078 この世の主はただ一人
街の外の目立たない場所で『
メアリーはここまで耐えていたが、ついに我慢できずに声をあげた。
「みなさん、本当に、無事でよかったですっ!」
涙ぐみながら、声も震わせて彼女がそう言うと、三人はふっと微笑んだ。
「不甲斐ないところを見せたな。ありがとう、メアリー」
「いえ、カラリアさんがいたから敵を逃さずに済んだんです!」
「今回ばっかりはもう駄目だと思ったわ」
「私もお姉ちゃんが助けてくれるって信じてたもんねーっ」
「キューシーさんとアミちゃんが調べてくれた情報が無かったら、絶対に勝てませんでしたっ」
どのように決着を付けたかは、ここまでの道中で話してある。
考えてみれば、今回の戦いにおいてメアリーは、アルカナの力を一切使っていない。
封じられたため仕方なくではあるが、時には力に頼らない発想も必要だと、そう身を持って知った形だ。
「本当に……みんな、元に戻らなかったらどうしようって、怖くて、怖くて……」
なおも声が震えたままのメアリーの頭に、カラリアがぽんと手を乗せる。
対抗するように、腕を絡めていたアミは両腕でぎゅーっと抱きついた。
キューシーは三人のべたべた具合に思わず苦笑する。
「ふふっ……まあ、確かにただ死ぬより怖かったわね、石になるって」
「しかも敵に好き放題に使われるんだもん。私はどうせ死ぬなら、ちゃんと人間として死にたいな」
「誰だってそうだろう。化物になって死にたいと思う人間などいない」
「そうねぇ――プラティもあんな気分だったのかしら」
数日前の戦いを思い出し、しんみりするキューシー。
会話も一段落したところで、四人は工場に向かった。
視察――というほどゆっくり見る余裕はないが、キューシーとしては社員の顔ぐらいは見ておきたかったらしい。
使徒に変えられた人々は、みな無事に元に戻っていた。
工場長が焼け焦げた装置を見て頭を抱えていたが、「あなたのせいじゃないわ」というキューシーの言葉を受けて、いくらか救われた様子だった。
その後、社員は工場で泊まっていくよう勧めたが、メアリーたちはやんわりと断る。
もうアルカナ使いはいないが、すでに敵に位置が割れてしまっている。
さすがに、このまま同じ場所で一夜を過ごしたくはなかった。
◇◇◇
街で食料を買い込んで、メアリーたちはフィーダムを離れる。
そして一時間ほど進んだ、人の姿もないような僻地で車を停めた。
ガードレールの向こうには、古びた石の建造物がある。
遺跡か何かだろうか。
「今日はこのあたりで一晩を過ごしましょう」
「車の中でってこと?」
「そうなるわね。わたくしとカラリアは前で椅子を倒して寝るから。後部座席も倒せると思うわ、二人で適当に場所を分け合いなさい」
「じゃあ私はお姉ちゃんに抱きついて寝るーっ!」
「では、私もアミちゃんを抱き枕にさせてもらいますね」
「……私も後ろがよかったな」
「いやカラリア、あんたの身長じゃ厳しいから」
メアリーとアミは小さいからこそ、後部座席で収まるのだ。
しかし現実を突きつけられ、カラリアは心なしかしょんぼりしている。
「それにしても、嫌な感じよねぇ。わたくしたちの行き先がバレてるの」
「オックス将軍のことです、私の嘘に気づいていたんでしょうね」
「きもちわるーい! あ、そういえば、フィーダムに行く前、マジョラームの社員さんを別の街に送り込むって話をしてたよね。どうだったの?」
「他の街にアルカナ使いらしき人物はいなかったそうよ。わたくしたちが行かなかったから、能力を使わなかっただけかもしれないけど」
「読まれたとは思いたくないが……フィリアスにも話していない以上、どこからか情報が漏れた可能性はゼロだ」
「念の為、次は遠回りしてみましょう。一番選ばなそうなルートよ」
「それでも読まれたなら――」
カラリアの問いに、キューシーは軽い調子でこう返した。
「割り切って、行く先々にアルカナ使いがいることを覚悟するしかないわね」
「やだなー、またホテルに泊まりたーい」
「車で泊まるのは今日だけよ。わたくしだってこれじゃあ体力は完全に戻らないわ。メアリーとかもそうなんじゃない? ふかふかのベッドに慣れてるでしょ、あなた」
「最近は少しずつ眠れるようになってきました」
「訓練次第でどうにでもなるぞ」
「カラリアは例外なのよ」
「戦場でも寝れそう!」
狭苦しい車内だが、四人で騒いでいればさほど窮屈には感じなかった。
毎日となればうんざりするかもしれないが、今日だけなら、こんな夜も悪くはない。
◇◇◇
そのとき、フィリシアは王城の自室にくつろいでいた。
本来はエドワードと今後の策を練る予定だったが、彼に想定外の用事が入ってしまったのだ。
退屈そうに小説に目を通す彼女。
すると、デスクに置かれた通信端末が鳴った。
「また王女様から連絡じゃない。マメねぇ」
といいながら、特に呆れた様子もなく端末を耳に当てる。
「ハーイ、ごきげんいかが?」
『こんばんは、フィリアスさん』
「こんなに連絡貰えるなんて、もしかして私、信頼されてる?」
『オックス将軍よりは、ですね』
「その言い方、もしかして彼、早速なにか仕掛けてきたのかしら」
フィリシアの問いに、メアリーは今日起きた出来事を話した。
「ふーん……あいつが国王と組んで、ねぇ」
その話を嘘とは思っていない。
だがフィリシアには、どうにも引っかかる部分があった。
「それって妙な話じゃない? 彼、フランシス王女を殺した張本人と組むかしら」
『それは私も疑問ですが――少なくとも、彼と組んでいるアルカナ使いは、『
「そっかぁ。じゃあオックスがアルカナ使いに指示する立場にいることは頭に入れておくわぁ」
『それともう一つ、これは確認なんですが、キャサリン王妃について王城内で何か噂が広まっていたりしませんか?』
「何かって?」
『怪しげな相手と連絡を取り合っている、とか。不思議な力を使っている、とか』
「あー……あるわよ、その噂なら」
『本当にあるんですか!』
自分から聞いておいて、メアリーは驚いた様子だ。
その反応に面食らうフィリシア。
「どうしてそっちが驚くのよぉ」
『オックス将軍から聞いた話だからです。本気で私から信頼を得るつもりで言っていたんですね、あの話……』
「その上で裏切るつもりだったんでしょうねえ。でも眉唾ものよ、誰も確かめた人間はいないわ」
『火のないところに煙は立たないと言いますから』
「わかったわ、チェックしておく。まあ、ちょうどよかったかもしれないわ」
『何かあったんですか?』
「今、エドワード王子がキャサリン王妃に呼ばれて出ていったところなのよね」
そう言って、彼女は椅子に座ったままくるりと回ると、部屋の扉を見つめた。
◇◇◇
キャサリンに呼ばれたエドワードは、緊張した面持ちで部屋に入る。
「お母様、お呼びですか」
「あらエドワード、よく来てくれたわね。さあ、そこに座って」
母は息子の顔を見て嬉しそうに頬を緩めると、エドワードの前にお菓子を差し出した。
「こうして親子二人で話すのも久しぶりね」
「最近のお母様は忙しいようですから」
「忙しいのはエドワードのほうじゃない。知ってるのよ私、あなたが近衛騎士団のフィリアスと仲良くしてるの」
特に隠しているわけではないが、エドワードは「うっ」と気まずそうに目をそらした。
そんな彼の様子を見て、キャサリンは肩を震わせ笑う。
「いいんじゃないかしら、将来のお姫様の格としては」
「はは、そんな関係ではありませんよ」
「あら、それは困るわねぇ。そろそろヘンリーも退位を考える歳よ。次の王になるのなら、早いところ奥さんも見つけないと」
「お父様はまだまだ元気ではないですか」
「元気だろうと――退くときは、退くものよ」
キャサリンの声が、少し低くなる。
エドワードはその変化に寒気を感じた。
すると彼女は立ち上がり、彼の背後に移動すると、背中から絡みつくように抱きついてくる。
「エドワード。ああ、私の自慢の息子。私はあなたが王になる日が待ち遠しくてたまらないのよ」
「お母様……」
「覚えてる? あの小さな部屋で過ごした日々を。平民と何ら変わらない、貧しい暮らしをしていた過去を」
「忘れるはずがありません。あの日々は今でも、私の根に染み付いています」
「奈落の底から、私とあなたは這い上がってきたわ。あと少し、あと少しなの……じきに邪魔者はすべて消える」
再び低くなる声。
そこに込められた、どす黒い執念。
「必ずあなたは王になるのよ、エドワード。何があっても、誰が立ちはだかっても」
それは――これまで何度も、キャサリンがエドワードに言い聞かせてきた言葉だった。
ただの愛人から妻にまで上り詰め、そして自らの息子を王にする。
名家の娘であるブレアではなく、ただの女であるキャサリンがそれを成す。
誰もが羨む見事な成り上がり劇。
それだけを夢見て、彼女はここにいる。
強くエドワードを抱きしめるキャサリンだったが、彼女の通信端末が音を鳴らす。
「……あら、ごめんなさい。大事な連絡みたいだから、席を外してもらえるかしら?」
「わかりました……お母様」
エドワードは逃げるように、早足で部屋から出た。
そんな息子の様子を気にするでもなく、キャサリンは通話に応答した。
◇◇◇
「もしもーし、こちらディジーだよ」
王国内のとある薄暗い倉庫の中。
そこに仮面の少女と、オックス将軍の姿があった。
陽気に相手と話すディジーを、彼は箱に腰掛けながらに睨みつけている。
『フィーダムでの戦い、惜しかったみたいだね』
「本当にねえ。あとちょっとだったんだけど……やっぱり手強いよ、メアリーは」
『そうでなくては困る。けれど、そうだからこそ困る』
「あはは、まったくだねえ。さっさと死んだほうが本人のためなのに」
ディジーはいつもの調子で彼女と話す。
『教皇』が死んでもなお、動揺はない。
「今度はどうしよっかな。『
『別に無理して戦わせる必要はないんだよ、ディジー。メアリーには束の間の幸せを味わってもらっても面白いからね』
「どういう心変わり? 最初は殺すつもりだったじゃないか」
『物語は流動的に変わるものだよ。彼女は生き残った。そのご褒美さ』
「ははっ、人が悪いなあ……でも、殺しちゃっても構わないんでしょ?」
『ディジーがそうしたいなら、そうすればいい。そのかわり――』
「わかってるよ。ホムンクルスはそっちが使う、でしょ? あたしの手札は彼らだけで十分さ」
『ならいいんだ。そうそう、メアリーたちは迂回してルヴァナに向かうそうだから』
「ありがたいけど――ねえそれ、誰に聞いてんの? どっから漏れてんの?」
それは、オックスもディジーも知り得ない情報だ。
その場にいない彼女がどうして知っているのか――気になりはする。
もっとも、ディジーも彼女が答えてくれるとは思っていなかったが。
『可愛いペットだよ』
そう、どうせそんな答えだろうと思っていた。
そして通話は終わる。
ディジーはオックスのほうを向くと、彼に告げた。
「次のメアリーたちの行き先、遠回りしてルヴァナだってさ。『恋人』でも行かせといてよ」
「どうやって行き先を割り出しているんだ?」
「あたしも知らない」
「教えたくはないということか……ふん、王の傀儡との関係などその程度で十分だな」
「そうそう、仲間じゃなくて、利害の一致で組んでるだけ。あたしとしては、メアリーを殺してくれればなんの文句も言わないよぉ。そのあと、ヘンリー国王に牙を剥いたとしても、ね」
それだけ言うと、ディジーは倉庫から出ていく。
「あの子が死ねばいい。あの子が生きていてもいい。どうせすべては滅ぶから。同じことさ、何をしても、結局は」
夜の闇にセンチメンタリズムでも感じたか、独り言をつぶやきながら。
「……そういや、メアリーたち、あの遺跡の近くにいるんだっけ」
足を止め、ふと思い出す。
道化にだって過去はある。
記憶が蘇るたび、仮面の下の瞳がうずく。
「行ってみようかな。そろそろ、メアリーとも顔ぐらい合わせておきたいからね」
彼女は杖を握ると、暗闇に溶けるように姿を消した。
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