115 強がり

 



 翌朝、アミとカラリアは、扉が開く音で目を覚ました。


 部屋に入ってきたのは、昨日あれほど落ち込んでいたはずのキューシーだ。




「二人ともおはよう!」




 不自然なほどの笑顔を浮かべ、大きめの声で彼女は告げる。


 その後ろには、苦笑するメアリーの姿があった。


 カラリアはむくっと体を起こすと、寝起きゆえの目つきの悪さでキューシーを見つめた。




「おはよう。元気だな……もう大丈夫なのか?」




 少し遅れて、アミも起き上がり、両手で目をこすっている。


 一方ですっかり目が冴えているキューシーは、なぜか自慢気に言った。




「全然、まったく。お父様を失った悲しみが一晩で癒えるわけないじゃない。空元気よ!」


「だったら無駄な体力を使うんじゃない、今は休んでおけ」


「こうやって自分を誤魔化してないと折れそうなのよ。せっかく虚勢で立ち上がれるまで回復したんだから、せめてお父様の仇を討つまでは突っ走り続けるわ。メアリーに寄りかかってでもね」




 そう言って、メアリーに肩を寄せるキューシー。


 カラリアは顎に手を当て「ふむ」とつぶやく。


 アミはそれを真似して「ふむふむ」とうなずく。




「昨晩の効果はあったというわけか」


「お姉ちゃんセラピー大成功だねっ」


「セラピーって……そんな大したことは……」




 ただ抱きしめて一晩を過ごしただけだ。


 だが、キューシーから向けられる信頼は、たった一夜でかなり大きくなっている。


 良い意味で遠慮が無くなったというか。


 物理的にも精神的にも、確実に距離は近づいている。


 キューシーの危惧していたように、それはある種の“弱み”でもあるが――今は、それが正しい選択なのだと思いたい。




「まあ、これでようやくわたくしにも同じぐらいの“動機”が出来たというわけよ。わたくしは『世界』を絶対に許さない。必ず殺してみせるわ」




 その決意は――本当なら無いほうがいいものだ。


 悲劇の末に得た覚悟は、確かに人を強くするかもしれない。


 しかし、その強さを得るよりも、ぬるま湯のような平穏の中で生き続けることこそが、本当の意味での幸福なのだから。




「もっとも、わたくしが立ち上がったところで、数日ここで待機するらしいのだけれど」


「そうか、メアリーから聞いたんだな」


「ついさっきね。正直、ヘンリー国王の行動は意味不明だけど」


「それについてなんですが――」




 メアリーは、この村の名前と、リュノがいた事実を三人に告げた。


 といっても、カラリアやアミには昨日の時点で伝えてはいたのだが。




「ははーん、なるほどね。今までわけがわからなかったけど、『世界』の動機がわかってきましたわ」


「やはり……そうなんでしょうか」


「私にはわかんないよ。どういうこと?」




 首をかしげるアミに、キューシーは得意げな表情で語る。


 しかしその顔は無理に作ったもののようで、いつもより演技がかって見えた。




「『世界ワールド』ことミティスは、『死神デス』であるリュノと友達同士だったわけでしょ? そしてメアリーが遺跡で見た映像が事実なら、アルカナは元々普通の人間で、この世界を作るために人の体や心を捨てて“神様”になったのよ」


「うんうん、それはわかってる」


「要するに、ミティスはこの世界のせいでリュノを失ったのよ。だから憎んでる、滅ぼしたいほどに」


「でもミティスって人も、リュノって人と一緒にアルカナになったんじゃないの?」


「アルカナは元々二十体いると言われていた。『世界』の存在は徹底して伏せられていたんだ。イレギュラーだったに違いない」




 カラリアの言葉に、キューシーがうなずく。




「そして十六年前、ワールド・デストラクションが行われるまで、ミティスはリュノの中にいたのよ」


「世界を生み出すときに、それを止めるためにミティスは自ら神の力を得た。だが一歩及ばず、敗北して封じられてしまった――なんて筋書きはどうだ?」


「そういえば、この村の伝承には、リュノさんは邪悪な神を封じていたと記されているそうです」


「ならカラリアの説で合ってそうね」


「だから、長い間封印された恨みをはらしてやるー、って暴れてるの?」


「どうかしらねぇ、逆な気もするわ」


「逆?」


「封印はされましたが、結果的に、ミティスは命を捨ててでも守りたかったリュノと一緒にいられたわけですから」


「それが十六年前の出来事により、引き離されてしまった……か」




 ドゥーガンは『世界』に操られた末に、自らが築き上げた街を滅ぼしながら死んだ。


 そしてヘンリーも同様に、その尊厳を破壊した上で殺されようとしているのだとすれば――




「ドゥーガン、ヘンリー、そしてメアリー。『世界』が十六年前の関係者へ優先的に復讐を行っている以上、理由はリュノからミティスを引き離したことでしょうね」


「だからお父様の尊厳を汚すような真似を……あとは親子で殺し合いをさせて、仕上げというわけですか」


「だがそれだけなら、天使の軍勢まで用意する必要があるのか?」


「五百ってすごい数だよね。王都の人たちだって全滅できちゃいそう」


「王都……全滅……」




 その言葉に、メアリーは引っかかりを覚えた。


 王都は王国の繁栄の象徴だ。


 ヘンリーも、街づくりに力を注いできた。




「……案外、王都を滅ぼすため、だったりするかもよ」


「そうなれば、否が応でも私たちは動かざるをえない。王都を滅ぼした上に、“娘に殺される父”という悲劇が成立するな」




 すでにお膳立ては整っている。


 ヘンリーは娘であるフランシスを殺した。


 さらにメアリーを殺そうとして、民衆からの支持も失った。


 残る失うべきものと言えば、国と命ぐらいのものだろう。




「仮にわたくしたちが負けても、ミティスのメアリーへの復讐が成り立ってしまうわね」


「どちらにしたって、『世界』の勝ち逃げじゃないですか!」


「そうなるよう、準備が整えた上で、戦いを始めたんだろう」




 ロミオとの婚約パーティが開かれたあの日。


 ヘンリーたちは、わざわざキャプティスまで足を運んだ。


 それだけの余裕があった、ということだ。


 誰がどう足掻こうとも、復讐は完遂される――


 だから彼らは言っていた。


 早く死ねばいいのに、と。


 長く生きても、『世界』の敷いたレールからは逃げられない。


 むしろ心を破壊しつくされて、もっと惨めになるだけだ、と。




「お姉ちゃん……」




 心配そうにアミはメアリーを見つめる。


 だが彼女は今更落ち込んだりしなかった。




「相手がそのつもりでも、必ず抜け道はあります。止めましょう、私たちにできることはまだあるはずです」


「そうね……わたくしとしても、変に間が空くよりは動き続けたほうがありがたいわ。ただ問題は、あくまでこれは仮説に過ぎないってこと。信じてくれる人がどれだけいるかよ」


「フィリアスぐらいのものだろうな」


「軍はどうでしょう。訓練を口実にして、逃げるように王都から出ているそうですから。今なら私たちのほうに付いてくれるかもしれません」


「王都に残ってたら、怪しい人たちの生贄にされちゃうもんね」




 中には今でも王に忠誠を誓っている兵士もいるというが、全体で見れば、彼らの士気は最低の状態だ。


 その気になれば、容易く寝返るだろう。




「そうね。幸い、今ならメアリー嫌いのオックスが介入してくる心配もないわ」


「兵士さんたちも、お姫様の言うことなら聞いてくれそう!」


「軍なら王都から民衆を守りながら逃がすこともできるか」


「ではすぐに行きましょう!」


「待ちなさい、足はあるの? マジョラームはもう頼れないわよ」


「大丈夫! 私とお姉ちゃんが力を合わせれば、車だって作れるんだから!」


「それって例の骨で作った派手なやつ?」


「そう、すごくかっこいいやつ!」


「かっこいい……かぁ」




 キューシーの頬が引きつる。


 実際に見たわけではないが、バイクの時点で相当禍々しい見た目だったのだ、車がさらに上を行くことは容易に想像できる。




「それだと目立ちすぎるんじゃないか」




 カラリアが助け舟を出した。


 キューシーはぐっと親指を立て、アミは「そっかぁ」と肩を落とす。




「でしたらバイクでいきましょう。『戦車チャリオット』の能力を使えばスピードも出せますし」


「それも骨のバイクなのよね?」


「車よりはマシだろう」


「つまり、二人乗りってこと?」




 乗れるのは、メアリーと残り一人。


 三人に緊張が走る。


 メアリーとタンデムする権利――これを逃せば二度と無いかもしれない。


 すでに経験しているカラリアはともかく、アミとキューシーとしては、どちらも譲り難いものであった。



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