150 vs悪魔Ⅰ『ただの無価値な殺し合い』
廃墟と化した王都を、メアリーは門へと向かって歩く。
もうここには何も残っていない。
生まれ育った王城も、自らの手で破壊した。
大切な人も、ついに自らの手で殺めた。
もうメアリーにできないことはない。
麻痺した心は、きっと、どんな自傷行為でも完遂できてしまうだろう。
転がる瓦礫を乗り越えて、転がる死体を踏み越えて、メアリーはふるさとに別れを告げようとした。
しかしふと、城門の手前で振り返る。
眼前に鋭く黒い爪が迫っていた。
軽く右手を払う。
伸びた腕ごと、爪は弾けて消えた。
「うふふ」
そこに立つ女は、自分自身の腕が弾ける痛みに笑った。
だが、先ほどメアリーが弾いたのは、もっと黒く巨大な腕だったはずだ。
本人のものではなく――肉体がリンクした、別の何か。
まあ、どうせ彼女も天使だろう。
傷口は治癒する。
だから痛みは快楽に変換できる。
「次の相手はシャイティさんですか」
メアリーは興味なさげにいった。
キューシーが立ちはだかったことに比べれば、心からどうでもいい相手だ。
「楽しんでいただけているようで光栄ですわ」
「何のことです」
「うちの看板作家の作品ですよ」
その言い回しにイラっとしたメアリーは、素早く右手を振るい、指先ほどの大きさしかない小さな弾丸を飛ばす。
するとシャイティの背後に黒い影が現れた。
筋骨隆々な人の形をした、魔力の塊。
しかし頭には雄々しい二本角が生えている。
目つきは鋭く、歯は禍々しいほどに尖っており――そして、腕は先ほどメアリーが吹き飛ばしたのと同じ形状をしている。
その異形は手のひらで弾丸を受け止めると、滑らせるように力ずくで軌道を変えた。
「その程度で、よく私の前に立とうと思いましたね」
アナライズを使うまでもない。
先ほどの、小手調べ程度の攻撃に苦戦することから、おそらく彼女の魔術評価は十万程度。
今のメアリーの敵ではなかった。
「それとも、他のホムンクルス同様、ミティスから死ぬよう命じられましたか?」
「とんでもない。私はただ、編集者として作家をフォローするために、その物語を彩っているだけです」
「引き伸ばしても冗長になるだけですよ」
「ですが私がいないとつまらなかったでしょう? キューシーさんとの戦いも」
メアリーは顔をしかめる。
「やはり、別のアルカナが力を与えていたんですね」
キューシーの魔力の大きさは、彼女が天使化していたことを加味しても大きすぎる数値だった。
メアリーのように、他のアルカナの力を持たなければ得ることはできない。
「背後に浮かび上がる化物の風貌からして、あなたのアルカナは『
「正解! さすが数多くのアルカナ使いを殺してきただけはありますわ」
「いちいち癪に障る人ですね」
「あら、口調がキューシーさんと似てるからでしょうか?」
メアリーは無言で前進すると、鎌を握り斬りかかった。
“悪魔”は両腕でシャイティを守るも、それごと引き裂かれる。
「図星でしたかぁ?」
「ええ、その通りです。ですから速やかに貴女を殺します。細切れになりなさいッ!」
すでに詰めるまでもなく、距離は鎌の射程内。
腕の再生は間に合っていないため防御も不可能。
メアリーは有言実行する。
その場で巨大な鎌を振り回すと、周囲の瓦礫は細やかに分解された。
無論、その斬撃の中にいたシャイティとて例外ではないはずだが――彼女の背後にある瓦礫は無傷。
すなわち、それは防がれたことを意味する。
そしてなおも両者の距離は近く。
シャイティと悪魔の腕が、明らかに先ほどより早く、瞬時に再生する。
『
メアリーは舌打ちすると後方に飛んだ。
直後、その足元を悪魔の腕が薙ぎ払い、爪が地面に傷を深く刻む。
「いい反応ですわ」
「無駄な悪あがきを!」
「つまらないでしょう、一瞬での勝利など」
「私はそれで構いませんが――」
「ふふ、これが『悪魔』の能力、
メアリーは直感的に『吊られた男』と似ていると感じた。
だが、術者と肉体をリンクさせた悪魔の顕現や、精神状態の変化も魔力変動に影響すること、そして他者に付与できる点で異なる。
「キューシーさんは素晴らしい契約相手でしたわ。あなたと戦っている間、天使に捕らわれた彼女は身も心も悲鳴をあげ続けて――」
◇◇◇
『悪魔め、くたばりなさいッ!』
王都では、メアリーのガトリングが火を吹き、シャイティの体を貫いていた。
その戦いを、ミティスはつまらなそうに眺めている。
「勝てないよねえ、『悪魔』程度じゃあ」
それは勝敗の見えきった戦いだった。
メアリーには迷いもない、このままあっさりとシャイティを殺し、そして反理現象が発生するだろう。
「“意味”がほしいのよ。せっかくクライマックスなんだもの、ただ戦って殺し合って終わりってつまらないと思わない? ねえ、ステラ」
ミティスは自分の中に呼びかける。
返事はなかった。
ステラはずっと、彼女の中で膝を抱えて同じ言葉を繰り返していたからだ。
『私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ』
最後に彼女が目を覚ましたのは、リュノと二人で暮らした小屋がオックスによって破壊されたときだったか。
よほど大切な場所だったらしい。
けれどそれきり、ずっとこの調子だ。
「気持ちはわかるけどね。誰だってそうなるわよねぇ……まあ、何億年も続けてたらどうでもよくなってくるけど」
ミティスは自分の経験を思い返し、苦笑した。
『私のせいだ――』
なおもステラは繰り返す。
何もない暗闇の中で、世界の終わりは自分のせいだと、自責の念で自分を苦しめ続ける。
村から追い出され、リュノに拾われ――遠い昔の記憶を思い出し、その全てを後悔しながら。
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