116 たまにはデートみたいなことも

 



「はい! 私に考えがありますっ!」




 アミがまっさきに手を挙げる。


 先手を取られた――と身構えるキューシー。


 だが――




「どうするんだ、アミ」


「ここはキューシーが一緒に行くべきだと思います!」




 アミはあっさりと、その権利をキューシーに譲った。




「アミ……わたくしでいいの?」


「だって、二人しか乗れないって聞いて寂しそうな顔してたもん。今、お姉ちゃんのことが必要なのは私よりキューシーだと思うなっ」




 いつもどおりの明るさで、未練も感じさせずにそう話すアミ。


 キューシーは慌てて自分の顔に手を当て確かめた。


 もちろん、それでわかるはずもないのだが。




「私もそれに賛成だ。王女と令嬢に頼まれれば、軍も動かざるを得ないだろう」


「あっ、そうだね。そっちの発想は私にはなかった!」


「そうね……わたくしも離れ離れになって、冷静で居られる自信はあまり無いし……」




 キューシーは弱々しくそう言うと、ちらりとメアリーのほうを見た。


 メアリーは優しく微笑み返す。




「ではキューシーさん、一緒にいきましょう。話が早くまとまれば、数時間で戻ってこれるはずです」


「……急がなくてもいいけど」


「何か言いました?」


「な、何でも無いわっ」




 なぜか頬を赤らめるキューシーに、メアリーは首を傾げた。


 そして彼女は外に出ると、『死神デス』の能力で人骨を組み上げ、バイクを作り出す。


 メアリーがまたがろうとしたところで、誰かが服の後ろをくいっと引っ張った。


 振り向くと、アミがこちらを見つめている。




「どうしたんですか、アミ」


「ん!」




 背伸びして、唇を突き出すアミ。


 キューシーに譲りはしたが、彼女とて寂しいのだ。


 メアリーは周囲の目を気にして恥じらいながらも、アミの願望を優先して、唇を重ねた。


 柔らかな感触が離れると、彼女は「うへへ」ととろけて笑う。




「いってらっしゃい、お姉ちゃんっ」


「ええ、いってきま――」




 するとすかさず、カラリアもメアリーを抱き寄せた。




「あ、あのっ、カラリアさん?」


「一応、私も寂しさを癒やしておこうと思ってな。安心しろ、ここではキスはしない」


「……別にしてもいいですけど」




 そう言いながら、体を預けるメアリー。


 しばし二人は互いに抱き合い、その感触を確かめあった。


 アミとキューシーは、二人が抱き合う姿を興味深そうに凝視している。


 視線に気づいたメアリーは慌てて体を離し、今度こそバイクにまたがった。




「えっと……では、今度こそいってきます!」


「ああ、いってらっしゃい」




 キューシーが後ろに乗り、背中からメアリーに抱きつくと、ギュオッ! と地面をえぐりながら車輪が回転を始める。


 そのまま車体は急加速し、あっという間に村から離れていった。


 キューシーは振り返り、遠ざかるアミとカラリアの姿を見る。


 すでに豆粒ほどの大きさだが、まだ彼女たちは見送りを止めなかった。


 カーブを曲がると、今度こそ完全に見えなくなる。


 少し寂しそうに目を細めたキューシーは、前を向くと、メアリーの耳に口を近づけ囁いた。




「女たらし」


「え、えぇっ!?」




 メアリーは動揺し、わずかにハンドルがぶれる。


 すぐに持ち直したが、突然の罵倒に彼女の心臓はバクバクと高鳴っていた。


 キューシーは、なおも罵倒の手を緩めない。




「わたくしもアミもカラリアまでも虜にして、悪い王女様ですわ」


「きゅ、急に何を言ってるんですかっ! 私、王女ですし。女ですし!」


「女だろうと関係ないわよ女たらし」


「二回も言われてしまいました……」


「傷の舐め合いに、魔性の女……そうならないほうが不自然なんだけど」


「私は魔性の女なんかじゃありませんよ」


「でも、あのフランシスだってメアリーに夢中だったじゃない。オックス将軍だって、プロフィールだけを見たら悪い物件じゃないのに」




 フランシスは二十歳。


 とっくに結婚していてもおかしくはない年齢だ。


 普通、相手がアルカナ使いの軍の幹部ともなれば、そういう話の一つや二つ出てきてもおかしくはない。


 だがそうはならなかった。


 フランシスが断っていたのか、はたまたヘンリーが『彼では無理だ』と判断したのか。




「別に責めてるわけじゃないのよ」


「そうなんでしょうか……」


「ただ、カラリアの気持ちが少しわかっただけ」


「カラリアさんの?」


「嫉妬よ」




 キューシーは言った。


 そして小悪魔めいた笑みを浮かべると、メアリーの耳に唇を寄せる。




「うひゃうっ!?」


「まあ、今は独り占めできるからいいのだけれど」


「キューシーさんっ、何だか大胆じゃないですか?」


「面倒くさくても構わないって言ったのは貴女よ、メアリー」


「こういう方向性とは思いませんでした……」


「人肌の暖かさを覚えちゃったの。欲しいものは求めるタイプだから、加減はできそうにないわ」




 腰に回した腕に力を込める。


 さらに強く体を押し付ける。


 柔らかな感触越しに、上昇する体温と、高鳴る胸の鼓動をメアリーは感じた。




「誰かに寄りかかるのって、こんなに心地良いことだったのね……堕落しちゃいそう。アミに譲ってもらって、素直に喜ぶあたりもダメ人間だわ。彼女のための旅でもあるのに」


「近いうちに、アミも後ろに乗せて連れていこうと思ってます」


「そうしてあげて、きっと喜ぶわよ」


「……後ろに乗るのって、そんなにいいものなんです?」


「好きな人に抱きつきながら、二人で同じ景色を見れるんだもの。素敵じゃない」


「ああ、同じ景色を――確かに、共有できる思い出が増えていくのって、絆が深まる感じがしますよね」


「つまり、今まさにわたくしとの絆が深まってるのね?」


「私はそう思ってます」


「そうなると、ますますメアリーに寄りかかってしまいそう」


「いいじゃないですか」


「より面倒な女になるわよ。重たくて、嫉妬深くて」


「私は好きですよ、重みを感じられるの。必要とされてるって感じがして」


「……そういうとこよ」




 キューシーはなぜか怒り気味に、お腹に肉をつねった。




「うひっ、それは痛いですぅ!」


「ほんと女たらしなんだから」




 彼女は呆れたように言った。




「今のがですか? 誰だってそんなものだと思います。お姉様だって、私に頼られるのは好きだって言ってましたから」


「出たわねフランシス」


「そ、そんなライバル視しなくても……」


「ライバルに決まってるじゃない。メアリーを本当の意味でわたくしのものにするには、フランシスの壁を超えないといけないんだから」


「高い壁ですね」




 あっさりと言い切るメアリー。


 やはり彼女にとっては、今も姉がナンバーワンなのだ。




「ええ、本当に高そうだわ。あいつを越えるには長期計画を練らないと」


「キューシーさんが言うと冗談に聞こえないです……」


「冗談じゃないから当然よ。まあ、今はフランシスのことは置いといて――たらしこむのは、わたくしで打ち止めにしておきなさいよ?」


「特に意識してやったつもりはないんですが……」


「だったら今日から自覚しなさい。これ以上増えると、一人あたりの取り分が減るんだから」


「取り分って、そんな物みたいな!」


「返事は?」


「はーい……」


「ふふふっ、情けない声ね。安心なさい、そういうところも好きだから」




 メアリーはふと気づく。


 キューシーがすでに何度か、『好き』という言葉を口にしていることに。


 確かに、心の傷を自分で埋めてほしいとはいった。


 だが、アミやカラリアと違って、明確にそういう関係になったわけではないから――余計に意識してしまう。


 釣られて、メアリーの心音も高鳴った。


 二人が乗るバイクにはエンジンが無い。


 だから走行音はやけに静かで、余計に心音を強く感じた。


 流れる空気が頬を撫でていく。


 冷たい風が吹いているのに、互いに、不思議と寒いと感じることはなかった。



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