149 vs女帝Ⅱ『優しい嘘つき』
光が世界を埋め尽くした。
何かがおかしい――そう感じたメアリーは目を開く。
「お姉ちゃん、目を覚ましたんだね!」
アミがいた。
彼女の声に反応して、近くにいたカラリアも視界に入ってきた。
メアリーがとっさに警戒すると、アミはぎゅっと抱きついてくる。
「お姉ちゃん、もう大丈夫だよ。ここにいる人はみんな味方だから!」
「ここはマジョラーム本社の医務室だ。メアリー、お前は一日以上眠っていたんだよ」
「……何が、起きたんですか?」
「覚えていないのも仕方ないか。あれは王都で戴冠式が行われている最中の出来事だった――」
メアリーの問いに、カラリアは苦々しい表情で語りだした。
「あの小説家――ステラがエドワードを殺害した挙げ句、『世界』のアルカナ使いだと名乗ったんだ。加えて、シャイティやエリニ、エリオが『自分たちはホムンクルスだ』と明かしメアリーを殺そうとした」
「しかも王都に暮らしてる人たちも、みんな『世界』に操られちゃって……」
悲しげにうつむくアミ。
彼女たちの言葉は、概ねメアリーの記憶と一致していた。
だがその“後”があったはずだ。
少なくとも、彼女がキャプティスで目を覚ますような状況にはなっていなかったはず。
念の為、自分にアナライズをかけ、魔術評価を確かめる。
数値は25000とちょっと――片っ端から死者を喰らう前の状態だった。
(ここは、一体……確かに私は大量の死体を取り込んで、『世界』に挑むための力を手にしていたはず。そのあとにキャプティスに戻ってきて、それから……)
以降の記憶がぷつりと途切れている。
メアリーが頭を抱えると、カラリアがその身を案じてそっと肩に手をおいた。
「まだ休んでおいたほうがいい。生きてるのが不思議なぐらいの傷だったんだ」
「そうだよぉ、体の残ってる部分のほうが少なかったんだから!」
「……そう、ですね。わかりました」
何か大切なことを忘れている気がする。
ベッドに横たわり、そんなことを思った。
目を閉じて、しばらくすると、医務室の扉が開く。
入ってきたのは小太りの男性だった。
「ノーテッドさん!?」
驚きのあまり、思わず飛び上がるように体を起こすメアリー。
しかしそのリアクションに、逆にノーテッドのほうが驚いた様子だった。
「うわっ、元気だねえメアリー王女。傷は癒えたようで何よりだよ」
「どうして……あなたが? それに痩せましたか?」
「はは、本当に具合が悪いみたいだね」
確かノーテッドは死んだはず――そんな記憶がメアリーの中にあったはずだ。
だが、額に手を当てて探ってみても、それがいつ、どこで起きた出来事なのか思い出せない。
カラリアがとっさにフォローに入った。
「申し訳ない、メアリーはまだ混乱しているんだ」
「そうなるよねぇ。両親だけでなく、お兄さんまで失ったんだから」
「まだお姉ちゃんは休んでたほうがいいと思う」
「僕も同感だよ。幸い、まだ『世界』は動きを見せていない。あと数日ぐらいはこのビルに籠城できるんじゃないかな」
「籠城……王国はどうなっているんです?」
「各地で民が蜂起して、ここに攻めこもうとしてるよ。もちろんキャプティスの住民もね。すでにビル内でも『世界』に支配された人間が発見されてる。悲しいけど……そういった人間は、僕らが
そんな絶望的な状況の中で、『数日は籠城できる』と言い切る彼がどれだけ頼もしいことか。
現実として、ノーテッドの助けがなければ、メアリーたちはヘンリーとの戦いにたどり着くことすらできなかっただろう。
彼の情報提供があったため、敵アルカナ使いとの戦いも先手が取れたのだ。
『
「助けてもらった身だ、私もその処分とやらに参加しよう」
「外の人に責任を負わせるのはさすがに……」
「身内がやるよりマシだろう。それぐらいの恩返しはさせてくれ」
「……ありがとう。なら、頼もうかな。これ以上、残った社員に負担はかけたくない」
「私もやれるよ!」
「アミはメアリーについておけ。このあとは『世界』との戦いだって控えてるんだ」
「はーい!」
手をあげて元気に返事をするアミ。
それを見て微笑み、部屋から出ていくカラリア。
ノーテッドも彼女についていき、廊下で何やら話をしているようだ。
メアリーは二人が出ていった扉を、ぼんやりと眺めていた。
「ショックだよね。せっかく仲良くなれそうだったシャイティとか、エリニとか、エリオも……みーんな『世界』の手下だったんだから」
「はい……」
「でも、戦わなくちゃ。『世界』を倒すためには、お姉ちゃんがたくさんのアルカナを手に入れないといけないんだから」
「『世界』を……倒す……」
「そうだよ。一人じゃ無理だけど、三人で力を合わせれば絶対に成功するよ!」
「何か作戦があるんですか?」
「へ? あ……そっか、お姉ちゃんまだ聞いてないんだったね。ノーテッドがすっごい兵器を作ってくれたの。その名もアルカナバスター!」
聞いたことのない名前だった。
それは記憶のどこにも存在しないものだ。
「お姉ちゃんの中にあるアルカナを砲弾にして放つ大砲なんだって。『世界』の魔術評価は300万もあるから、普通の手段じゃ倒せない。でも、お姉ちゃんがたくさんアルカナを集めて、それを束ねたら『世界』だって倒せるかもしれないんだよ!」
「だから、シャイティさんたちを殺さなくてはならないんですね」
「いざとなれば、私のアルカナだって使えるよ!」
「そんなことはさせません」
「大丈夫だよお、アルカナを飛ばすだけなんだから。私は戦いが終わったあともずーっとお姉ちゃんと一緒にいるんだもん。自分の命を捨てるようなことしないよ」
「……」
「お姉ちゃん、何でそんなに驚いてるの?」
違う。
これは、明らかに何かがおかしい。
そう思うのに――メアリーには何がおかしいのかわからなかった。
「……いえ、何でもありません。言われた通り、頭が混乱しているんでしょう」
「それは大変だね。寝たほうがいいかも」
「アミ、抱き枕になってくれますか?」
「いいの!? 大喜びでなっちゃうよーっ!」
アミは嬉しそうにベッドに入り込んでくる。
メアリーは彼女の一回り小さな体を抱きしめて、眠りに落ちる。
感じていた違和感や不安も、まどろみに溶けて消えていく。
◇◇◇
ミティスは相変わらずピューパ本社の社長室で、チェアに腰掛け、メアリーの様子を観察していた。
例の装置はすぐ近くの部屋に用意されている。
接続するケーブルは床に配置されている。
いつだって始められる、という余裕が感じられた。
デスクに頬杖をついた彼女の視線に映るものは、光を放つ純白のドーム。
それが、王都で戦っていたはずのキューシーとメアリーを包み込んでいた。
「タロットカードにおける『
元の『女帝』の能力から考えると不可解な現象。
だがその元となったタロットカードを知るミティスにすれば、妥当とも言える結果だった。
「いくら純度の高い血を与えたとはいえ、肉片一つで生き延びて逆位置の力を発動させるのは、どうあってもメアリーを守りたいという執念を感じるわね」
逆位置の力――つまりは
現在、メアリーはその術中にいるのだ。
「キューシーなんてただの駒。興味も恨みもないけれど――あんな能力が発現するってことは、さぞ優しくて、そして自分のことが嫌いな人間だったんでしょう」
ミティスは他人事のようにそう言った。
◇◇◇
メアリーは三時間ほどして目を覚ました。
体を起こすと、隣で寝ていたアミが目を覚ます。
「んふ、おはよー」
ふにゃっとした声と顔のアミが無性にかわいくて、メアリーはその頭を優しく撫でた。
そしてベッドから抜け出す。
「どこか行くの?」
「ノーテッドさんのところに。話したいことがあるんです」
「私も行く!」
「ごめんなさい、一人で行かせてください。込み入った話になりそうなので」
「そっかぁ……私、置いてけぼりばっかだ」
「すぐ戻ってきますから」
膨れるアミだったが、再びメアリーに撫でられるとすぐに機嫌がよくなった。
メアリーも、こうして触れ合っているだけで幸せな気分になる。
同時に、なぜだか無性に泣きたくなる。
胸からこみ上げる正体のわからぬ感情を飲み込んで、彼女は部屋を出た。
◇◇◇
ノーテッドの部屋を訪れると、メアリーはソファに腰掛けるよう促された。
部屋は整理整頓されており、いかにも仕事のできる社長の部屋といった雰囲気だ。
実際、マジョラームという会社がここまで成長したのは、ノーテッドの力によるところが大きい。
「話っていうのは、アルカナバスターについてかな?」
「いえ、まったく関係のない話です」
「関係ない?」
「忙しいのに申し訳ありません」
「いやいや、いいんだよ。その顔、どうやら重要な話みたいだからね」
メアリーは、テーブル越しに間近でノーテッドの姿を見ている。
それは確かに彼だ。
しかしじっと見ていると、なぜかそれがノーテッドではない別人であるかのような違和感を覚えてしまう。
これから彼に話そうとしているのも、そういう類の問いかけだった。
「ドゥーガンの執事に、プラティっていたじゃないですか」
「ああ……最後は天使になって死んだと聞いたよ。かわいそうな娘だった」
「彼女は戦災孤児だったと聞きました」
「そうだよ。最初は養子にするって話もあったみたいだね。結局は使用人で落ち着いたようだけど」
「そのとき――ノーテッドさんも、養子を取ろうとは思わなかったんですか?」
メアリーの突拍子もない質問に、目を丸くするノーテッド。
メアリー自身、自分がなぜこんなことを聞きたがるのかわかっていなかった。
だがノーテッドの驚きは、問いの意味がわからなかったからではない。
「確かに僕も、養子を取ろうとしていた。でもどうしてだい? メアリー王女はそのことを知らないはずだ」
「何となく、です。なぜその子を引き取らなかったんですか」
「妻が死んで、その傷を埋めるために養子を取るっていうのは、その子に失礼な気がしてね」
「では、その子がどうなったかは……」
「……わからないよ。いい人に引き取られて、幸せに暮らしているといいんだけど。まあ、僕なんて子育てに向いていないから、僕以下なんて人、そうそういないと思うけどね」
笑いながら彼はそう語る。
するとメアリーはいてもたってもいられず、強い語気で否定した。
「そんなはずありません、あなたは素晴らしい父親になれるはずです!」
「……へ?」
ぽかん、とした表情のノーテッド。
メアリーは『しまった』と口を手で押さえ、顔を赤くしてゆっくりとソファに腰掛けた。
「い、今のは、忘れてください。自分でも、どうして言ってしまったのかわからないので」
「あはは……わかったよ。でも、ひょっとすると僕が彼女を引き取る未来もあったのかもしれないね。その世界では、メアリー王女が言うように、素敵な父親になれていることを願うよ」
絶対そうなる――メアリーにはそんな確信があった。
だが理由がわからない。
根拠は確かにあるのに、心を探し回っても姿が見えないのだ。
ノーテッドの部屋を出て、廊下に立ち、窓ガラス越しにキャプティスの街並みを見下ろす。
天使と化したドゥーガンとの戦いで街は大きな被害を受けたが、何もかもが壊れたわけではない。
復興は順調に進んでいた。
今は『
勝機はある。
未来は開けている。
今が絶望的な状況でも、全てを諦める必要はない。
ここは、そういう世界だ――
◇◇◇
かくして戦いは終わった。
メアリーはシャイティとエリニ、エリオの持つ三つのアルカナを手に入れた。
そして所持するアルカナを全てアルカナバスターの砲弾として込め、ステラと『世界』を消滅させることに成功したのだ。
人々の支配は解け、王国は――いや、世界は平和を取り戻した。
エドワードすら死んでしまった今、残る王族はメアリーのみ。
自然と彼女が女王となる運びになった。
カラリアは騎士として、アミは侍女としてメアリーに仕えることになり、三人は忙しいながらも幸せな日々を送っていた。
そう、全てはうまくいったのだ。
日々笑顔は絶えない。
カラリアやアミとの関係も順調に進展している。
なぜこうなったのだろう。
メアリーは考える。
きっとそれは、たった一つの要因によるものなのだ。
そう、この世界には“足りないもの”がある。
◇◇◇
女王メアリーは王城のバルコニーに出て、空を見上げた。
雲ひとつ無い、美しい空だった。
地上ではオルヴィリアの住民たちが幸せそうに暮らしており、メアリーの姿を見かけると誰もが笑顔で手を振った。
しかしメアリーは――空を見るばかり。
そして
「あなたは、自分さえいなければ、全てがうまくいくって本気で思っていたんですか」
時間に流されるまま、メアリーは気づけばここまでたどり着いていた。
それが何分間か、あるいは何年なのか、時間の感覚すら曖昧で、その歪みは彼女から“正常な記憶”を奪い取っていった。
それでも、彼女はこの世界の“異変”を忘却することはなかった。
「そういえばそうでしたね。キューシーさんって、本当は弱い人なんでした。一人で抱えさせちゃいけないんです」
弱いからこそ強がって。
不器用で。
だからこそ、素直になるとかわいくて。
「あなたがこんな世界を生み出して、私たちの幸せを望んでいる時点で、『世界』なんて関係ないんですよ。キューシーさんはどうしようもなく優しくて、世話焼きで、お人好しの善人なんです。そして私や、父親や、カラリアさんやアミのことが
だってそうでなければ、『女帝』の反理現象がこんな世界を生み出すはずがない。
今いるこの世界そのものが、キューシーの善性の証明なのだ。
「それがキューシー・マジョラームという人間です。『世界』にだって、それを否定することなんてできない! 第一、キューシーさんがいなかったら、今よりもっと悲惨になってるだけです。とっくに私の心だって折れてます。もっと言えば、あなたの体を知らずに人生を終えるのだって御免です!」
能力だけじゃない。
財力も、人柄も、何もかもが旅の助けになってきた。
彼女抜きでは、ヘンリーの元にたどり着くことすらできなかっただろう。
「だから私は拒絶します」
ゆえにメアリーは強く宣言する。
そしてバルコニーの柵に登って――
「こんな馬鹿げた、無価値で無意味な世界なんて――消えてしまえ!」
頭から飛び降りた。
響く民の悲鳴。
そして幸福な世界は、メアリーの頭が弾ける音とともに消えて無くなった。
◇◇◇
漂う血の匂いが、メアリーを現実に引き上げる。
目を覚ました彼女は、元いた王都に立っていた。
目の前には、天使の再生能力のおかげか、血に汚れながらも、すっかり無傷の状態に戻ったキューシーの姿がある。
メアリーは彼女に歩み寄ると、その頬に手を当てた。
「何でよ……」
キューシーは声を震わせる。
「何で、出てきちゃうのよ。わたくしができることなんて、もうあれぐらいしか残ってなかったのに……」
言葉も、表情も、それはキューシーそのものだった。
メアリーは直感的に、この空間に『世界』の介入が存在しないことを察する。
「さっきも言った通りです。キューシーさんがいなければ意味がありませんし、あなたがいないからって、あんなに全てがうまくいくはずがありません」
「わたくし、裏切り者なのよ? 最初からずっと……お父様が死んだのだってわたくしのせいなのよ!?」
「いいえ、悪いのは『世界』です。キューシーさんに責任なんて一切無い」
二人を包んでいた白い光は、少しずつ弱まっていく。
たぶん、それがタイムリミットだ。
「メアリーは優しいわね……でも、ごめんね。わたくしに残された時間だけじゃ、割り切るのは難しいわ」
「支配から解放されたわけではないんですね」
「そんな都合よくいかないことはわかってるでしょう? メアリーの攻撃を引き金に
「そんなことありません」
「無いのよ。これ以上何を言っても、わたくしは……メアリーに重荷や
「私はそれがほしいんです」
キューシーの躊躇いを、メアリーは心から欲する。
言いたがらない理由もわかる。
だがためらったところで、それは死と共に命の彼方に消え去るだけ。
だったら、この世に残してほしい。
たとえそれが呪いと呼ばれるものだとしても、今のメアリーにとっては背中を押す力になるはずだから。
「そこまで、図々しくはなれないわよ」
しかしキューシーはなおも拒む。
するとメアリーは、少し声のトーンを落として、色っぽく言った。
「大好きな私のお願いでもですか?」
キューシーの頬が赤らみ、わずかに目をそらした。
「……いじわるですわ、その言い方は」
「前からそういう人間です。だから、言ってください。キューシーさんの本当の気持ちを」
もう――抗えそうになかった。
本音を言えば、キューシーだってぶちまけてしまいたかった。
だからこそ、理性がそれを押し留めていたのだ。
だがメアリー自身が、キューシーの“身勝手”を望むというのなら。
キューシーはメアリーに身を寄せ、その胸に顔をうずめた。
メアリーはすぐに背中に腕を回し、抱きとめる。
「わたくし、死にたくないわ」
「はい」
「死にたくないし、メアリーと離れたくないし、誰かに操られるのだって、自分の体が化物になるのだって、何もかもが嫌なのっ!」
「当たり前です」
「その上、お父様まで殺されて。カラリアやアミもわたくしと同じ目に合って……こんなの、こんなの絶対に許せないわッ!」
それは、当たり前のことだった。
キューシーがそれらの言葉を飲み込もうとしたのは、罪悪感ゆえの行為だろう。
しかし一度口にしてしまえば、言葉は堰を切ったように溢れ出す。
「あなた、だけなのよ」
顔を上げて、真っ直ぐにメアリーを見つめる。
「きっとメアリーだけが、『世界』を殺せるから……」
瞳を潤ます涙には、愛情と、憎しみと、後悔とが混ざり合っている。
「だから、お願い。わたくしの心を一緒に連れて行って。この恨みを……晴らしてほしいの。他でもない、メアリーの手で!」
「わかりました、約束です」
メアリーが小指を差し出すと、キューシーも自らの小指を絡めた。
そして軽く揺らして、指を切る。
契りは結ばれた。
その約束――あるいは呪いは、最後の瞬間まで、メアリーを前に進ませる原動力となることだろう。
たとえその先に待つものが、虚しい終焉だとしても。
「いいのかしら……わたくしなんかが、こんな恵まれた死に方をして」
再び、メアリーの胸に体を預けるキューシー。
メアリーの体は、血まみれでも不思議と甘い香りがして。
その体温と相まって、キューシーの意識を眠りへといざなう。
彼女はわかっていた。
それが、二度と目覚めることのない眠りなのだと。
「せめて、それだけでも叶えたいから、私はこの世界に残って戦うことを決めたんです」
「メアリーは、強いわね。あなたの言葉を聞いていると、胸の奥が、きゅうってなるの……」
キューシーのまぶたが少しずつ落ちていく。
「メアリーと恋ができて……わたくし……」
声も、か細く、小さくなってゆく。
「幸せ……でした……わ……」
そしてそれきり、彼女は何も言わなくなった。
同時に、二人を包んでいた光が完全に消える。
いつの間にか、メアリーを囲んでいたはずの獣たちも消えていて、王都には骨の巨人だけが立ち尽くしていた。
「……キューシーさん」
少し間をあけて、メアリーは呼びかける。
「キューシーさん」
再度、呼びかける。
なおも返事はなく。
肌ごしに、体温が少しずつ落ちていくのがわかった。
「ああ……死んじゃったんですね」
事実を言葉にする。
とうにわかっていたはずなのに、理解を拒んでいた脳に染み込んでいく。
感情が反応する。
悲嘆の塊が腹の奥底から瞳までこみ上げて、溢れ、こぼれ落ちた。
雫が頬をなぞり、くすぐる。
少し遅れて、声が漏れた。
「う……うううぅっ……う、く、うああぁぁぁあああああっ……!」
誰もいない王都の真ん中で、少女は一人、泣き叫んだ。
腕の中でぐずぐずに崩れていく恋人の体を抱いて。
「キューシーさんっ、キューシーさぁぁあんっ! 私っ、私いいぃぃっ!」
叫んだって誰にも届かない嘆きを繰り返す。
だが、それだけではこみ上げる感情を吐き出しきれなかったのだろう――メアリーは手のひらに絡む溶けかけの肉を、自らの口に運んだ。
「ふぶうぅっ! うぐっ、ううぅぅ……んっ、ぐううぅぅっ、うあああぁぁ……っ!」
それは捕食とは異なる行為だ。
血肉の味が、人としてのメアリーの“口”に広がっていく。
こみ上げる吐き気を感情で押し戻して、それを咀嚼し、嚥下する。
そして呼吸を乱しながら、“覚悟”を空に響かせた。
「はぁ……ああぁ……っ、私、必ず果たしてみせますから! 約束を、あなたを、最後まで連れていきますッ! 姿も、声も、匂いも、感触も、快楽も、味も、食感も、全てを、全てをおぉッ!」
顔を涙でぐしゃぐしゃにして。
もう原型を留めていないキューシーの体を、それでも抱きしめて。
「必ず、『世界』を殺してみせますからあぁっ!」
『
現在のメアリーの所有アルカナ数12。
残りのアルカナ――9。
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