018 ヘヴィメタルワルツ
同時刻、フィデリス侯爵の屋敷内。
少し腹の出た男――フィデリスと、ローブを纏った怪しげな、長身の男が、玄関近くでメイドと向き合っていた。
「この女が傭兵ねえ……」
フィデリスが、品定めするようにメイドを見つめると、彼女は長い黒髪をかきあげ、クールに言い放つ。
「何か不満でもあるのか?」
「な、何だその物言いは! 私を誰だと思っている!」
「依頼人だろう? 誰だろうと私の対応は変わらない。メイドらしい口調がお望みなら追加料金でも払ってもらおうか」
「ぐ……公爵殿下に雇われたからって調子に乗りおって……! お前、カラリアと言ったな? ちゃんと仕事はできるんだろうな!?」
「王女様を殺せばいいんだろう。魔術師とは聞いているが、金と武器を貰った以上、やることはやる。それだけだ」
「ならいい。我々は離れた場所で待たせてもらう。いいか、確実に仕留めるんだぞ? 絶対だぞ!?」
「うるさい男だな……」
「何だとォッ!」
憤るフィデリスを、隣に立つ優男が「まあまあ」と止めた。
長髪に、丸っこいサングラス――明らかに胡散臭い姿をした彼を、カラリアと呼ばれたメイドは細目でにらみつける。
「私まで睨まれては敵いませんね。ささ、侯爵、早くいきましょう」
「ふんっ……そうだな」
男はご機嫌取りをしながら、フィデリスを屋敷の外へと連れて行った。
残されたカラリアは、その姿が見えなくなると同時に、大きくため息をついた。
「はぁ……金のためとはいえ、あんな怪しい連中に従って……なあユーリィ、私は本当にこれでいいのか?」
見つめる手のひらを、ぎゅっと握る。
遠い誰かに思いを馳せるカラリアだったが、遠くから近づく殺意に気づき、即座に気持ちを切り替えた。
◇◇◇
暗闇の中を駆け抜け、フィデリスの屋敷に到着したメアリー。
彼女は敷地の裏側に回った。
今回は、少しだけ気持ちが落ち着いている。
帰りを待つアミ、そして傷を共有できるキューシーという存在がいるからだろうか。
今までのように派手に攻め込まず、巡回にきた兵士を素早く殺害。捕食。
だが一人減れば、やがて誰かが襲撃に気づくだろう――その前に塀を飛び越え、屋敷裏にある窓から建物内に侵入した。
「……静かですね」
入った部屋は客間だろうか――メアリーは思わずそうつぶやいた。
周囲は兵士たちで騒がしい。
そのギャップが、余計にそう思わせるのか。
彼女はまだ、人の気配を感じ取れるほど戦場に慣れてはいないが、しかしこの場に流れる空気に、違和感のある無機質さを感じていた。
扉を開き、廊下の様子を伺う。
赤いカーペットの敷かれた長い廊下――明かりはついているが、人の姿はない。
身を潜められる角を発見、そこに向かって腰を落として、静かに移動する。
そうして何度か移動を繰り返した後、再度、メアリーはその違和感を正視した。
(元から、逃げ場を潰すのが目的で、公爵がここにいるとは思っていませんが――フィデリスの気配すらない。警戒して逃げた? ですが外には兵士が配置されている。何のために? 私が
メアリーは、この屋敷がもぬけの殻であれば、早々に建物自体を破壊して撤退しようと考えていた。
だが――とある扉の前で、人の気配を感じて足を止める。
(位置からして、この向こうはエントランスですか……人の気配があります。先手必勝で潰すべきか――)
そのとき、足を止めるメアリーは、扉の向こうから、寒気がするような強烈な敵意を感じた。
壁の向こうで、ブォン、と何かが振り回され、空を切る。
キュイイィィィ――と、機械で作られた何かが高速回転を始める。
「待ち伏せッ!?」
メアリーはとっさにバックステップ。
直後、無数の炸裂音が連続して鳴り響き、魔力の弾丸が壁や扉を破壊して、彼女に襲いかかった。
「くうぅっ! 魔術――いや、高出力の魔導銃ですか!」
メアリーは両手で体をガードする。
同時に背中から腕が生え、そちらも彼女の体を守る。
放たれた弾丸の出力は、兵士たちやパワードスーツに搭載されていた魔導銃の比にならない。
骨は弾丸を弾くも、そのたびに削れ、体全体を揺さぶるような衝撃をメアリーに与えていく。
見えない敵の攻撃を、防御するしかないフラストレーション。
だがそれが銃撃だというのなら、軌跡を直線で結んだ先に敵がいるはず。
メアリーは右手を前に突き出す。
腕を銃撃の前にさらし、肉を吹き飛ばされながらも、体内の死体を弾丸に変え、射出する。
「う……く……っ!
手のひらを突き破って、骨の塊が超高速で相手に迫る。
わずかに残った壁を吹き飛ばし、衝撃で地面をえぐりながら、標的を狙う。
「――ッ!?」
発砲音が止まる。
敵は接近する弾丸に反応し、銃撃をやめて回避に専念したらしい。
「今なら――
かかとから骨を突き出し、猛加速するメアリー。
先ほどの攻防により開いた穴を通り、エントランスに突入。
敵の位置を探る、階段の途中に人影を確認。
疾走しながら腕から引き抜いた長い骨は、鎌へと姿を変える。
刃を振りかぶる。
敵が眼前に迫る。
相手は――メイド服を着た女だった。
狐のように細く鋭い瞳がこちらを睨む、
彼女は両手に握った、鉄塊のごとき“巨大なガトリングガン”をメアリーに向けていたが、銃撃での対応は不可能と判断したのか、握り直す。
そして、まるでトンファーのように操り、鎌を迎撃した。
衝突――パワーとパワーのぶつかり合いに、甲高い金属音がエントランスに反響し、激しく火花が散った。
「これで斬れないなんて!?」
「これで砕けないか――!」
互いに驚愕。
そして弾き飛ばして距離を取る。
着地し、二人は改めて対峙した。
「メアリー・プルシェリマ……魔術評価15000オーバーと来たか! アルカナ使い相手とは、フィデリスに別料金を請求しなければ」
「そのガトリング、片手で一個ずつ扱うなんて人間業じゃありません。あなたこそアルカナ使いなんじゃないですか?」
「残念だが違う」
カラリアはガトリングを握り直し、円形にいくつも並んだ銃口をメアリーに向けた。
「私はただの一般人だ。魔術師ですらない、な」
その形状、出力からして特注品だと思われる。
一般的に、こういった魔導式のガトリングガンは、エネルギー源となる鉱石やバッテリーを前提に設計される。
そこらの魔術師が使ったところで、一瞬で魔力が枯渇してしまうからだ。
もっとも、それ以前に普通は素手で持てないので、車両や特定の場所に“設置”されるものなのだが。
だがカラリアは明らかに、生身でそれを操っていた。
尋常ではない魔力量――だがその一方で、それだけの魔力を持ちながら、わざわざ魔導銃を使うという矛盾。
メアリーは素早くアナライズを発動し、そこに表示された数字に驚愕した。
(……魔術評価ゼロ!? そんな、あれだけの銃を操っておきながら!?)
魔術評価は、魔力の出力量と保有量を掛け合わせて計算される。
つまり――
(出力量がゼロだから、保有量がいくらあっても評価につながらない。要するに、“生きた魔力バッテリー”なわけですか)
言ってしまえば特異体質。
あのガトリングを片手で扱う腕力も含めて、異常な存在。
アルカナ使いでは無いと言ったが、あるいはそれ以上の強敵かもしれない。
「その表情、アナライズでも使ったのか? どうだ、みじめなものだろう」
「だからこそ恐ろしいと感じました」
「褒め言葉として受け取ろう。私の名はカラリア・テュルクワーズ。こんな
「ご丁寧にどうも。ですがあなたのような職業の方が、安易に名乗っていいのですか?」
「構わんさ。売り出し中だからなッ!」
そして再びトリガーは引かれ、ガトリングが火を噴いた。
メアリーも鎌を握り直し、銃弾の雨をくぐり抜けながらカラリアに迫る――
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