161 vs節制Ⅰ『絶対命令者』




「ウェント・テンペスターズ……ははっ、ははははっ、あはははははっ!」




 社長室に、ミティスの笑い声が響く。


 彼女は『運命の輪ホイールオブフォーチュン』の出現を目の当たりにして、怒りが収まらない様子であった。




「本人が出てくるなんてねえ! 罪滅ぼしのつもりなの? あれだけのことをしておいて、なんて身勝手な!」




 わざわざ椅子から立ち上がり、誰もいない虚空へ向かって声を荒らげる。


 だが叫ぶと少しだけ気持ちが落ち着いたのか、広げた両手からだらんと力を抜くと、ため息を挟んで言った。




「こんな世界で作られた命を救ったところで、償いなんてできないのよ」




 目を細める。


 遠い過去、存在したかも曖昧な記憶の中で、なおも色濃く残り続けるその思い出を想起しながら。




 ◇◇◇




 アミの体は崩れ、中から機械仕掛けの神が現れる。


 腕だけでなく、全身が歯車と金属のフレームで作られた、異様な姿だった。


 だが紛れもなく、それがアルカナであることをメアリーは知っている。


 捕食したフランシスの記憶で、『スター』を見たことがあるからだ。




「『運命の輪ホイールオブフォーチュン』……で、ではアミは! あの子はどこに行ったんですか!?」


「我に全ての命を捧げた」


「そんな――」




 失望に思わず声をあげるメアリー。


 味方が増えた――その事実を素直に喜べるような状況ではないようだ。




「私は……あの子に別れを告げることすら、できないんですか……?」




 拳を強く握る。


 今の彼女は、愛する人を、せめて自分の手で殺すために生きているのだから。




「我にはわかる。あの娘は、常に自分の幸せよりもお前の幸せを望んでいた」


「知っています。アミがそういう子だってことぐらい」


「ゆえにこの道を選んだのだ。我にはそれ以外、伝えられることはない」




 冷たいようでいて、それは確かな事実である。


 可能なら、アミはそういう道を選ぶだろう。


 肩を並べて一緒に旅をしたあの日々の中ですら、自分の命を代償に捧げながら、明るい笑顔を振りまいてくれたのだから。




「アミの望みを叶えるためには……戦って、勝つしかないってことですね」


「そうだ。『ムーン』と『太陽サン』は能力を知る我が戦おう。そちらは『節制テンパランス』を」


「わかり、ました」




 到底理解などできない理屈を飲んで、感情を無理やり噛み殺す。




「倒したら……アミの死体ぐらい、抱かせてくださいね」


「無論だ、それがアミの願いでもある」




 それを聞いて、安心した――というわけではないが、ひとまずこの場を『運命の輪』に任せ、メアリーはフィリアスに接近する。


 エリニはメアリーを追おうとするような素振りを見せたが、ノーモーションで放たれた車輪に道を阻まれた。


 彼女はむっと神をにらみつける。




「アルカナ本人とか知らないけど」


「誰が来ようと、私たちは無敵だよ」


「過去も未来も」


「運命は全て私たちのものだから」




 構えを取るエリニとエリオ。


 自らを挟んだ二人の姿を交互に見て、『運命の輪』は言った。




「『月』と『太陽』。それぞれ過去と未来を司るアルカナだったな。覚えている、元となった人間も双子の姉妹だったことを」


「つまり私たちは同じ双子だから!」


「神と同じ力を振るうことができる!」




 素早い動きで、一気に双子が接近してくる。




「双子は双子のまま……何億年経とうとも、因果は消えぬか」




 『運命の輪』はどこか悲しげにそう言うと、体からこぼれ落ちた歯車の一部が、彼の体の周囲を高速で回転しはじめた。




 ◇◇◇




 ようやくフィリアスとの1対1の状況が生まれる。


 ここが好機と見て、メアリーは怒涛の攻勢を仕掛けた。


 なるべく『月』と『太陽』との戦いからも距離を取るため、彼女は無数の機葬砲ガトリングガンをそこら中に乱射していた。




「片っ端から地面を破壊するなんてぇ、王女様は野蛮なのねぇ」




 フィリアスは軽やかな動きでそれを避けながら、後退していく。




「煙に紛れて、騒がしい音を立てれば、『節制』は使えないとでも思ってるのぉ?」




 彼女は剣を振るう。


 ほとばしる炎が、周囲に舞った煙すらも切り裂いた。


 だが――その先にメアリーはいない。




「……あら、姿も見えない。ああ、『隠者ハーミット』ってやつなのね。徹底してるわぁ、徹底して、私の目から逃れようとして――そう、条件を探っているのね」




 気配を探っても、フィリアスにはメアリーがどこにいるのかわからなかった。


 間違いなく言えることは、彼女は逃げないということだけ。


 だからそこから先は、完全に女の勘である。




「天使の名の下に命じる、私に攻撃するな」




 彼女がそう言い放った瞬間、その視線はわずかに右側を向いた。




「止まったわね、王女様」




 見えないが、どうやらそこにはメアリーがいるらしい。




「天使の名の下に命じる、その場で動くな」


「……」


「天使の名の下に命じる、『隠者』を解除しなさい」


「……っ」




 術者の意思に関係なく、『隠者』による隠遁が効果を失う。


 そこに、鎌を振り上げたメアリーの姿が現れた。




「不意打ちしっぱぁい。残念でしたぁ」




 フィリアスは炎の剣で斬りかかる。


 それを、メアリーの体を突き破り現れた骨の腕が受け止めた。




「あらら……厄介だわぁ、その腕。『節制』で体の動きを止めても、アルカナの動きまでは止まらないなんて」


「そう言う割には、まだ余裕が見えますが」


「ええ、出し惜しみしてるもの。私のとっておき、味わってみる?」


「お断り――」


「天使の名の下に命じる、心臓よ潰れろ」




 ぶちゅっ、と体内で生ぬるい液体が広がる感覚があった。


 直後、一気に体温が奪われていく。




「づっ、う……ぐ、はっ……!」




 身動きが取れないメアリーは、額に冷や汗を浮かべながら苦しむ。




「呼吸よ止まれ」


「か、ひゅっ、あ、あぁああっ……!」




 さらに呼吸まで封じられ、彼女は口をぱくぱくさせながら、大きく目を見開き体をよじった。




(こんなもの……もう、動きを止めるなんて域を超えています!)




 天使化による魔力強化の結果なのか。


 圧倒的に魔術評価の差があるにも関わらず、その能力はやはり防ぐことができない。




「やっぱり気持ちがいいわね、相手を支配するのって」




 勝ち誇り、うっとりとした表情を見せるフィリアス。


 操られても、そういう個の性格は残してあるようだ。


 確かに、もうメアリーに反撃の手段はない。


 このまま、少しずつ体を破壊していけば、安心して勝ちを掴むことができる。


 フィリアスはそう思っているのだろう。


 しかし、彼女の表情がこわばる。


 地面を見つめ、怪訝そうな表情を見せる。


 どうやら――そのわずかな揺れ・・に気づいたようだ。


 フィリアスの足元が盛り上がり、地中から大口を開いた蛇型の怪物が現れる。




「ワーム? そう、足元から骨を伸ばしてたのねぇ」




 メアリーの脚から伸びる骨――そう思ったらしいが、ワームの全身・・が地表に出てくる。


 その体は彼女と繋がっておらず、完全に自律して動いていた。




「まるで生き物ね。どちらにせよ、私の炎の剣ならっ!」




 剣を振り上げる。


 そのとき、フィリアスは自らの体の異変に気づいたのか、動きを止め、横に飛んでワームの突撃を回避した。




「腕に石……あらあら、いつの間にか『教皇ハイエロファント』の戒律まで使っていたなんて」




 効果は微々たるものだが、そのわずかな違和感は確実に素早さと集中力を奪う。


 彼女は鬱陶しそうに目を細め、石化する肘を見つめた。




「だけど、アルカナの使用を禁じるなんて直接的で無茶なこと、『死神デス』に取り込まれて劣化した力じゃできないはずよねぇ。あ、私わかっちゃったかもぉ。王女様ってば、私がいつも言ってる『天使の名のもとにあれ』を禁止したんでしょう」




 能力発動は禁じられずとも、『特定の言葉を発すること』は禁じられる。


 『節制』の発動にあの文言が必ず必要なら、それは間接的に能力を封じることにもつながるはずだった。




「そう、だったらこうしましょう」




 しかしフィリアスは不敵に笑う。


 その狙いは的外れ・・・だと言わんばかりに。


 そしてワームの牙を華麗に避けると、未だに動けないメアリーに向けて言い放つ。




「脚よ腐り落ちろ」




 今までの命令と比べても、あまりに直接的すぎる内容だ。


 そんなもの起こせるはずがない――そうメアリーは思ったが、途端に彼女の脚から力が抜け、地面に倒れ込む。




(そんな……あの言葉だけで、私の肉体を……!)




 足元に視線を向けると、肉が変色し崩れ落ち、骨が露出していた。



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