052 俺は誰? 私はどこ?
マグラートは、近くにある商店に駆け込んだ。
わざわざ姿を現した上で――である。
それは間違いなくメアリーを誘い込む目的があっての行動。
迷わず彼女は乗った。
彼の魔力なら、力ずくでも突破できる。
迅速な行動。
強引な戦法。
迷いを断ち切るだけで、優位に立てる戦い。
もちろん、メアリーとて警戒はしている。
(この状況で、マグラートが秘策の一つも持っていないはずがありません)
商店に足を踏み入れる。
人の気配のない店内。
食品が整然と棚に並べられており、現状、荒らされた様子もない。
さすが上流階級が暮らす街といったところか。
この店を利用するのは、貴族に仕える平民だと思われるが、それでもキャプティス外の平民に比べればかなり裕福だということだ。
気配を探る――が、やはりマグラートは発見できず。
すると店の奥からギィ、と音が聞こえた。
(扉が開いた音……裏口でしょうか)
音のした方へと走るメアリー。
予想通り、開けっ放しになった裏口があった。
「『
『どうしたんだい、メアリー』
フランシスの姿をした『星』が、メアリーの目の前に浮かぶ。
「あなたの能力を使って、マグラートの現在位置を探れないでしょうか」
『もちろん可能だよ。それが、メアリーが望む道へと導くことに必要なら』
アルカナは手をかざす。
光のナビゲートが外に向かって伸びて、とある地点で止まった。
メアリーは低い姿勢で一気にその光の先へと駆ける。
裏通り。
人通りのない狭い通路――そのなにもない場所に向かって、彼女は鎌を振った。
手応えはない。
だが目の前の風景がぶれる。
わずかに男の姿が浮かび上がる。
「おいおい、裏方への手出しはご法度だろぉ!? どうして見えやがった、今回はフランシスなんて殺しちゃいねえぞ!」
「シンプルに、
すぐさまマグラートは姿を消して、再びメアリーから距離を取る。
彼の動きに合わせて、『星』の光が伸びる。
どうやら彼は、背中を向けて全力で逃げているようだった。
「
メアリーからは逃げられない。
手首もろとも放たれる骨の弾丸は、マグラートの背中を正確に撃ち抜いた。
とっさに体をひねって回避するも、左肩をごっそりとえぐられ、千切れかけた腕がぶらんと慣性に揺れる。
「がっ、あぁぁぁああああああっ!」
その叫び声は、いつかのリフレイン。
彼の『
マグラートという男は、いくら苦しめたって良い。
メアリーの中の法でそう決まっているのだ。
「マジで、見えて……やがるのかよ。へへっ、とんでもねえな、姉妹揃ってよぉ! 俺を殺すために生まれた役者みてえじゃねえか!」
傷口を押さえながら、ふらつくマグラート。
額には汗が浮かび、口元には余裕の
彼の言い方から察するに、フランシスは彼との交戦時、『星』の能力を使い『隠者』を暴いたのだろう。
「あなたが目覚めさせたんです、間違いではありません」
「しかもてめえのほうは、パワーまで兼ね備えてると来たもんだ。たまったもんじゃねえなあ! はっはははははははっ!」
だがフランシスには、攻撃手段が自前の水魔術しかなかった。
格下、同格の相手ならばそれでも対応できるが、相手がアルカナ使いとなると、そうはいかない。
マグラートの魔術評価は8000。
メアリーの15000と比べると大したことが無いようにも見えるが、5000で超一流と呼ばれる魔術師業界――8000という数字は、それだけで人々がひれ伏すだけの力を持っているのだから。
「楽しそうで何よりです」
メアリーは冷めた様子でそう言って、再び鎌を抜き、マグラートとの距離を詰める。
「楽しくねえよ、カラ元気だ」
背中が壁に当たると、彼はうなだれ、暗いトーンで言った。
「でも仕方ねえよ。俺はさ、俺はぁ――世界に、愛されてなんてなかったんだ」
悲壮感のあふれる声。
だがそれが、メアリーの心を揺さぶるはずなどない。
むしろ、逆効果。
「ならちょうどよかった。死ね」
両断――マグラートの体は、ど真ん中から真っ二つに割れる。
メアリーが感じるのは、この世に存在してはならぬ汚物が消えた安堵。
そして――
(……あっけなさすぎる)
そんな、違和感。
あれだけ再戦を喜ぶような顔を見せておいて、あっさり死んで終わり、などと――そんなことがあるだろうか。
(天使化……いえ、死体は死体、動く気配もありません。ですが……)
メアリーは背中から生やした口で、その死体を喰らった。
(すでに
戦いは終わっていない――その前提で、通りを歩くメアリー。
相手の生死すらわからない状態で、どこから攻撃が飛んでくるのかわからない。
正直、『星』の導きもどこまで有効か怪しいものである。
全ての攻撃を事前に呼びかけてくれるのなら、これまでメアリーは怪我など負っていないはずなのだから。
他のアルカナも同様に、
喰える時点で十分だ。
フルスペックで使わせろ、というのは贅沢である――それはメアリーとて理解しているが、それでも欲さずにはいられない。
「――そこぉッ!」
チリッ、と隠者の力がドレスの背中に触れる感触。
それに反応し、メアリーは振り返って鎌の斬撃を放つ。
バチィッ、と弾けて真っ二つに割れる不可視の球体。
(マグラートは
光の導きを確認。
後方に伸びる――そちらを振り向くと、彼はまたもや笑いながら曲がり角の向こうへと消える。
追跡。広めの通りに出る。
先ほどの道と異なり、人通りがあった。
最寄りの避難できる場所を探して右往左往する、夫婦と幼い子供が視界に入る。
「まさか避難所が満員だとは」
「どうするの? 別の場所に心当たりはあるの?」
「パパ、ママぁ……」
「大丈夫だよ。必ず安全な場所まで連れて行くからね」
混乱の中、互いに励まし合う家族たち。
キューシーたちのおかげか、銃声こそ止んだものの、今はさらに激しい爆発音が数箇所から響いている。
子供が恐怖に怯え、震えるのも当然だった。
だがこの近くには、マグラートがいる。
爆心地と同等の危険度――急いでメアリーが通りを見渡すと、彼は少し離れた場所に立っていた。
ポケットに手を突っ込み、ニヤニヤと笑う。
「さきほど、しっかりと殺したつもりだったのですが。どういう手品ですか?」
「知らないなァ。だってマグラートくん、まだにちゃいだから。お子ちゃまだからなぁーんにもわかんないんだわ! ははははははははっ!」
右手で顔を覆い、天を仰いで笑うマグラート。
彼は攻撃も防御もせず、ただ己の姿を晒して声を響かせるばかりだ。
ただの自殺行為。
深いな笑い声を一刻も早く消そうと、メアリーは一瞬で彼との距離を詰めた。
「早ぇなあ」
マグラートは他人事のようにそう呟くと、迎撃の素振りを見せながらも――間に合わず、斜めに両断された。
血を撒き散らし、肉をさらし、臓物を踊らせながら、転がる死体。
メアリーはすかさず喰らう。
――アルカナの反応はなし。
(つまり、またどこからか出てくるわけですか)
時間稼ぎが目的なのか。
それにしては、無防備に前に出過ぎな節はある。
あまりにこれが続くようならば――どうせ大した驚異ではないのだ――無視してキューシーたちと合流してもいいのだが。
しかしメアリーは、そう単純に終わる戦いでは無い気がしていた。
すると、『星』が発動し、光が伸びる。
メアリーにしか見えないそれが指し示したのは、先ほどの子供だった。
「パパぁ……体が、痛いよぉ……」
「どうしたんだい!?」
「あなた、まさかさっきの薬が……」
「あれは解毒剤って言ってただろう。とにかくお医者さんに!」
父親は我が子を抱きかかえようとしたが、その様子が急変する。
「痛い……痛いぃ……うああぁあああっ! ああぁっ! 痛いいぃぃぃぃっ! だずげでえぇぇっ!」
子供の体が、ボコボコと泡立つ。
まるで、内側で別の生き物が動いているようだ。
骨格が歪み、子供の
「いやっ、いやだあァァああっ! う、ああぁぁぁぁああぁああっ!」
甲高かった声は低く太いものに変わり――顔つきも、体つきも、服装までも完全な別人となった。
「あ……あぁ……そんな……」
「ど、どうしちゃったのよぉっ! あの子は? あの子はどこにいったのよぉおおっ!」
「やだなァ、俺だよ、俺。見ての通り、あんたらの子供。んー……育ち盛りってやつ?」
――そう、マグラートそのものに。
「子供が、マグラートに……!?」
「あぁーん? パパママァ、何だよその目つき。自分の子供にさあ。いけないんだぁー、そういうのって、育児放棄って言うんだぜ。知ってるか? 知ってるよなぁ? 育児放棄の罰は――死刑でぇぇぇぇぇぇすっ!」
怯える両親に向かって、手をかざすマグラート。
見過ごすわけにはいかなかった。
「くっ――このおぉぉおぉおおおッ!」
「あ……ひっ♪」
メアリーの斬撃が、またしても男の体を断ち切った。
マグラートは顔を痛みに歪めながらも、どことなく楽しげな声をあげ、絶命。
そして今度は、目の前の母親の体が変化を始めた。
「ひっ、ひいいぃっ! いやぁ、私も変わる……痛いっ、あ、中からっ、何かがああぁあっ!」
「ど、どうしたらっ……王女様! あなた、メアリー王女様なんでしょう!? 何とかしてください、アルカナの力でっ!」
「私だって止めたいのですが、これは――」
鎌を握ってみるものの、できるはずがなかった。
メアリーの『死神』に、そんな能力はないし、そもそも肉体を変異させるこの力が何なのかすらわかっていない。
マグラートの『隠者』なのか。
それとも、天使を生み出すのと同じ、別のアルカナ使いの能力なのか。
どのみち、この女性を殺せば、次は彼女の夫が狙われるのは明らかだった。
「……逃げてください。できるだけ遠くに、私に言えるのはそれだけです!」
「そんなっ! 私は、妻と子供を……う、く……う……うわぁぁぁぁあああああっ!」
目に涙を浮かべながら、彼は走った。
決して振り向かないようにしながら、遠くへと。
(せめて、あの人が見えなくなるまで時間を稼ぐしかありません!)
それで彼を救えるかはわからない。
だが何もやらないよりは――
「ひでえ夫だなぁ。お嫁さんである俺を置いてくなんて、絶対に許せないゾっ☆」
おどけてそう言ったマグラートは、自分の頭に手を当てた。
「まさかッ!?」
メアリーは鎌を振りかぶる。
いや――そんなことをしたって意味は無いのだ。
相手がメアリーを、あるいは逃げる男性の背中を攻撃しようとしているのなら、それは止まるだろう。
しかしマグラートの狙いは、
「綺麗な花が咲かせましょォう!」
自分の頭部を吹き飛ばすことによる、
脳漿がぶちまけられる。
すると、逃げていた男性の様子が変わった。
「う、ぐあ……どうしてっ、私まで……ああぁああああああっ!」
足を止め、うずくまり、体が変化していく。
メアリーの柄を握る手は、怒りに震えていた。
「マグラート、あなたという人は……!」
「ははは、楽しんでくれたかなぁ? 最新型ホムンクルス・マグラートくん
最初にメアリーと交戦したとき同様のハイテンションで、マグラートはガッツポーズをしながら飛び跳ねる。
きっとそれは、演技などではなく、彼の素だ。
だがその素の感情が、最高にメアリーの神経を逆撫でする。
さらに追い打ちをかけるように、マグラーとはメアリーを指差し、
「さあ、死神らしくかっさばいて暴いてみな、メアリー。この手品のタネってやつをさ!」
キザったらしい口調でそう言い、白い歯を見せ爽やかに笑った。
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