082 恋は猛毒
遺跡を発ったあと、メアリーたちは途中でマジョラームの協力により、車を乗り換えた。
尾けられている可能性を考えて、念の為、というやつだ。
予定よりさらに遠回りになってしまったが、せいぜい一時間程度のロス。
まだまだ王都への旅路には余裕がある。
次の目的地――商業街ルヴァナに向かって走る車内。
後部座席に座るアミは、運転席の肩の部分に顎を乗せると、キューシーに問いかけた。
「車を変えるなら、私たちも変装とかしたほうがいいんじゃないかな?」
「わたくしは目立ったほうが都合がいいと思ってたのよ」
「何で?」
「国民は圧倒的にメアリー王女支持、というよりフランシス支持派が多いから。むしろメアリーはここにいますってアピールしたほうが安全だと思ってたの。でもそうね……そろそろ考えましょうか」
「まさか民を巻き込んでまでメアリーを殺そうとするとは、予想外――というより、そうであってほしくない、と思っていたからな」
「スラヴァー領はともかく、他の場所に暮らす人々は、ヘンリー国王にとっても大事な民なのよ? 理解に苦しむわ」
「市民を巻き込めば、メアリーやフランシスの件で疑念を持たれている国王への不満は、爆発的に拡大する」
「さっき読んだ新聞には、すでにフィーダムでの私たちの戦いのことが書いてありましたね」
それは休憩のために立ち寄った飲食店でのことだった。
マジョラームの関係者が情報提供に協力しているとはいえ、翌朝には王国のほぼ全土に顛末が伝わっているのだ。
驚異的な早さである。
「今回も無駄に私たちを英雄として持ち上げるような内容だったな」
「フィリアスも便乗したのか、ちらほらエドワードの関連を匂わせる記事もあったわねぇ」
「私たちどんどん有名人になっちゃうね!」
「ヘンリー国王に対抗する現状では、それは望ましいこと――なんだけど」
車内ラジオからは、ニュース番組が流れている。
その内容に耳を傾け、メアリーは言った。
「農村を中心に、王都ですらデモが発生しているようです。お父様の立場は悪くなる一方でしょう」
「それでも、誰も前には出てこない……何を考えてるのかしらねぇ」
「世界を滅ぼすのなら、国民も必要ないと思っているのか?」
「王様が嫌になったなら辞めちゃえばいいだけなのにね。意味わかんない!」
「今はこの調子で追い詰めて、力を削いでいくしかありません」
「そーね……ルヴァナはにぎやかな街よ、もちろん人口だって多いわ。もしここで、一般市民を巻き込んで仕掛けてくるのなら――いよいよ、って感じね」
のどかな景色の向こうに、薄っすらと街のシルエットが見えてくる。
メアリーは、今度こそアルカナ使いに出くわさないように祈りながら――しかし心のどこかでは、叶わぬ願いだと気づいていた。
◇◇◇
キューシーたちは、ホテル裏にある従業員用の駐車場に車を停めると、特別に裏口から中に入れてもらった。
出迎えた支配人は申し訳無さそうに言う。
「お嬢様、こんな小さな入口からのご案内で申し訳ございません」
彼は荷物を受け取ると、部屋に四人を案内しながら話す。
「頼んだのはわたくしのほうよ、無理を聞いてくれてありがとう」
「もったいないお言葉です。ですがお嬢様、そこまで警戒なさらずとも、メアリー王女様の指名手配を真に受けている者はほとんどおりません」
「わかっているわ」
「現在も社員を動員し、周辺の警戒に当たらせておりますが、不審者は確認できないとのことです」
「ありがとう。じゃあその調子で警戒を続けて頂戴、いつ仕掛けてくるかわからないのだから」
「……はい、かしこまりました」
警備体制によほど自信があるのだろう、支配人は心なしか落ち込んだ様子だった。
彼から鍵を受け取り、今日はメアリーとカラリア、アミとキューシーの二組に分かれて部屋に入る。
ちなみにこの部屋割りだが、車内で行われたくじ引きで決定した。
アミは敗北に打ちひしがれ、カラリアはなぜか勝ち誇り、キューシーは外れ扱いされて膨らみ、メアリーは苦笑いする。
そんな微笑ましい光景が、一時間ほど前に繰り広げられたとか。
――扉が閉じる。
支配人は室内から聞こえない距離まで移動すると、何もない床を見つめながらつぶやいた。
「ターゲット四名、401号室、402号室に入りました」
◇◇◇
部屋に入って三十分ほど過ぎた頃、メアリーとカラリアが談笑しながくつろいでいると、チャイムが鳴った。
メアリーがドアスコープから外を見ると、見知らぬ少女が二人立っていた。
「……誰でしょうか」
首をかしげるメアリー。
さらにスコープを覗いていると、金髪の髪の長い女の子が顔をあげる。
少女は人懐っこく歯を見せながら、にこーっと笑った。
「ア、アミちゃんっ!?」
慌てて扉を開くと、そこにはウィッグを被り、いつもと違うワンピースを纏ったアミの姿があった。
さらに彼女の隣にいるのは、よく見れば髪を降ろしたキューシーではないか。
「どうしたんですか二人とも、そんな変装して」
ひとまず部屋に迎え入れる。
カラリアも二人の姿を見て驚いたようだ。
「どこかに出かけるのか?」
「アミがどうしても市場に行きたいって聞かないのよ」
「キューシーがおいしいものたくさんあるって言うからぁ」
「わたくしとアミだけなら騒ぎにはならないでしょうけど、念の為にね」
「そういえば、ルヴァナの市場は有名でしたね。楽しんできてください」
「お姉ちゃん、いっぱいおみやげ買ってくるから楽しみにしててねっ!」
「はい、お腹を空かせて待ってます」
手をつないで外に向かうアミとキューシー。
その様子は、姉妹のように見えないでもない。
メアリーとカラリアはソファに腰掛け顔をあわせると、ほぼ同時に頬をほころばせた。
「楽しそうだったな」
「すっかりアミちゃんもキューシーさんと仲良くなりましたね」
「ま、本当はメアリーが一緒のほうがよかったんだろうが」
「そうなんですか? でしたら、今からでも――」
「体調を気遣ってだろう。まだ、あまり顔色が良くないぞ」
「あ……そ、そうですかね。確かに、頭が混乱してるかもしれません。情報量が多すぎて」
「この世界を作った神が、私たちと変わらぬ年齢の人間……か。作られた世界という神話は知っていても、いざその光景を見せられると、確かにショッキングだろうな」
「私は平気でしたけど、人によっては、この世界が無価値に感じられるかもしれません」
「ヘンリーはそれを見たのか?」
「どうでしょうか。あの場所は、『
「別のルートでその事実を知ったのか……はたまた、まったく違う理由なのか……まあ、あまり深く考えるな。わからないものを考えても、堂々巡りで疲れるだけだからな」
「はい……せっかくカラリアさんとゆっくりできるんです、楽しい話がしたいですね」
「楽しい話か。では私が、傭兵時代に経験したとっておきの話をしよう」
「それ、気になりますっ!」
前のめりになって食いつくメアリー。
そのリアクションのよさに気をよくしたカラリアは、饒舌に思い出話をはじめた。
◇◇◇
ルヴァナの裏通り、寂れたホテルの一室に、一人の女性が宿泊していた。
紫色のポニーテールの彼女はデスクの上に置かれた通信機を睨みつける。
『ターゲットC、D、ホテルを出ました』
『ターゲットC、D、市場に向かいます』
『ターゲットA、B、なおも401号室にて会話中。ターゲットAの位置は椅子B』
『ターゲットC、D、串焼きを購入。ターゲットC、頬張りながら次の店へ向かいます』
そこから絶え間なく伝えられる、メアリーたちの動向。
「気持ち悪いシステム」
女は吐き捨てるように言うと、ため息とともに立ち上がる。
そしてベッドの上に置かれた木製の弓を手に取ると、カーテンで閉ざされた窓に向かって構えた。
「クピドの矢」
弦を引くと、その指が桃色の光を放ち、魔力の矢が形作られる。
女の瞳が青白く光る。
本来、彼女の視界には窓を遮るカーテンしか見えていないはずだ。
しかし魔力を帯びた瞳で見れば、窓の向こうも――間を遮る建物も――そしてメアリーたちを隠すホテルの壁も、すべて透けて見える。
「放つ――
指を離す。
矢が放たれる。
それは障害物を突き抜けて、真っ直ぐにメアリーに向かって飛翔した。
◇◇◇
「……あっ」
会話の途中、メアリーは急に体を震わせ動きを止めた。
「どうした、メアリー」
カラリアは心配そうにその顔を覗き込む。
メアリーはゆっくりと視線を動かし、二人の目が合った。
「あっ、あれ……えっと……」
彼女の頬が、ぽっと赤く染まる。
そして戸惑いながら、椅子からずり落ちるようにカラリアから逃げた。
なおもメアリーの様子はおかしく、両頬に手を当てたまま、カラリアから目をそらして床に座り込む。
「どうしたんだ急に、体調が悪いならベッドで休んだほうが――」
「だめですっ!」
カラリアの手が体に触れようとした瞬間、メアリーは叫ぶ。
「……触られるの、そんなに嫌だったか?」
「ち、違うんですっ! そうじゃなくて、逆でっ、あのっ!」
「逆?」
首をかしげるカラリアに、メアリーはついに我慢しきれずに言った。
「カラリアさんを見てると、胸がドキドキするんですっ!」
「……ん? あー……それは、もしかして……」
「本当に、急にそうなって。近くにいると、匂いを嗅いでいると、それだけで心臓が張り裂けそうでっ! こんなの、触ったりしたら……もう……もうっ……」
メアリーがカラリアを見る目は、もはや恋する乙女のそれそのものだ。
さすがにカラリアも気づく。
彼女は真っ赤になった顔を隠すように、片手で覆った。
「でも……でもっ、触られたい……」
「メアリー?」
「怖いけど……けどこの気持ち、抑えられそうになくて……」
「お、おい、メアリーっ!?」
距離を取ろうとしていたメアリーが、今度は逆にカラリアににじり寄る。
熱に浮かされたように、ぽーっとした表情で迫るメアリー。
後ずさるカラリア。
だがすぐに背中は壁にぶち当たり、逃げ場を失う。
「ま、待つんだメアリー! さすがにそれはおかしいぞっ、急すぎる!」
「私もそう思うんですけど……でも……ごめんなさい、カラリアさんっ!」
そう言って、メアリーはドンッ! と壁に手を押し当てた。
カラリアの逃げ場は完全に塞がれる。
「カラリアさん……カラリアさぁん……好き……好きですぅ……」
「な、な……っ、これは、一体……!」
メアリーはカラリアに体をぴたりとくっつけて、体温と心音を交換する。
聞こえる。感じる。
バクバクと、ドキドキと、恋に火照る体が。
カラリアも、そんなつもりはなくとも、その色気にあてられ、急激にメアリーの体の柔らかさを意識してしまう。
近づくふるりと柔らかそうな唇に目が釘付けになり、そして――
「ん、ふ……」
「ふぁっ……あ……」
二人の唇が、重なる。
(私、ファーストキスだぞ、これ……)
しっとりと柔らかい果実の感触に、思考が痺れて溶けていく――
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