020 君を抱きしめたい
奥の部屋に撤退したカラリアだが、なおもエントランスでメアリーが暴れる音が聞こえていた。
屋敷全体が揺れ、パラパラと小石が天井から落ちてくる。
あれだけ破壊すれば、建物自体がいつまでもつかもわからない。
「屋敷は使い捨ててもいいと言われたが、本当に壊す羽目になるとは」
甘く見ていた――わけではないが、すでに戦闘の規模はカラリアの想定を越えていた。
しかし、伊達に戦場を生きぬていてきた傭兵じゃない。
まだ戦う手段は、いくらでも残されていた。
カラリアは、近くに置かれていたキャリーケースに手をのばす。
「奴に勧められたあれも悪くはなかった。だが、やはり使い慣れた武器のほうが――」
そう言いかけて、彼女は背後に気配を感じ、すぐさま回し蹴りを放った。
立っていたのは長髪の女。
彼女の首はすでに蹴りによってへし折れ、直角に曲がり、鼻と口からどろりと血を流していた。
だが――倒れない。
なおも女はその瞳を、カラリアにじっと向けていた。
彼女は顔をしかめ、一旦そいつから距離を取る。
「何だこれは、人間――ではないのか? だが感触からして人形でもない。メアリーの攻撃か?」
腰を落とし、構えを取って様子を見るも、相手は動かない。
カラリアは小さく舌打ちをすると、ダンッ、と板張りの床を砕くほど強く蹴り、前進。
雄々しく「おぉぉッ!」と声をあげながら、右拳を胸部に叩き込む。
拳はめり込み、肋骨を砕き、心臓を潰す。
衝撃で女の体は吹き飛び、部屋の扉を壊しながら廊下に投げ出された。
「ふぅ……潰した心臓は止まっていた。死体――やはりメアリーの仕業か」
廊下の壁に叩きつけられた女は、直前まで扉だった瓦礫に埋もれ、それでもなおカラリアを見つめる。
「どこまでも不快な――」
彼女は苛立たしげに大股で部屋から出ると、左右に長く続く廊下の様子を伺った。
そして、
「っ……」
ずらりと並ぶ死者の群れを見て、言葉を失う。
老若男女問わず、様々な死者がカラリアをじっと見つめている。
その不気味な光景に、様々な戦場を見てきた彼女も背筋が凍る。
そんな彼女の目の前で、先ほど吹き飛ばした女の死体が、ぐずぐずになって溶けていった。
かと思えば、背後に再び気配――振り向くと、同じ死体がそこに立っていた。
間違いなくこれはメアリーによる攻撃だ。
だが意図が理解できない。
攻撃するわけでもなく、魔術を使うわけでもなく。
ただの嫌がらせの精神攻撃なのか、それとも。
すると次の瞬間、何かが空を切り、壁を砕く音が聞こえた。
それはまたたく間にカラリアに接近し、そして――
「骨の弾丸かッ!」
的確に彼女を狙って、メアリーの放った弾丸が迫る。
眼前の壁を貫いて現れたそれは、完全なる不意打ち。
しかし警戒していたカラリアは、強靭な拳でそれに対処する。
「おおぉぉぉおおおおッ!」
吼える。
拳を繰り出す。
骨の形状はいびつ。
正しい叩き方をすれば、その軌道を変えることは容易い。
とはいえ、いくら頑丈と言っても、魔力評価一万超えの相手が放った魔術だ、手の甲が削れ、骨がむき出しになる。
しかし直撃は免れた。
弾丸はカラリアの右後ろの壁に着弾し、なおも壁を貫き明後日の方向へと飛んでいく。
初撃はクリア――だが、カラリアの瞳には、一発目とまったく同じルートを辿って飛来する、二発目の姿が見えていた。
(避けきれない――ッ!)
武器があれば、広い場所なら――そんなたられば話を振り払い、彼女は両手をクロスして、真正面からそれを受け止めた。
「ぐううぅぅううッ!」
回転するその弾丸を受け止めると、カラリアの体はじりじりと後退していく。
そしてすぐに壁にぶち当たり、なおも弾丸の勢いは衰えない。
体がそれ以上下がれない以上、その威力は全て交差した腕にかかり――その肉をえぐり、骨を穿孔する。
「お、おおぉぉぉおおおおおおッ!」
顔をしかめ、額に脂汗を浮かべるカラリア。
彼女は攻撃を受け止めながらも、必死の形相で少しずつ体を逃がす。
(こうなれば、左手は捨てる! 早く逃れなければまた次が来る!)
耐えきれず、左手がへし折れる。
その瞬間に、カラリアは崩れるように床を転がった。
そんな彼女を狙って、三発目、四発目が射出される。
飛び込むように部屋に滑り込みながら、それを回避するカラリア。
「邪魔だ、退けえぇぇッ!」
目の前に立つ女を、タックルで押しのける。
そして、その向こうにあったキャリーケースの取っ手を掴むと、それを盾に弾丸を防ごうとした。
だが、五発目、六発目は、先ほどまでの正確さが嘘のように、カラリアから離れた場所に命中する。
「そうか、目だ……光で潰された視界をカバーするために、あんな仕掛けを!」
体当たりで飛ばされた女は、ようやく体を起こしてカラリアを見つめた。
その直後に放たれた七発目――今度は正確に、彼女の真正面を狙っている。
しかし今のカラリアには余裕がある。
見た上で、横に転がり回避する。
そして素早くキャリーケースを開いた。
中に入っているのは無数の武器。
その中から、彼女は鞘に収まった、長い刀を取り出した。
再び放たれる八発目。
それを見据えたカラリアは、折れた左手を鞘に添え、右手で柄を握り――着弾の直前、素早く引き抜いた。
握った瞬間、刃は僅かな光を放ち、それが残像のように空中に弧を描く。
響くは僅かな鋼の音のみ。
切り離された弾丸は、カラリアの背後で壁にぶつかり弾けた。
「ふうぅぅ……落ち着け、カラリア。心の揺れは刃の揺れだ。揺れる斬撃では何も断てない。何、案ずることはない、
彼女はそう自分に言い聞かせる。
魔導刀ミスティカ――握り慣れた相棒を手にしたことで、さらに心は落ち着いていく。
現状、この障害物のある屋敷の中で、この気持ち悪い方法を使って視界を確保できるメアリーに対し、遠距離戦を挑むのはどうにも分が悪い。
言ってしまえば、一旦離れてしまったカラリアのミスなのだが、知らなかったのだから『しょうがない』と開き直るしかあるまい。
そして、まだ視界が戻っていない以上、挑むに最適なのは、互いのわずかな動きを見きれるか否かが生死に直結する、近接戦闘。
幸い、カラリアはそれに適した武器も持っている。
彼女は刀を手に、部屋を飛び出す。
廊下に出た途端、足元にメアリーの放った骨弾が飛来。
カラリアは跳躍し、スカートをはためかせながら回避。
続けて空中の彼女をめがけて射出、彼女は天井を蹴ってやり過ごす。
なおも風のごとく廊下を駆けるカラリアを、正確に狙撃するメアリー。
しかしその弾丸は一度もカラリアに当たらない。
(ああ、その狙いは正しいなメアリー。正しすぎて、読むのが容易い!)
良くも悪くも優等生すぎるのだ。
素人だから仕方ないとも言える、むしろスタングレネードで潰された視界を補う方法を思いついただけ、よくできたと褒めるべきなのだろう。
だがここは戦場。
あるのは勝ちと負けという結果のみ。
カラリアはエントランスホールに到着、一階の中央に立つメアリーを視認する。
カラリアが二階から飛び降りると、メアリーは慌てた様子で攻撃方法を変える。
「もうこんな近くまで!? 腕を一本潰したのに!」
目を閉じたまま、骨と骨を継ぎ合わせて作った触手を振り回し、無差別に攻撃を始める。
先ほどまでのカラリアなら、それを前に逃げるしかなかった。
だが今の彼女は、その手に“相棒”がいる。
「腕程度が惜しくては、傭兵などやっていられないのでな」
刀を抜いて、鞘を捨てると、カラリアはメアリーめがけて突っ込んでいく。
振り回される骨鞭――“隙間”など無いように見えた。
しかし、四方八方より襲い来る攻撃を、刀で一つ、二つほど
「どうして、どうして当たらないんですかぁっ!」
「相手が悪かったと諦めろ、メアリー・プルシェリマ!」
今のメアリーは、四方に配置した死体の“視界”に頼っている。
だがそれでは、近接戦闘における細かな反応は、どうしても遅れてしまうのだ。
ついに標的に目の前まで迫るカラリア。
急所――心臓への“道”は開けた。
刀の先端をメアリーに向け、最後の一歩を踏み出し、カラリアは渾身の一撃を放つ。
(もらった――!)
切っ先が胸元に触れる。
その刹那――メアリーの瞳が開いた。
(笑っている、だと?)
見えないはずの瞳は、しっかりとカラリアの顔を見つめ――そしてメアリーの体が、わずかに横にずれたのだ。
まるで、最初から心臓を貫かれることを知っていたかのように。
結果、刃は急所ではなく、肺を貫通した。
普通の人間ならば即死だが、相手はアルカナ使い――それは致命傷に成り得ない。
そして、メアリーは両手を広げると、
「うまく演技はできていましたか?」
カラリアの体をぎゅっと抱きしめる。
「つーかまえたっ」
甘い声で囁くメアリー。
カラリアの人生において、こんなに背筋が凍るハグは初めてだった。
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