164 vs月と太陽Ⅱ『ハッピーマリッジ・ハッピーデッド』




 周囲に浮かび上がる車輪。


 その異様な光景を前に、双子は言う。




「私たちは神と戦った。そう、そして勝った。今さらアルカナ使いが出てきたところで――私たちには勝てない!」




 血管が絵を描く。


 『太陽サン』の未来を操る能力が発動した。




「触れていないのに、手の甲に模様が!」




 メアリーを対象にエリオの能力が発動し、連動して『ムーン』の能力が発動する――はずだった。




「へーきだよ。私に任せて。車輪の国フォーチュン・ワンダーランドでは私がルールなんだから!」




 浮かび上がった車輪が回転をはじめ、景色がわずかに歪む。


 すると何かが割れる音がして、メアリーの手に浮かんだ絵が消えた。




「未来が砕かれる、過去が変わらない」


「この空間にいる限り、運命は私のもの。お姉ちゃんの未来は邪魔させない!」


「でも維持に大量の魔力が必要、攻撃に回す余裕はない。それに直接書き込めば抗えない」


「できるはずがないでしょう、近づかせないんですから」




 メアリーは右腕で埋葬砲ベリアルカノンを連発した。


 その弾丸は全て『隠者』で隠され、感知することができない。




「今度こそ砕け散りなさいッ!」




 つまり双子に取れる行動は、回避のみ。


 命中する直前、二人の姿は消え、別の場所に現れた。




「うぅーん、『太陽』を経由せずに直接書き込んだ『月』の能力は、やっぱり発動しちゃうんだ……」


「ですが触れずに発動する『太陽』の能力は打ち消されて使いものになっていません。この戦況、私たちのほうが有利です!」


「そうはいかない。エリオには『太陽』があって」




 双子の右手に、真っ赤に燃え盛る球体が現れる。


 離れていても肌を焼くほどの熱を発するそれは、まさに『太陽』だった。




「エリニには『月』がある」




 そして左手には薄暗い球体。


 こちらは冷気を放っているように感じられた。




「そして今の私たちは一つだから――対極融合カリオガミーは成立する」




 その二つを一つに合わせると、光り輝く光の球になる。


 熱くもなく、冷たくもなく。


 しかし確かに、そこには膨大な魔力が込められていた。




「そんな後出しなどッ!」




 メアリーは埋葬砲を放つ。


 砲弾は光に当たると、粉塵となって消えた。




「小細工無しの、純粋な魔力の塊……」


「本命は過去と未来を変える力なんだろうけど、あれも侮れないね」


「陰と陽は打ち消しあって、だからこそ純度の高い魔力が生まれる」




 そう告げた双子と球体が消える。


 メアリーの目に、わずかに光の筋が見えた。




「――ッ、危ないっ!」




 彼女はアミを押し倒すように飛び込んだ。


 そこに双子が現れる。


 もちろん触れたら消し飛ぶ球体もセットだ。




「あ、ありがとお姉ちゃん」


「“過去にそこにいた”という書き換えすら避けるなんて、卑怯だよねエリオ。そうだねエリニ、理不尽だ」




 『スター』もまた、時という概念を超えた能力を持つアルカナ。


 敵が過去の書き換えという現象を利用して殺してくるのなら、それに対応してメアリーに道筋を示すようだ。




「だけど、連続して避けられるようには見えない」




 再び双子が消える。


 彼女たちの指摘通り――いくら『星』が道を示すとはいえ、それは一瞬のことだ。


 対応できるかどうかは、メアリー次第である。




「アミ、抱えますっ!」


「うん、喜んで!」




 彼女はアミを両腕で抱えると、消えては現れ、消えては現れを繰り返す球体と双子から逃げた。


 反撃の糸口を掴むべく、抱えられたアミも現れる度に車輪を放つが、なかなか捉えられない。


 そして何度目かの応酬のタイミングで、光球を避けたメアリーに、双子は血管を伸ばした。


 もらった――と言わんばかりにその口元がいびつに歪む。




「『皇帝エンペラー』ッ!」




 伸びた血管を、そこに現れた剣を持った兵士が薙ぎ払った。


 すかさず兵士に絵を刻み、霧散させるも、その隙にメアリーは逃げおおせた。




「防がれちゃったね、エリオ。残念だね、エリニ。だけどあと少しだよ、エリオ。うん、あと少しで殺せるね、エリニ」


「ごめんなさい、期待させてしまって。手札が多いと、どうしても使う手段で迷ってしまいまして」


「何を……」


「『教皇ハイエロファント』、絵を書くことを禁じる。重ねて『節制テンパランス』、あなたたちは絵を書いてはいけない」




 その宣言だけで、双子の動きは制限される。


 メアリーに取り込まれた『節制』は、フィリアスほど絶対的な束縛はできないものの、確実に相手の動きを鈍らせることが可能だった。




「……動かしにくいね、エリニ。これで書くとどうなるのかな、エリオ。たぶん石になるよ。やだね、細いからすぐに使えなくなる。うん、やだね。再生するけど使えるようになるまで時間かかるし。回数を絞らないと。ね」


「それには及びませんよ。能力による防御は封じましたから、次でとどめを刺します」




 あえて自らの胴体を破壊させながら、体から吐き出したのは車輪の付いていないバイクだった。




「あっ、バイクだ! つまり私の出番かなー?」




 アミはすぐに自分の役目を察知し、その空白に自らの車輪を取り付ける。




「『吊られた男ハングドマン』、『悪魔デビル』、『パワー』、『戦車チャリオット』、『女帝エンプレス』」


「そして『運命の輪ホイールオブフォーチュン』! アルカナ大盤振る舞いフルコースだよっ!」


「馬鹿みたいに力押しだってさ。あんなものじゃ対極融合は突破できない。それに、過去だって書き換えられるのにね」


「そんな生ぬるいものではありません」


「そーだそーだ!」


「獣の爆発力、そして戦車の加速力。その他の力もありったけ込めたこの一撃は――」


「神様だってびっくりのモンスターカーだからね!」




 アミの言葉はいささか大げさだが、メアリーも否定はしない。


 それぐらいの――そう、それこそ衝撃だけで周囲の地形が変わってしまうほどのパワーを込めたつもりだ。




「行きなさいッ!」


「グガアァァァァアアッ!」




 車輪が回る音と、獣の咆哮を響かせながら、その一撃は瞬く間に双子に迫る。


 そして光の球に衝突し、自らの体を削りながらも、それを風船のように弾けさせた。


 双子は同時に血管を伸ばし、車体に絵を刻み込む。


 過去改変は成った。


 その攻撃は“発動しなかった”ことになる――はずだった。




「消えないよ、エリニ。どうしてかな、エリオ。エリニ。エリオ。エリニっ! エリオぉっ!」




 しかし取り付けられた車輪が、そして何よりメアリーの魔力が、因果の改変すらも拒む。


 獣はその形状を崩されながらも、ある程度の威力を保持したまま双子に衝突する――


 その上半身が吹き飛んだ。


 二本の脚だけが、その場に立っていた。




「やったぁっ!」




 喜ぶアミ。


 しかしメアリーは警戒を怠らない。




「いえ――まだ来ます!」


「へ? うわあぁっ、傷口からうにょうにょがいっぱい出てる!? 気持ち悪いっ!」




 あれだけの血管があれば、座標改変の発動は可能なはずだ。


 メアリーはすぐにでも攻撃を仕掛けてくると思っていた。


 しかし、双子はなぜか攻めてこない。


 彼女が砲撃を放つと、座標改変で避けはするものの、こちらに危害を加えようとしないのだ。




(さっきまであれほど積極的に仕掛けてきたのに、止まった……? まだ相手にはなにかの手が残されている?)




 メアリーの推測は的中する。


 何も攻撃をしていないのに、双子は急に姿を消したのだ。




「あれ、消えちゃった? 遠くに逃げたのかな……」




 気配を探すメアリーは、頭上を見上げた。


 再生途中のぐちゃぐちゃになったその肉体は、空高くに浮かんでいた。




「はえー、飛べるんだ」


「アミ、あの場所に車輪はありますか?」


「さすがにあそこまでは配置できてないかなぁ。飛ばす?」


「いえ、無いのなら大丈夫です。どうせまた移動されるでしょうし」




 この距離では直接相手に絵を刻むことができない。


 車輪に囲まれ、守られたメアリーたちに手出しはできないのだ。


 つまり、双子の企みは別の何かである。




「……はえ?」




 アミが間の抜けた声を出す。


 メアリーも、口を半開きにして驚いた。


 急に空が暗くなったのだ。


 夜が来たかのように、世界から光が失われる。




「『太陽』の能力――『月』より弱いとのことでしたが、ああ、なるほど」




 空を覆ったそれ・・の正体に気づいたメアリーは、その理屈にもすぐに気づいた。




「指定する未来が遠いほどに、強さが向上する特性もありましたか」




 エリオは、せっかく未来を変えられる『太陽』という能力があるのに、時間差を利用せずに直後の未来ばかり書き換えていた。


 それではつまらない――と、彼女も考えたに違いない。


 だから戦いが始まる前に、とっておきを仕込んでおいたのだ。


 メアリーが来るタイミングや、どこまで戦闘が続くかを計算した上で――




「うわっ、うわわっ、あれ、山が浮いてるうぅーっ!?」




 巨大な山を座標移動させ、頭上から落下させるという策を。




「とんだ大道芸です」




 空に浮かぶ山を見て、メアリーは笑った。


 どうしようもないとき、人は笑うしかないというが――そういうものではない。




「こんなもの、ただ大きいだけじゃないですか」




 要するに、それは余裕の笑みである。


 ただバカでかいだけの、質量の塊。


 強度も並。


 速度も並。


 ならば、破壊できない道理はない。




「確かに。ただの山だもん、私たちの力を合わせればっ!」


「あの山ごと、相手を貫けます!」




 二人はうなずくと、攻撃の準備をはじめた。


 ゴオォッ――と空気をかき乱しながら、頭上より山が落下してくる。


 残された時間はそう多くない。




「全ての車輪を、お姉ちゃんの加速に――」




 アミは車輪の国を構成する車輪を、全てメアリーの補助にあてた。


 背中には幾重にも重ねた車輪を配置し、それを高速回転させることで、推進力を与える。


 さらに巨大な骨の腕に置き換わった右腕の周囲にも車輪を浮かべ、その威力を補助する。


 一方でメアリーは、地面を足裏で軽く叩き、その感触を確かめていた。


 双子の位置は、上空数百メートル。


 彼女はかなりの速度を出した上で、そこまで飛び上がる必要があるのだ。


 そのために使うアルカナは――そう、『タワー』である。




死者百万人分のミリオンコープスッ」




 メアリーの真下から骨の塔がせり上がる。


 その勢いで、彼女を急加速させる。




圧葬撃ベリアルフィストだあぁぁぁぁーっ!」




 さらにアミの車輪が背中を押して、速度を何百倍にも早めていく。




「おぉぉぉおおおおおおおおおッ!」




 強烈なGを感じながら、メアリーは握った拳を前へと突き出した。




「山もろともぉッ――消し飛びなさい!」




 分厚い雲を突き抜けるように、山は砕けて地上に光をもたらす。


 そして完全にそれを貫いたメアリーは、そのまま直線上にいる双子に迫った。


 威力、因果、そして速度――全ての面において防げる攻撃ではなかったし、もはや策が無い以上、彼女たちには防ぐ必要すらなかった。




「エリニ。エリオ。私たち――」




 手と手を繋いで、指を絡めて。




「うん、私たち――ずっと、一緒だよ」




 誓いを結ぶ少女たちは、メアリーの拳により破裂した。


 残ったわずかな肉片を、すかさず伸ばした牙で咀嚼する。


 彼女は限りなく空まで近づくと、今度は地面に向けて落ちていった。


 落下地点にはアミがいる。


 彼女はメアリーの体を両手で受け止めると、「一回やってみたかったんだ」とはにかんだ。


 アミにお姫様抱っこをされるのは恥ずかしいのか、メアリーの頬がほんのり赤く染まる。


 そして、少し惜しみながらも両足で立つと、二人は改めて空を見上げた。




「まさか山なんて飛ばしてくるなんて。どこの山だったんだろ」


「結構な大きさでしたね」


「うんうん、みんな生きてたら大騒ぎしてたと思うな」


「見てたのは私とアミだけです」


「なんだかそう思うと、ロマンチックに思えてきちゃったな……流れ星みたいな!」


「そんな素敵なものでしたか?」


「……違うかも」


「ふふふっ、そうですよね」


「うん、全然違った! でもお姉ちゃんがいると何でもロマンチックだもーんっ」




 二人して笑うメアリーとアミ。


 世界の終わりが近いとは思えない、穏やかな空気が流れる。




「ああ……私ね、こんな気分でお姉ちゃんとお別れできるとは思ってなかった。神様のおかげだねっ」


「お別れ、ですか」


「うん、だって命のほとんどを神様にあげちゃったから。もちろん私自身で望んでのことだよっ」




 ウェントがアミの命を使って顕現したという事実は変わらない。


 今はその権限をアミに譲渡しているだけ。


 どちらにせよ、神が肉体を得られる時間は限られているのだ。




「私としては、満足してる。でも……少し偉そうなこと言っちゃうけど、身勝手でごめんね。一人で勝手に満足して、ごめんね」


「偉そうなことなのに、謝るんですね」


「それぐらい、私に価値があるってわかったから。お姉ちゃんたちがたくさん愛してくれて、わかっちゃったから」


「最初からそう言ってるじゃないですか」


「うん……私、頭悪いから。本当にわかるまで、時間かかっちゃった」


「自分を卑下しないでください。優しすぎるんです、アミは」




 そう言って、手を握るメアリー。


 アミも強く握り返した。




「私のほうこそ……本当は、アミに心配をかける価値すらない人間なんですよ。アミのような、素敵で優しい人間は、もっと素晴らしい他の誰かのために生きるべきなんです」


「最後なのに、そんな悲しいこと言わないでよ」


「だって……結局、私にできることなんて、誰かを殺すことぐらいなんですから。私は、アルカナ使いになっても何も変わっちゃいなかったんです。誰も守れなくて、何も成し遂げられない、役立たずな王女のままだった……だって、こんな風に手を繋いで、隣にある命すら守れないんですよ!?」


「今日まで守ってくれた」


「守られてきました」


「お姉ちゃんがいなかったら、私はもう死んでた」


「私だって、アミがいなかったら死んでました!」


「じゃあ、どっちが欠けてもダメだったんだね」




 その結論は、メアリーの自己嫌悪すら簡単に溶かして、




「そんな人と出会えた私は幸せものだ」




 さらに炉心をぽかぽかと温めていく。




「アミ……あなたは、本当に……あなたという子は……!」




 言葉を交わせば交わすほど、自分にはもったいないと思ってしまう。


 こんなアミが幸せになれない世界なんて、それだけで価値がない。




「何か、ありませんか。私にできること」




 だから探すのだ、欲すのだ。


 少しでも、アミの人生に光が差すように、と。


 役立たずな自分にできることはないか、と。




「アミに与えられるもの。私、自分ではもう、頭が真っ白でなにも思いつかなくって……!」




 泣きつくようにメアリーが言うと、アミは少し間を空けて言った。




「……じゃあお姉ちゃん。私の最後のわがまま、聞いてくれる?」


「も、もちろんですっ! 何でも言ってください!」


「なら、言うね」


「はいっ!」




 アミは一旦手を離すと、正面からメアリーと向き合う。




「ん、んんっ」




 そしてわざとらしい咳払いを挟む。


 さらに太ももの横にぴしっと伸ばした指を添え、深々と頭を下げながら言った。




「私を、お嫁さんにしてくださいっ!」




 アミはメアリーに向けて、手を突き出している。


 両手で作った器の上には、無骨な、木で作った輪っかが乗っていた。


 おそらくは、『運命の輪』の能力で生み出したものだろう。


 メアリーは固まっていた。


 何でも言ってとは言ったが、突然のことすぎて、反応できなかった。




「……ダメ、かな」




 返事が聞こえてこないので、じわじわと顔を上げるアミ。




「そ、そうだよね、こんな安物の指輪、王女様には似合わないもんねっ」




 涙目になりそうな彼女に、メアリーは優しい声で言った。




「待ってるんです」


「へ?」


「答えるまでもないと思ってました」


「あ……そっか、私、わかったんだもんね。お姉ちゃんに好かれてるってっ!」


「それにこういうのは、アミの手で、付けてもらいたいですから」


「う、うんっ!」




 アミの表情から不安が消え、笑顔が満ちる。


 当たり前だ、メアリーに断る理由なんてない。


 アミはメアリーの手を取ると、震えながら指輪を薬指に近づけた。




「え、えっと、こういうの、なんて言うんだっけ。ふつつかもの? 病めるときも、健やかなるときも?」


「色んなものが混ざってますよ」


「本当の結婚式、ぜんぜん知らなくて……」


「永遠の愛が誓えるのならどんな言葉だっていいんです」




 実を言うと、メアリーも詳しい文言までは覚えていない。


 なので適当でいいのだ。


 大事なのは、気持ちなのだから。




「私、誓うね。死んでも、幽霊になっても、お姉ちゃんのことを愛し続けるって」




 そんな強い決意とともに、メアリーの薬指に指輪がはまる。


 彼女はその手を見ながら、口元に笑みを浮かべた。


 アミもまた、嬉しそうなメアリーの表情見て、幸福で胸を満たす。


 もっと余韻に浸っていたかったが、二人には時間が無い。


 今度はメアリーがアミの手を取った。




「私も――」


「あ……指輪……」


「素材が骨で申し訳ないんですが、こういうのもどうでしょう」




 メアリーが手をかざすと、アミの体を純白のドレスが包み、頭の上にはヴェールが乗せられた。


 彼女自身が着ているドレスと同じ方法で作ったものだ。


 材質が骨なので、いささかロマンスには欠けるが。




「ううんっ、素敵だよ! そのほうが、お姉ちゃんが作ってくれたんだ、ってわかるから。すっごく綺麗で……このドレスも夢みたいも素敵!」


「そうやって全力で喜んでくれるアミのことが大好きです」




 アミの手に、軽くキスをするメアリー。




「そんなあなたが死んでも、私の心が朽ち果てても、愛情だけは永遠に失わないことを誓います」




 そして宣誓と共に、メアリーはアミの薬指に指輪をはめた。


 アミはうっとりとその手を見つめ、涙ぐんでいる。




「私、お姉ちゃんのお嫁さんになっちゃったぁ……」


「はい、今日からはアミ・プルシェリマですよ」


「名前を聞いただけでほっぺが緩んじゃう」




 言葉通り、目を腫らしながらも、だらしない笑みを向けるアミ。


 釣られて、メアリーの頬も緩む。


 するとアミは、その表情のまま、ぽふんとメアリーの胸に飛び込んだ。




「ああ……私、あんまり幸せすぎて、頭がぽーっとしてきちゃった」


「夢見心地というやつですね」


「うん、夢かぁ。んふふ、見たいなぁ……そういう、幸せな時間がずーっと続く夢。このまま眠ったら、ずっと、そんな夢の中で生きていけるのかな……」


「私の胸はそんなに寝心地がいいですか?」


「うん、ぎゅっとされるとね……ふわーってしちゃうぐらい気持ちいいの。だからきっと、ここなら……本当に、素敵な夢が見られると思う」




 頬ずりをするアミ。


 そんな彼女の髪を、メアリーは指で梳く、




「ああ、眠いなあ。でも……大事なこと、最後に、しないと……」


「そうですね、儀式はまだ残っています」


「誓いの、キス……を」




 メアリーと、ぼんやりとした表情のアミが見つめ合う。




「ん……」




 二人は唇を重ねた。


 アミはその感触に目を細めて――まぶたを閉じて――そして、意識を手放す。


 心地よいまどろみに沈んでいく。


 永遠に、永遠に。


 その体はもはや人の形を保つことすらできなくなり、末端部分からほころびていった。


 中から車輪が溢れて、地面に転がる。


 抱きしめるアミの体が、少しずつ軽くなっていく。


 唇を離した頃には、もう胸から上しか残っていなかった。




「……っ、く、ふうぅ……ううぅぅ……っ!」




 もう、時間がない。




「アミぃ……アミいいぃ……っ……!」




 その愛おしい頬に手を添えて、最後まで見つめることすら許されない。




「あぁぁ……あ、あああぁぁぁあ……っ!」




 すべてがほころびてしまえば、彼女の遺した『運命の輪』はどこかへ消えてしまうから。


 だから、メアリーはわずかに残ったアミの体を、喰らわなければならなかった。


 命の味を、魂に刻みつけて。




「うわあああぁぁぁぁぁああああっ!」




 『節制』、『月』、『太陽』、『運命の輪』の捕食、完了。


 現在のメアリーの所有アルカナ数17。


 残りのアルカナ――4。



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