053 誰かの夢を信じた果て

 



 アミは、キューシーたちと別れ、爆発音が響く場所へと向かう。


 キャプティスの郊外に近づくにつれ、車の量が増えてくる。


 逃げ遅れた貴族が殺到し、渋滞しているのだ。


 クラクションと怒号が響く中、しかし爆心地が近づくにつれ、その様子は徐々に変わってくる。


 車から降りて必死の形相で逃げる者。


 車に残り、神に祈る者。


 虚勢を張り、執事に止められながら、車内に備え付けられた銃を持って戦場へ向かおうとする者――その誰もが、冷静さを失っているように見えた。


 さらに奥へ。


 爆風がアミの頬を撫でる。


 髪とドレスが揺れ、接近するたびに強まる緊迫した空気に、彼女は口元に笑みを浮かべた。




「必ず今度は一人で倒してみせる。そして、お姉ちゃんに褒めてもらうんだから!」




 アミを動かす原動力は、それがほぼ全てだった。


 もちろんドゥーガンへの復讐もある。


 しかし、自らの命を救ったメアリーへの感情は、元々あった憧れも相まって、もはや崇拝と言える域まで達していた。




「どこ? ねえどこ? お姉ちゃんを邪魔する悪い化物はどこにいるのかなっ!」




 見開かれた瞳はギラギラと輝き、車輪で地面を削りながら疾走する。


 すると、前方から自動車が飛んできた。


 放物線を描くそれは、アミの真横をかすめて地面に衝突する。


 しかし彼女は動じなかった。


 開いた瞳は、標的のことしか見えていないからだ。




「グルゥオオォォオォォオオオオオッ!」




 まるで獣ような咆哮――否、慟哭。


 そこには、肉をむき出しにした巨大な化物が、己の肉体を使って作った斧を手に暴れまわっていた。


 高さは二階建ての屋敷と同じぐらい。


 頭部は獅子を思わせる形状をしている。


 腕や足は成人男性一人分よりも太く、斧が振るわれるだけで、風圧で周囲の車がひっくり返るほどのパワーを備えていた。




「アナライズ――魔術評価、3万と少し。前の天使より図体は大きいのに、ちょっと弱いんだね」


「……お前は」




 天使はアミを見つけると、周囲の空気を震わす、低い声で言った。




「アルカナ使いか」


「そういうあなたは誰なのかな?」


「かつて将軍と呼ばれた男の成れの果てだ」




 デファーレは自嘲するように言った。


 ディジーから正体不明の薬を与えられた彼は、悩みに悩んだ。


 これを使えば、取り返しの付かないことになる――そう察していたからだ。


 だが、プラティは迷わずに使用し、デファーレの目の前で化物になった。


 その時点で、彼は引くことができなくなったのだ。


 もっとも――使ったあとで余命数日と聞かされ、自暴自棄になっている部分も大きいが。




「軍の偉い人だ! えっと、デファーレだったっけ? 前のやつと違って、元の人の意識が残ってるんだねっ」


「前にも……そうか、お前はメアリー王女の仲間だな」


「仲間……仲間かぁ……えへへ、妹もいいけど、それもいいなぁ。よっし、わざとらしく暴れてお姉ちゃんの邪魔をするお前を倒して、メージツともに“仲間”、名乗っちゃおっかな!」




 戦闘態勢を取るアミ。


 彼女の両腕から車輪が這い出し、浮かび、周囲を飛び回る。


 その魔術評価の数値は、デファーレからも見えていた。


 パワーでは彼が上。


 しかし、その数値だけでは勝敗は決さない。


 生を謳歌するアミと、死を受け入れたデファーレでは、戦いへのモチベーションが違いすぎる。




「ドゥーガン、あんたの夢を信じた果てがこれか。年端も行かぬ少女と殺し合うのが、俺の末路か。ふ、ははっ、ふはははははははっ! まるで悪い夢のようだ! ならば、暴れて暴れて、ぶち壊すしかないだろうッ! 奴らの思惑通りになァ!」




 斧を振りかざすデファーレ。


 もはやその肉体を動かすには、自暴自棄しかありえない。


 赤い刃が乗用車を両断し、地面を叩きつける。


 すると大地を砕く衝撃波が発生し、アミを襲った。


 彼女は軽く横に飛んでそれを避けると、自分の前に車輪を三つ、重ねるように並べた。




「えいっ」




 と、少女の細い腕が車輪を殴る。


 すると、その威力は『運命の輪ホイールオブフォーチュン』によって増幅され、放出――さらに次の車輪に衝突し、増幅が施される。


 それを繰り返すこと三度。


 か弱い少女の拳は、砲弾めいた音と共に、強大な威力をもってデファーレに襲いかかった。




「ぬガアァァァアアアアアッ!」




 迎撃は、両手持ちの斬り上げ。


 刃がアミの攻撃に触れる。




(ぐっ……あの軽い一撃が、ここまで重く――!?)




 軽く弾き飛ばすつもりのデファーレだったが、それはゴーレムの一撃のように重い。


 それでもパワーで勝る彼は攻撃を逸らすことに成功したものの、余裕はなくなる。


 しかし同時に、不思議と安堵もしていた。




「天使さん、笑ってる」


「ただの少女では無かったのでな、少しだけ救われた気分になった。お前の名は?」


「アミ・ヘディーラ! あなたのことが大嫌いな、平民だよ」


「平民がアルカナを――」




 これ以上の言葉は不要と判断したアミは、容赦なく攻撃を開始する。


 自分の目の前に複数の車輪を浮かせ、彼女はそれを軽く殴った。


 すると衝撃は増幅され、デファーレに襲いかかる。




「くっ、ぬ……この程度の連撃など! グルアァァァァアアアッ!」




 デファーレの斧による一振り――薙ぎ払う斬撃は、地面をえぐり、石畳を剥がし、並ぶ自動車もろとも吹き飛ばし、アミに襲いかかる。


 アミは足裏の車輪を転がし、素早く避けると、今度は無数の車輪を直接、デファーレに向かって飛ばした。




「フウウゥゥンッ!」




 それを切り落とそうとするデファーレ。


 しかしアミは、同時に自分の前に車輪を浮かばせ、それを殴り衝撃を飛ばす――狙うは斧を振るう腕。


 攻撃の勢いはわずかに緩み、全ての車輪を落とすには至らず。


 腕に張り付いたそれは、空間を歪ませ、デファーレの肉を弾けさせた。




「クッハハハ……この痛み、この空気、紛れもなく戦場だ! やはりここが俺の死に場所かあぁぁぁッ!」




 彼の腕はすぐに再生するだろう。


 その間に、デファーレはもう一方の腕から肉の斧を生やし、それをアミへと投げつけた。


 ゴオォオウッ、と周囲の空気がかき混ぜられ、斧は竜巻を発生させながら彼女に迫る。


 人どころか、瓦礫まで吸い寄せながら飛翔する死の旋風。


 アミは車輪の力で移動――デファーレはそれを追って、さらに同じ腕で斧を投擲する。


 右腕の再生も完了すると、彼は右、左と交互に、次々と投げ続けた。




「グルアァァァアァァァアッ! 車輪が貴様の武器だというのなら、回る物同士、正面から挑んではどうだ!」




 吹きすさぶ風は、アミの動きを鈍らせる。


 さらに、瓦礫のみならず、周囲の建物のガラスや――むしろ、その建物そのものまで飛び交いはじめ、ただその場に立つだけで、彼女の体には傷が増えていった。


 旋風の制御も試してはみたが、やはりデファーレの魔力で制御されている以上、車輪のようにはいかない。


 ゆえに回避に専念する。


 ぐるぐると、デファーレの周囲を回るようにして、ひたすらに避け続けた。




「それだけか! そこまでなのか!? 俺をがっかりさせるな、アルカナ使いよッ!」




 勝手に失望の台詞を吐く彼には反応せず、アミは小さく呟く。




「いーち」




 彼女は、解放戦線の地下アジトにおいて、カラリアとインディの戦いは見ていない。


 “回転が武器”――そう理解し、それをどう応用するのかは、彼女の発想次第だ。




「にい」




 彼女がいち早くそれに気づけたのは、子供特有の思考の柔軟さがあったからかもしれない。




「さーん」


(避けているだけかと思ったが――この娘、加速している!?)




 そう、アミの速度は、避ける時間が長引くほどに早まっていた。


 当然、一周あたりの時間も短くなり、




「よーん――」




 カウントダウンは、デファーレがそれに気づき、構えるよりも前に終わった。




「ゴーッ!」




 五周分の“回転”を終えたアミは、猛スピードでデファーレに肉薄する。


 その速度でありながら、制御は意外に緻密かつ大胆。


 斧を投げても空中で避け、旋風が体を引き寄せても減速せず。


 アミ自身が凶器となって、まるでコンピュータ制御されたミサイルのように、デファーレに突っ込んだ。




「グオオォォォオオッ!」




 彼は吠え、両手の斧を同時に振り下ろす。




「はあぁぁぁぁああああッ!」




 アミは恐れず、そのまま突っ込んでいく。


 二人の魔力は衝突し――ぐちゃっと何かが潰れる音とともに、大量の血液が舞った。



 

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