160 vs運命の輪Ⅱ『神の目覚め』




 内臓をぶちまけたメアリー。


 彼女の傷は、数秒のうちにまるで逆再生したように再生していった。




「絵に、触れる……絵が、浮かび上がる……二つの現象、一つの、アルカナ……?」




 立ち上がりながらそう推測するメアリーだったが、彼女は一体、何に触れたというのか。


 試しに、腕の切断面から骨片を放ち、先ほど通った石畳を弾き飛ばす。


 空中でくるりと回転したその裏側・・には、人間の絵が書かれていた。


 それはキャンバスを首から下げ、絵を書く少女の姿だった。




(あれを踏んだせいで、能力が発動したというのですか? 一体、あの絵がどんな意味を持つと……)




 その絵柄は、手の甲に浮かび上がったものとは明らかに違う。


 触れる、浮かび上がる、これらは別々の能力なのかもしれない――


 だが今は詳細な発動条件を推理できるだけの情報がなかった。


 ただ一つ言えることは、何も無いように見えるこのビル前広場は、アルカナの地雷原だということである。




「お姉ちゃん、うかつに動いたら死ぬよぉ? だから何もせずに、おとなしく私に殺されてほしいな」


「そうはいきません。更地にしてしまえば、罠など無いも同然ッ!」




 起き上がったメアリーは、鎌を握ると大きく振りかぶる。


 すると、そんな彼女の背後から女の声が響いた。




「天使の名の下に命じる」


「な――!?」




 聞き覚えのあるフレーズに、驚愕するメアリー。


 急いで標的を変え、その声を遮ろうとしたが、




「その場を動くな」




 間に合わない。


 『節制テンパランス』の能力が発動する。




「フィリアスさんまでっ!?」




 魔力が向上した今のメアリーでも抗えない、正体不明な束縛の魔術。


 その足は縫い付けられたように動かなくなった。




「切り刻んじゃえ、私の車輪!」




 すかさず、アミが車輪を投擲する。


 メアリーの上半身だけは辛うじて動く。


 彼女は鎌で迎撃し、車輪を撃ち落とした。


 しかしアミは続けざまに攻撃を繰り出し、さらにフィリアスは再び口を開いた。




「天使の名の下に命じる、攻撃を防ぐな」




 瞬間、メアリーの腕は石になったように動かなくなった。


 防御の術すら失った彼女は、成すすべもなく車輪に切り刻まれる。




「がああぁっ……ぐ、ぎいいぃいっ!」




 続けざまに直撃する回転刃は、メアリーをずたずたに引き裂いた。


 さらに、その車輪の表面には絵が描かれている。




「そしてお姉ちゃんに運命が刻まれる」




 そんなアミの宣言に合わせるように、メアリーの四肢が弾け、宙を舞った。




「は、ひ――ぎっ、ああぁぁぁあああっ!」




 ぼとりと、地面を汚す血の雨。


 べちゃりと落ちるメアリーの一部。


 血まみれの生首も、そのうちの一つだ。




「はぁ……はぁ……あ、あぁ……」




 肺に繋がっていないのだから、呼吸も意味をなさない。


 窒息感と痛みの中で、しかし死ぬことはできずに、彼女は苦しみ続ける。


 朦朧とした頭で、なおも勝ち筋を探る。




(絵の能力には……限界があるようです。その気になれば、私を一撃で消し飛ばせるはずなのに、それはしない。四肢を引きちぎるので精一杯。なら、まだ勝機はある……)




 ずるりずるりと肉片が彼女の首に近づいていく。


 切断面は泡立ち、失われた体を補っていく。


 脚部まで再生しメアリーが立ち上がるまで、残り数秒といったところか。


 当然、絵の能力でメアリーを殺しきれないことは、相手も把握しているはずだから――とどめを刺すべく、フィリアスが炎の剣を握り、アミは大きな車輪を振りかぶっている。


 威力を重視し、直線的に放たれる二人の攻撃。


 反撃や迎撃は不可能と判断しての行動。


 相手は見ての通りの有様なのだから、戦略としては妥当だ。


 それがメアリーでなければ――




「まだまだ、この程度では死にません!」




 メアリーの体は、首と右肩と胸の一部が繋がった程度。


 その状態で、内側から体を突き破って、大きな腕が伸びる。


 もはや腕に体がくっついているような状態だ。


 それを使って、メアリーは大きく飛んで攻撃を回避した。


 そして、視線をフィリアスやアミではなく、ビル近くにある柱の影に向ける。




(肉片が飛び散っていたので、それを使って探らせてもらいました)




 ただやられていたわけではない。


 ここにいるはずの、別のアルカナ使い――メアリーはそれを探していたのだ。




「案外、単純な隠れ方をするんですね」




 芸も工夫もない。


 ただ、物陰にいるだけのその少女たち・・に――さらに生やした銃口を向ける。




機葬銃ベリアルガトリングッ!」




 薙ぎ払うように放たれる無数の銃弾。




『きゃあぁっ!』




 隠れていた金髪と銀髪の二人は、女の子らしい叫び声をあげながら飛び出してきた。


 ミーティスの村で出会った双子の姉妹、ベータタイプホムンクルスのエリオとエリニである。


 銃撃の反動を使いアミの追撃を回避したメアリーは、ようやく再生した脚でしっかりと着地した。


 そして自分を取り囲む敵を冷静に見回す。




「3対1どころか、4対1ですか。道理で突破できないはずです。エリニとエリオという双子。『月』と『太陽』は関連性のあるアルカナのようですから、ミティスにその役割を与えられた。そういうことでしょう?」




 メアリーの指摘に、姉妹は互いの顔を見合わせてにこりと笑った。




「それがわかったところで、ねえエリオ?」


「名前だけわかったって意味ないよ、ねえエリニ?」


「何を知ろうと」


「何に気づこうと」


『あなたがここで死ぬ運命は変わらない』




 声を揃えて、強烈な殺気をメアリーに向ける双子。


 二人の外見は、顔がフランシスに似ていることを除けば以前とほぼ同じだったが、唯一明らかに“異形”となった部分があった。




(背中から生えているのは、体から溢れ出た血管? まるで自分の意志を持つようにうごめいています……気持ち悪い)




 そう、背中からまるでイソギンチャクのように、細く長い複数の管が伸びているのだ。


 どうやら自分の意思で動かせるらしく、二人は常にそれをうねらせていた。


 不規則に見えた管の動き。


 しかしそれは突如として、素早く動き、意味を持った形を作る。




(人の絵……まさかっ!)




 そこに明確な殺意が宿ったからか、わずかではあるが『星』の警告が視界に浮かんだ。


 光の筋で指し示された先――メアリーの背後に、妹のエリオが出現する。




「また転移を!」


「転移じゃないよ。私は前からここにいた」




 背中の管が伸びる。




「天使の名のもとに命じる――その場を動くな」




 同時に『節制』による行動が発動、メアリーの肉体は硬直する。


 彼女は即座に自らの肉体の放棄を選択。


 内側から、肌を突き破り骨の腕を伸ばす。


 鋭く尖った爪を地面に引っ掛け、自らの体を引き寄せる。


 それを狙いすましたように、アミが目の前に現れた。




「動くなって言われたのに、悪いお姉ちゃん」




 握った車輪による殴打が迫る。


 できれば触れたくない。


 砲撃で吹き飛ばしたい。


 だが距離が近すぎる。時間もない。


 やむなく腕から伸ばしたブレードで受け止めると――視界が回る。


 “絵”が自らの体に浮かび上がったのだろう。


 首からゴキッと嫌な音がして、一瞬意識が遠のいた。




「ご、おごっ……がっ……」




 まともに声も出せない。


 傷の度合いとしては浅く、再生までのタイムラグはわずかではあるが、その“わずか”が致命的だ。


 一度は弾かれたアミの車輪。


 だが今度は腹に当てられ、その場で回転――ぐじゅるるるっ、と中身をかき混ぜぶちまける。


 さらに接近してきたフィリアスの炎の剣が太ももに突き刺され、傷を開くと同時に焼いた。


 目を背けたくなるような惨状の中、それでもメアリーは倒れない。




(まずい……数が。この人数差は、さすがに……ああ、でも……)


「天使の名のもとに命じる、その場で潰れろ」




 『節制』に命じられると、急激に体が重くなる。


 耐えようとすると、脚の骨がミシミシと音を立て、終いにはへし折れてありえない方向に曲がった。


 物理的に立てなくなったメアリーは膝をつく。




(『世界』はこれより、もっと強い……! 勝たなければ。殺さなければ。私は、私は――キューシーさんと、そう約束したんですからッ!)




 『節制』の能力は確かに強力だ。


 しかし魔術評価という明らかな差もある。


 これだけの差があって、抗えない能力など、存在するはずがないのだ。


 たとえ動きを99%鈍らせる力があったとしても――100%、絶対の行動不能などありえない。




「はあぁぁぁぁあああああッ!」




 覇気に満ちた声と共に、メアリーの前進から骨の刃が突き出す。


 アミとフィリアスは後ろに飛んで回避した。


 なおも『節制』の呪縛は健在。


 だがその押しつぶされそうな“重み”を、精神力だけで押しのけて、メアリーは立ち上がる。


 『死神』は問題なく使える。


 まだまだ、戦いはこれからだ――




「いくら立ったところで!」


「そう、無駄だよ!」




 負けを認めろ。


 そう圧力をかけるエリニとエリオを、戦意に満ちた瞳でにらみつけるメアリー。


 二人はあくまでサポート要員なのか、少し離れた場所に立っていた。


 まずはアミとフィリアスから倒さねばならない。


 元々味方だった人間を鉄砲玉に使い、ホムンクルスは後方支援――そこにミティスの意地汚さが伺えて、メアリーは唇を噛む。




(どう攻めますか……この数の差、どうにか分断できれば戦いやすくなるのでしょうが)




 ほんの数秒の膠着。


 思考を巡らせ、敵に隙が無いか探るメアリー。


 そのとき――ふっ、と視界からアミの姿が消えた。




(またしても転移――ですが同じ攻撃はそう何度も!)




 メアリーは身構えた。


 だが周囲にも、自分の体にも変化は起きない。


 かわりに――




「あ……あれ、エリオ、その胸」


「あれれ。エリニ、何、これ……」




 ビルに一番近い場所に立っていたエリオの背後から、少女の腕・・・・が突き刺さっていた。




「なんで」


「なんで」


『なんでお前が裏切る・・・の!』




 アミだ。


 彼女は表情の失せた顔で、一瞬のうちにエリオの背後に周り、その胸を貫いたのだ。




「アミ……正気に戻ったんですか!?」




 期待に思わず声が上ずるメアリー。


 だが返ってきたのは、思っていたのと違う言葉だった。




「我はアミではない」




 その言葉通り、明らかにアミとは違う声のトーンで、彼女は語る。




「我が名は『運命の輪』」




 アルカナ使いではなく、アルカナそのもの・・・・であると。




「残る全ての命を代償に、メアリー・プルシェリマを救いたい――その願いを叶えるために、我はここにいる」




 そう言って、彼女はエリオから腕を引き抜いた。


 すると皮膚が――いや、外装・・が剥がれ落ちていく。


 内側から現れたのは、人間とは明らかに異なる人型の物体・・


 アミは、金属で作られたフレームに、内側で無数の歯車が回る――そんな異形へと変わっていった。



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