019 祝砲
カラリアが、いくらあのガトリングガンを振り回せるとはいえ、あれはあくまで遠隔武器。
離れた場所から放たれる、威力と速度を兼ね備えた銃弾こそが驚異である。
ゆえにメアリーは“接近”を選んだ。
自らの肉体が再生するのをいいことに、多少の負傷はいとわない。
頬を肩を腹を足を削り取られながら、しかし笑い、真正面から切りかかった。
「化物め」
カラリアは小さくそう言うと、再びガトリングでの迎撃。
右手側の銃身で鎌を受け止め、左側の銃口をメアリーに向ける。
「近距離なら勝てるとでも思ったか!」
そしてゼロ距離からの発砲。
「はい、勝てると思いました!」
メアリーの背中から伸びた腕が、近くの柱を掴み彼女の体を引き寄せる。
銃弾は明後日の方向へ飛び、吹き抜けになったエントランス――その二階の廊下を破壊した。
カラリアはガトリングの連射を止めず、薙ぎ払うように、再びメアリーを狙う。
彼女は飛び跳ねそれを避ける。
向上した身体能力で、あるいはかかとから骨を飛び出させ、地を蹴り、天井を蹴り、立体的な動きでカラリアとの距離を詰めていく。
カラリアは、両方のガトリングから銃弾を放ったが、高速で動かれると追跡が間に合わない。
再び目の前まで迫ったメアリーに、彼女は思わず舌打ちをした。
「チィッ、ちょこまかとッ!」
「さすがに発砲しながらでは、早く振り回すことはできないようですね」
鎌の刃が迫る。
今度はバックステップで回避。
かと思えば、メアリーの背中から伸びた腕がカラリアに掴みかかる。
とっさにガトリングでガードしたカラリアだったが、それは“防いだ”のではなく、“身代わりにした”だけの行動。
メアリーはそれを奪い取り、遠くに投げ捨てる。
ズシン、と床を砕きながら叩きつけられるガトリングを一瞥したカラリアだったが、すぐさま冷静に、残ったもう一丁を両手で抱えメアリーに向ける。
「残るは一つ!」
「手癖が悪い女だ」
再び、メアリーは一旦カラリアから距離を取る。
投げ捨てられた武器を取りに向かわないか、様子を見たが、その動きはない。
カラリアは残った一丁で、確実にメアリーを狙う。
銃口を赤熱させながら、回転式機関銃は絶え間なく魔力の塊を吐き出す。
回避を続け、時間稼ぎをすることで、カラリアの魔力切れを狙う意図もメアリーにはあったが、その様子を見るに、それを期待するのは間違いのようだ。
(一体、どれだけの魔力を秘めているというのか。アルカナ使いではありませんが、『隠者』以上の実力を感じます)
元より、『隠者』は暗殺向きのアルカナ。
パワーで押し切る『死神』と正面から衝突した時点で、相性は最悪だったのだが――それにしても、である。
「いつまでも、ちょこまかと逃げられるとは思わないことだ!」
両手での操作になったことで、ガトリングの狙いは正確になり、小回りもきくようになっている。
メアリーは先ほどと同じように、飛び回りながら接近を試みるが、今度はまるで近づけない。
そしてカラリアは、メアリーを狙うついでに、少しずつ屋敷の柱を削り――
「いい位置だ、メアリー」
「これは、柱がッ!?」
彼女が飛び上がる瞬間、底の部分を完全に破壊した。
倒れゆく柱は、ちょうどメアリーの着地地点をめがけて傾いている。
それを回避すべく、とっさに背中の骨を伸ばして、その尖った爪を壁に引っ掛ける。
「読みどおりだな」
カラリアはその動きを読んでおり、メアリーが壁に張り付くと同時に、銃弾の雨が彼女を襲った。
余裕がないときのとっさの行動は、どうしても読まれやすくなる。
戦闘の経験においてカラリアが勝っているからこそ、メアリーはその罠に陥ったのだ。
「避けられない――くううぅぅうっ!」
再び、骨で自らを守るメアリー。
だが今度は遮蔽物もない直撃――高威力の連射を真正面から受け、無情にも骨は砕けていく。
そしてさらされた少女のドレスを、体を、無数の銃弾が貫いた。
「う、ぐうぅうっ、あぁぁああああああっ!」
次第に立ち上る煙に包まれ、メアリーの姿は見えなくなった。
そこでカラリアは、攻撃の手を止める。
「やったか……さすがにあれだけの銃弾を受けて生きてはいられないだろう」
とはいえ、油断はしない。
まずはメアリーに捨てられたガトリングを拾い、両方の銃口を、瓦礫の奥で倒れているはずの彼女に向ける。
そうした上で、生死の確認のために、カラリアは少しずつ近づいた。
そして元の距離を半分ほど縮めたとき――積み上がった瓦礫が盛り上がり、中から這い出てくるシルエットが見えた。
さながら、墓から蘇るゾンビのように。
「……これだからアルカナ使いは」
ため息交じりにそうこぼすカラリア。
事実、メアリーの姿は人では生きていられないほどに傷だらけで、血まみれで、肉はむき出しで――傷口がじわりと再生する様を見ていると、カラリアは不死の怪物でも相手しているような気分になった。
「おいフィデリス、いつから私は
思わずそう愚痴るカラリア。
するとメアリーが答えた。
「ひどいですよ悪霊なんて。悪辣さで言えば、人間のほうがよっぽど化物じゃないですか」
「そういう台詞は、鏡でも見て言ってくれないか」
「外見ではわからないものですよ――優しい心も」
その言葉と同時に、少女の腕が弾けるように吹き飛び、変形する。
瓦礫やドレスを血で汚しながら、右腕に生まれたのは、骨で作られた回転式の機関銃。
「誰かを愛する気持ちもッ!」
左腕も同様に、飛び散り這い出し、グロテスクかつ暴力的なガトリングガンへと形を変える。
そして彼女は悪魔のように口元を歪め、笑みを浮かべると、両腕の銃口をカラリアに向けた。
「はっ……芸達者なことで!」
「お手本がありましたから!
メアリーの銃が骨片を――
「こちらも最大火力で迎え撃つッ!」
――カラリアの銃が光球を、同時に打ち出した。
銃身は高速回転しながら、次々と連続で弾丸を射出する。
両者ともに、それは元を正せば魔力の塊。
無数に放たれた魔力と魔力は空中でぶつかり、激しい音と光を発する。
そんな中、メアリーはガトリングと化した両腕を前に突き出したまま、じわじわとカラリアとの距離を縮めていた。
「く……これだけ全力で放っても……!」
「戦略をこねくり回して勝てないのなら、シンプルな答え――同じ戦法を取り、火力で上回ればいい!」
「馬鹿の理屈だな!」
「あはははっ、でも正しかったみたいですね、カラリアさぁんッ!」
「気安く呼ぶな!」
どれだけカラリアが叫ぼうとも、ガトリングガンは所詮、人工物。
使い手の心に反応して出力を上げてくれるような都合のいい展開はないのだ。
しかし、ガトリングガンというものは、狙いの正確性は、連射性の犠牲となりかなり曖昧である。
つまり、すべての弾丸が、余すことなく相殺しあうことなどありえないのだ。
空中で数え切れないほどの弾丸が衝突を起こす一方で、数え切れないほどの流れ弾が、メアリーとカラリアの両者の肌を掠めていた。
だがメアリーはかすり傷程度ならばすぐに再生してしまうし、カラリアもまた――そのシンプルなメイド服こそダメージを受けていたものの、肌には傷一つついていない。
メアリーの放つ骨の弾丸は、触れれば肉が弾け飛ぶ程度の威力がある。
だというのに、それを受けても、傷つくどころか、弾いてダメージを受けていないのだ。
およそ人間対人間のものとは思えない応酬は、しかしメアリーの接近により、確実に終わりが近づこうとしていた。
さすがにカラリアでも、至近距離からこの弾丸を叩き込まれれば無傷では済むまい。
「カラリアさん、このまま近づかれて終わりですか?」
「く……っ」
「カラリアさん。悔しそうな顔、苦しげな声、追い詰められてますよね」
「黙れ、私は……私は……っ!」
「でも私には――カラリアさんのそれが、演技にしか見えない」
メアリーがそう指摘した次の瞬間、カラリアのスカートの中から、ことんと何かが落ちた。
その棒状の物体を、彼女はメアリーのほうに蹴飛ばす。
「ほら、やっぱり」
飛び退いて避けようとするメアリー。
だがそのとき、カラリアはガトリングから手を離し、口を半開きにしたまま、目をつぶって耳を塞いでいた。
(これは何?)
それを知らぬメアリーの目の前で、スタングレネードは炸裂し、爆音と閃光を放つ――
「づうぅっ!?」
当然、彼女は音と光への防御の方法など知らない。
放たれた熱による火傷こそすぐに再生したものの、失われた聴覚と視覚は、まったく使い物にならなくなっていた。
一方で、対処法を知っていたカラリアはすぐに動ける。
ガトリングガンを再び握り、顔を覆って苦しむメアリーに向ける。
「安心した。中身は素人らしいな」
そしてとどめを指すべく、近距離から銃弾を叩き込もうとしたところで、
「う……うぅ……う、うあっ、うわあぁぁぁぁあああああッ!」
突如として足元が盛り上がり、その下から、まるで木の根のように張り巡らされた骨が、床石を破壊して空を裂いた。
ムチのようにしなっているのは、それが無数の関節をつなぎ合わせた、いわゆる蛇腹のような形になっているからだ。
暴れる骨鞭は、見える限りで数百本。
とてもではないが、カラリアはこの場にとどまることができない。
「暴走か? いや――あえての無差別破壊か、品がないな!」
そしてメアリーの持つ魔力が途方も無いがゆえに、その戦略は成立してしまう。
「だが今の手持ちでは対処はできない。一度退くしかないか」
これ以上エントランスに留まると危険だと判断したカラリアは、ガトリングをその場に置いて、屋敷の奥へと姿を消した。
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