ掻いた。


 すると、指先に肉が付着する。


 痛みはなかった。


 それが異様だった。


 傷口を確認すると――カラリアの肉体までもが腐敗しはじめていた。


 彼女はすぐさま刀を抜くと、




『OVERDRIVE,READY』


「うおぉおおおおおおっ!」




 自分の周囲にいるユスティアの成れの果てを薙ぎ払う。


 そして可能な限りユーリィから離れるため、部屋の隅に陣取った。


 肉体の腐敗は収まったのか、遅れて腕に痛みがやってくる。




「くうぅ……やはり、ただの人間ではない。ユーリィはアルカナ使いだ……しかし、何だこの能力は。周囲を腐らせる能力? だったら、なぜ最初からそれを使わない!」




 疑問は尽きない。


 そうしている間に、カラリアは試しにユーリィに向かってライフルを放ってみた。


 だが、ユーリィは魔力すら腐らせ、弾丸が届くことはなかった。




(これではディジーも仕掛けられないな。まあ、奴が逃げていない保証も無いが)




 最初に戦ったときのように、奇襲のタイミングを虎視眈々と狙っている――カラリアは、それを期待している自分を滑稽に感じた。


 自分を殺そうとした、ユスティアを殺した張本人を期待し、目の前にいる自分の母親であり、もうひとりのユスティアの仇である相手を殺そうとしている。


 もう何もかもがめちゃくちゃだ。


 そしておそらく、ユーリィをカラリアが殺したところで、彼女は歓喜と悲嘆の間で死にゆくだけ。


 カラリアが望むような復讐劇はそこには無い。




(別に復讐でなくとも構わんさ。今の私は……メアリーが進む世界を少しでもマシにするために戦っているのだから)




 この混乱した世界の中で、戦意を維持できているのは、間違いなくメアリーの存在があるからだ。


 最初こそ殺し合いから始まった関係ではあるが、今は“運命の出会い”だったと思っている。


 カラリアが軽く思い出に浸っているうちに、ユーリィの感情はまた別の色へと変わっていく。




「……どうして? どうして私が謝らなくちゃならないの。私は悪くないのに。姉さんのせいで……ううん、違う。姉さんを誘惑したんだ。カラリアは、あの幼い体で、姉さんを誘惑して連れ去ったんだ。卑しい女ァ! ああ、そうだったんだね、姉さん。ごめんね、勘違いしてごめんねぇ!」




 腐ったユスティアたちが、逆再生するように人の姿を取り戻し、立ち上がる。


 そしてユーリィを囲むと、それぞれが甘やかす言葉を囁きながら体を撫でた。




『いいんだユーリィ、お前は何も悪くない』


「ああ姉さん。そう、そうだよね」


『愛し合おう』


『愛しているよ』


『誰よりお前が大切なんだ』


「ふふふ……これが姉妹のあるべき姿だ!」


「気持ち悪さで世界一でも狙っているのか、お前は」


「黙れ泥棒猫。私がどんな気持ちで、能力を使って姉さんを蘇らせたも知らないくせに!」


「わかってたまるか」


「血の繋がったファミリーならわかれよぉ! 乱交するためだよ! 気持ちよくなりたいんだよぉ!」


「はぁ……頼むから早く死んでくれ」




 さすがのカラリアも怒りを隠せない。


 ライフルで容赦なく頭を撃ち抜くと、再生するまえに続けて体、下半身を吹き飛ばす。


 ユーリィの肉体は跡形もなく消え去った――が、なおもユスティアの供給っ・・は止まらず。




「雑魚をいくら差し向けたところで!」




 所詮それは、ユスティアの形をしただけの肉にすぎない。


 刀で切り裂けばそれだけで絶命する脆い壁だ。


 その間に再びユーリィの肉体が再生するが、




「はあぁぁぁぁあああッ!」




 ユスティアの群れを薙ぎ払うついでに消し飛ぶ。




(完全に消しても死なないか。これは本体が別の場所にあるパターンだな)




 さすがのカラリアも察しがついた。


 だが、仮にそうだとすると、爆発に巻き込まれたことにも疑問が残る。




(最初からあの場所に本体を置いていなかったから、たまたま爆発から免れたのか。それとも、私が爆弾を仕掛けたことを知っていたのか? だとしたら――)




 この場でのやり取りも、ただの茶番なのではないか。


 ユーリィの底知れない不気味さを前にすると、まだ何か仕掛けているのではないか――そんな不安が尽きないのだ。


 『世界』に最も近い場所にいた女のアルカナが、ただユスティアを大量に生み出すだけ? ただ腐らせるだけ? ただ再生するだけ?




(そんなわけあるか!)




 ユスティアを叩き切りながら、カラリアは確信する。


 まだ何か、何かがあるはずなのだ。


 すると無駄な殺戮だけが繰り返されていた室内に、隠れていたはずのディジーが現れる。


 彼女の義手の上には、不気味に脈打つ、顔ほどの大きさをした心臓らしきものがあった。




「見っけたよ。これ、あいつの心臓じゃない?」


「いけない――それは」




 明らかに焦るユーリィ。


 カラリアは投げるよう視線で指示を出す。


 ディジーは即座に放り投げ、心臓は刀の衝撃波で真っ二つにされた。




「あ……っ、う、ぐうぅ……」




 心臓を押さえて苦しむユーリィ。


 大量にいたユスティアも、すぅっと消えていった。




「ふーん、あれが心臓だったんだ。他の天使と何か違うね」


「私の……『審判ジャッジメント』は……『世界』が作る天使の……元に、なったもの、だからね……いいアイディアだって、私の想像力は姉さんより上だって、よく褒められてたんだよ」


「オリジナルか。つまり、お前が肉体を作り変えていたのは自分の能力によるものなんだな」


自己否定エヴォルヴっていうの、かっこいいと思わない? ふふふ……楽しかったよぉ、私の手で、私を私でない別のものに変えていくのは。自分の手で、私を壊せるんだ。悲願だった、願いだった、苦しみだった。あとね、あとねっ、姉さんを大量に傀儡遊戯リインカーネーションして、蘇らせて、絡み合って、溶け合って――はあァ……それで、悦びながらさぁ! そんな穢れた自分を殺す。殺す。殺すうう! それが……そぉれが、楽しかった……」


「いい加減にくたばれ」




 カラリアが放つ、とどめの銃弾。


 それはユーリィの眉間を貫いた。




「いや……私。何も、楽しく、ない……」




 彼女の目から光が消える。


 ユーリィは床に倒れると、動かなくなった。



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