077 神は許せど人は許さず
役場にたどり着く前――メアリーは使徒から逃げながら、教祖の家を探した。
大きな家――おそらく教会の近く――そんな曖昧な手がかりを頼りに、一件の館にたどり着く。
ご丁寧に表札に”ミゼルマ”と書かれていたので、見つけ出すのは容易だった。
年季の入った館だ、代々の教祖が使ってきたのかもしれない。
とはいえ、何を見つければ、
たどり着いたのは、ロドニーの部屋だった。
いや、それらしき部屋というだけで、確定はしてないのだが、ここを若い男性が使っていたであろうことは、兄と接してきた経験でわかった。
カーペットの下、ベッド、本棚の裏、タンスの中――色々と探してみるが、怪しいものは見つからない。
一方で使徒の足音は近づいてくる。
彼らの感覚は鋭敏だ、ちょっとした音だけですぐに気づく。
すでに家の中に突入し、階段を登ってきているようだった。
焦るメアリー。
机を探る。
引き出しに鍵がかかっている。
舌打ちをして、拳で上から叩き潰し、強引に中を探った。
音に反応して使徒が走りだす。
メアリーは中に入っていたノートを引きずり出すと、窓から外に飛び出した。
◇◇◇
それが――役場に来たメアリーが持つ”ノート”だ。
中身は現在の”ミゼルマ様”であるロドニーが記した、ちょうど一年ほど前の日記帳だった。
「一年前、先代の教祖であるグローディさんが亡くなりました」
メアリーはマイクに向かって、朗読のように語りかけた。
その音声はすべて、街中のスピーカーにより教会まで届けられる。
これも街の設備を整えてくれたマジョラームのおかげというわけだ。
「表面上、彼は魔導車に
使徒たちの足音が近づく。
ガンガンガン! と強く扉を叩く石像たち。
バリケードを作って封鎖はしたものの、突破されるのは時間の問題だろう。
(焦ってはいけません。胡散臭いと思われたらそれでおしまいです。冷静に、王女らしく話しましょう。演説なら、何度も練習してきたんですから)
ここに使徒が流れ込んでくればもうおしまいだ。
緊張で心臓が張り裂けそうだ。
だが、声にそれを出してはいけない――彼女はマイクに入り込まぬよう、静かに深呼吸をした。
「殺害したのは現在の教祖、ロドニーさんです」
◇◇◇
メアリーの言葉に、教会内に動揺が走る。
特に狼狽したのはロドニーの母だ。
礼拝堂で肩を寄せ合う避難者たちの視線が、一斉に彼女に集中する。
一方で、自室にいたアンデレは慌てて立ち上がり、部屋を飛び出した。
『ロドニーさんは次期教祖になれる素養――つまり赤い髪をはじめとする外見の特徴を持って生まれましたが、先代の教祖がいるかぎり、その出番は回ってきません。ですが彼の母親は、貧乏な境遇から脱するために、ロドニーさんが教祖になることを強く望んでいました』
ロドニーの母は、耳をふさいでしゃがみ込む。
それでも響き渡る大きな声から逃げることはできない。
『そして彼女はロドニーさんにプレッシャーをかけ続け、グローディさんを殺害するように誘導し――そしてついに、グローディさんの背中を押して、魔導車に轢かせてしまったんです』
おそらくそれは、計画性も何も無い犯行だ。
突発的に、その機会が来たから実行に映されただけ。
だが、幸運なことに目撃者は誰もいなかった。
工作の必要すらなく、それは事故死ということになってしまった。
『その後、ロドニーさんは無事に教祖になれました。彼は母親に、それはそれは褒められたそうです。そんなに褒められたのは、人生で初めてだと思うほどに。嬉しかった。幸せだった。ですがその幸せの裏には、常にグローディさん殺しという罪が張り付いている。彼はずっと、人殺しの罪悪感を胸に抱いて生きていたんです』
日記によれば、ロドニーはグローディとも交流があったらしい。
教祖になる前から、ロドニーはミゼルマ様の特徴を持った子供として、信者たちから可愛がられていたのだから、それは自然なことだ。
だが一方で、母は家でグローディを罵倒し続けた。
あいつさえいなければ、あいつさえ死んでしまえば、と。
板挟みになったロドニーの精神が摩耗していったことは、想像に難くない。
「ち、違うううぅぅっ! 違うの、違うわ、違う違う違うっ! そんなの何かの間違いよおおぉ! どうして私のせいにされなくちゃならないのよぉお!」
母は耳をふさいだまま叫ぶ。
そんな彼女の声はメアリーまで届いていないはずなのに――まるで会話が成立しているように、彼女は言った。
『ロドニーさんのの母は『違う』と否定するでしょう。ですが今日までに、ミゼルマ様は何度も警告していませんでしたか?』
あたかも、ミゼルマ様の意思を知るかのような口ぶり。
だが信者たちには、その件に心当たりがあった。
「メアリー様が言われているのは、もしかして……」
「呪いだ……」
「ええ、ミゼルマ様の呪いよぉっ! それが原因だったんだわ!」
おそらくそれは、ただの偶然だ。
街単位で見れば、不運が重なることはまれにある。
しかし人というのは、理由や原因を追求したくなる生き物だ。
ここがミゼルマ教の信者が集まる街だったがために、そしてグローディの死をみなが心のどこかで不審に思っていたからこそ――“呪い”などという噂は広がったのだ。
メアリーにとって、この際、正しいか間違ってるかなんてどうでもよかった。
呪いを利用することで、その言葉が説得力を持つのなら、手段など選ばない。
すると、部屋を飛び出したアンデレがようやく礼拝堂に到着する。
勢いよく扉を開いた彼は、外で少し様子を伺っていたのか、部屋に入ってくるなり大きな声でみなに言い聞かせた。
「待ってください、みなさん。こんなものただの妄想に過ぎません! 彼女は何の証拠もなく、ミゼルマ様を悪者に仕立て上げようとしています! メアリー・プルシェリマは指名手配犯です。みなさんは犯罪者に騙されようとしています!」
『これは、妄想などではありません』
「だったら何だと言うのですか!」
『ロドニーさんが部屋に隠していた、日記帳に記されたことです』
再び偶然にも成立する会話。
ロドニーの母は心当たりがあったのか、ついに泣き始めてしまった。
『部屋を勝手に荒らしたことをお許しください。ですが、これも街を救うために必要なこと。どうか認めてくれませんか、自分の罪を。そして、ミゼルマ様の怒りを鎮めてほしいのです。これは何より――罪を背負い続けるロドニーさん自身を、苦しみから救うためでもあります!』
メアリーの演説が、クライマックスを迎える。
避難者たちはすっかり彼女の言葉を信じていた。
一年間、ずっとこの街にあった違和感。
その形にぴたりと合う、誰もが納得できる答えだったからだ。
(聞いていないですよ――いえ、時間さえあれば探れたかもしれませんが、こんな方法で信仰心が揺らぐとは!)
メアリーはアンデレの正体を暴くのではなく、ロドニーから教祖の資格を剥奪することで、信仰心を消し『
焦るアンデレ。
彼自身、すでに理解している。
もはや勝敗は決した――
「……ごめんなさい」
ロドニーの母が、うなだれたまま言った。
そして彼女は立ち上がり、振り返ると、他の信者に向けて、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら言い訳を並べた。
「私が、悪かったわ。だって、仕方ないじゃない! お金がほしかったのよ、名誉がほしかったのよぉ! 私たちが人生を逆転するにはッ、それしか……方法が……」
再び崩れ落ちる母。
自然と、他の人々の視線は教祖に向けられる。
「では本当にロドニー君が――え?」
そこで、ようやく彼らは気づいた。
教祖としてそこに立つ人物が、ロドニーとは似ても似つかないことを。
「違うわ、あの人は、ロドニー君じゃないわっ」
「誰だお前は! どうして私たちは気づかなかった!?」
「魔術だ、魔術で顔を変えてたんだ!」
信仰心が消えたことで『教皇』の力は消えていく。
街を埋め尽くす石像の表面が剥がれ、人々は元の姿を取り戻していく――
「こうなっては……撤退するしかありません!」
アンデレは悔しさに拳を強く握りしめると、礼拝堂から飛び出した。
そして開きっぱなしの扉から執務室に入り、窓ガラスに向かって飛び込む。
フレームごと砕きながら外に脱出した彼は、教会裏の影に置かれていた大型の魔導バイクにまたがった。
そしてヘルメットも付けずに走り出す。
(やはり急すぎたんです。『教皇』の能力は、杖で特定宗教の長を“撲殺”して初めて成立する。なおかつ入れ替わったあとも、違和感なく私は教祖であり続けなければならない! 事前に時間が必要だとあれほど訴えたというのに、あのオックスとかいう男は!)
一人でぶつぶつと愚痴を言いながら、バイクのスピードをあげていく。
石像から元に戻り、困惑する人々の間をすり抜けると、あっという間に街の出口が見えてきた。
最後のストレート。
さらにアクセルをひねり、スピードを上げていく。
ゴールまであと数秒。
逃走成功を確信し、口元に笑みを浮かべるアンデレ。
そんなアンデレの目の前にメイド服姿の女が割り込む。
そして彼の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「うぐっ!? がっ、げぼっ……!」
強い衝撃に肋骨が折れ、激痛が走る。
操縦者を失ったバイクは一人で数十メートル走ると、転倒して炎上した。
横顔を火に照らされながら、カラリアは笑う。
「やけに小物面をした男が逃げていると思えば」
「うっ、うわあぁぁっ! カラリアっ、テュルクワーズ……っ!」
「そうか、私の名前を知っているということは――当たりのようだな」
胸ぐらを掴む手にぎゅっと力を込めると、襟が閉じてアンデレの首が絞まる。
「か、かひゅ……やめてください……ひっ」
命乞いをする彼の前に、さらに二人の人影が現れた。
「そう、やっぱりこいつが黒幕だったってわけ」
「ねえねえ、どうやって殺す? 最後はお姉ちゃんに決めてもらうとして、一人ずつ一本ずつ手足を折ってく?」
「うひいぃぃぃいいっ!」
明らかにキレたキューシーとアミの表情を見て、思わず叫ぶ。
そして最後に――
「私は最後に生きたまま食べれればいいので、あとは好きにどうぞ」
メアリーが到着し、四人が揃った。
恐怖に失禁し、アンデレのローブが濡れる。
「ま、待ってください。全部話しますからっ! 私だってこんなことはしたくなかったのですうぅぅぅ!」
「では、なぜこんなことを?」
「教皇様からの命令ですっ! 私はフェルース教国の神官なのです。本来は国を守ることこそが役目。ですが今回は急に、オルヴィスまで行けと命じられ、その上によくわからない連中の指示に従わされてっ!」
別にそこまで言えとは命じていないのに、素直にすべてを吐き出すアンデレ。
「よくわからない連中とは誰でしょうか」
「さ、最初は仮面の女でした!」
「『
「ですがそのあとは、オックスとかいう男の命令に従うように言われています。今回も、彼に命じられてここに来たんです!」
「ふーん、やっぱりあの男がメアリーを狙ってたってわけね」
「姉妹だからってお姉ちゃんを恨むなんて気持ち悪いよ!」
「ほら、話しましたよ。ですからもう逃してください。私はフェルース教国に帰りたいだけなんです!」
「教皇様の命令に逆らうんですか?」
「そっ、それは……」
「帰ったところで、どうせまた命じられて私たちを殺しにくるに決まってるじゃないですか。ちょっと脅されただけでぺらぺらと情報を話す口の軽さ、そんなあなたの言葉が信用できるはずもない」
メアリーの言葉に、アンデレは何も反論できなかった。
教皇とメアリー、どちらを選ぶかと言われれば、当然教皇。
それが信者というものなのだから。
さらに、メアリーは断罪を決定づける理屈を彼に告げる。
「何より――私たちを殺しかけておいて、無事で済むと思ったんですか?」
下手すれば、死よりも恐ろしい恐怖を三人に与えた。
苦しめた。
殺そうとした。
もうその時点で、万死に値する。
「私からも、もう一発ぐらいは入れておきたいな」
「わたくしなんて十発は殴る資格がありますわ」
「うんうん、すっごく怖かったんだから。それ以上は怖がってほしいよね!」
「……だそうです」
当然、メアリー以外の三人だって、無事で済ますつもりはない。
良くて死。
悪くても死。
どうあがいても――死。
「いっ、いやだ……やめてくださいっ! 私を傷つければっ、神罰がぁっ! フェルース教国を敵にっ、にぎいぃぃいっ! ひいいぃぃぃいいいいっ!」
白昼のフィーダムに、男の汚い叫び声が響き渡った。
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