016 チープクエスチョン

 



 アミはすぐさま治療を受けられることになった。


 彼女を抱き上げたメアリーは、再びティニーに案内され、医務室へ向かう。


 その小さな体がベッドに横たえられると、白衣の女が診察を始めた。


 ジェイサムもここに一緒に来るはずだったが、重要な連絡が来たそうで、一旦自室に戻っている。


 メアリーはティニーと並んで立ち、アミの様子を眺めながらも、同時に部屋も観察する。


 治療設備も、外部の病院に負けないものが揃っている。




(間違いなく、この組織のバックにいるのは貴族ですね。しかも、かなりの力を持っています)




 すると、隣に立つティニーがメアリーのほうを見て問いかける。




「気になりますか?」


「ええ……いくらなんでも規模が大きすぎますから」


「ですよね、私も最初は驚きました。リヴェルタ解放戦線のスポンサーは、ドゥーガンに反感を抱く貴族だそうです。それに、団長だって元は貴族なんですよ」


「あの人が?」


「私財をなげうってまで、平民と一緒に肩を並べて戦っているんです」


「スポンサーというのも、彼の伝手でしょうか」


「どうなんでしょう……そこまでは聞いていませんが。一応、私たちの前では“ミスターQ”と名乗っています」


「みすたー……キュー……」


「あはは、変な名前ですよね。話す時はボイスチェンジャーを使ってますし、誰も肉声を聞いたことはありません」


「では、顔も?」


「見たことないですね。実は団長ですら知らないんじゃないかって噂されてます」


「よく信用できますね」


「信用なんてしてませんよ。貴族なんて、平気で平民を使い捨てる人たちですから。だけど、こうでもしないと戦えないんです」




 寂しげにティニーは言った。


 毒を食らわば皿までということか。


 貴族が自分たちを利用するのなら、自分たちだって相手を全力で利用してやろう――そんな気概なのだろう。




「でも、私たちが戦ってる軍人たちも、本当に偉い人たちにとっては使い捨ての駒なんでしょうね」


「言い出したらキリがありませんよ」


「王女様ぐらいになると、そんなことないですよね」


「いいえ。私のように、力もなく、王女という肩書き以外に何の価値もない人間は、利用されるばかりです。ロミオ様との縁談だってそのうちの一つだったんですから」




 軽く自虐的に話すメアリーに、ティニーは少し驚いた様子だった。




「……難しいですねえ。結局、王女様でもそんなものなんですか。王様とか、公爵ぐらいになれば好きにできるんですかね」


「どうでしょう……案外、彼らも何か見えない力に操られているだけなのかもしれませんよ」




 冗談っぽくメアリーは言った。


 ティニーは「こわー」と自分の体を抱くような素振りを見せ、メアリーは微笑む。


 ひとまずアミの治療にこぎつけたからか、彼女も少し心が軽くなったようだ。


 ちょうどそのタイミングで、メディカルルームにジェイサムが入ってくる。




「すまない、待たせたな」


「早かったですね。連絡はもうよいのですか?」


「それが、先方に君のことを話したら、自分も話してみたいと言い出してね。悪いんだが、相手をしてもらえないか」


「団員ですか? それとも、スポンサーのミスターQとやらでしょうか」


「ティニー、彼のことを話していたのか」


「まずかったですか?」


「いや、手間が省けた。そのミスターQが話したがっている」




 メアリーに断る理由はなかった。


 彼女は頷くと、ジェイサムとともに部屋を出た。




 ◇◇◇




 メアリーはジェイサムに案内され、ミーティングルームへ向かっていた。


 アジトはまだ新しいのだろうか、汚れらしい汚れもなく、しかしわずかに独特の匂いがした。




「立派なもんだろう? ドゥーガンも、まさか俺たちがキャプティスにこんなアジトを持っているとは思ってないだろうな」


「よく見つかりませんね」


「繁華街の連中は、色んな事情で貴族に恨みを持ってる人間が多いからな。仮にアジトの場所に目星がついてても、踏み込めないってわけだ」




 メアリーはそういう文化には疎いので、あまりピンとこなかった。


 だが、繁華街で働いている人間の多くは平民――だとすると、貴族に売られてきた人間もいるはず、という想像くらいはできた。


 まあ、実際の闇はもっと深いのだが、それはメアリーには刺激の強すぎる話である。




「他にも気になることがあったら何でも聞いてくれ」


「下らないことでもいいでしょうか」


「おう、構わないぞ」


「このアジト、時計が多くないですか?」




 メアリーは足を止め、廊下の壁にかけられた時計を見て言った。


 ジェイサムもそれを見て、肩を震わせ軽く笑う。




「ははっ、俺もそう思うんだがなあ。中には神経質なやつがいるんだよ。ティニーに連れられてきたってことは、王女様も張本人に会ってるかもしれないな」


「あの部隊のメンバーですか」


「隊長のインディという男だ。これが見た目から中身までガッチガチに生真面目な男でな、とにかく時間に厳しい」


「確かに真面目そうな人ではありましたが、ここまでいくと……」


「圧迫感があるよなあ。実は団員からも、撤去してほしいって要望があってな。だがそれを話すとインディが怒る」


「大変ですね、組織のリーダーは」


「王女様に労ってもらうだけでも救われた気分だよ」




 何気ない話をしながら歩くうち、目的地に到着する。


 ミーティングルームの前面には、大きなモニターが設置されており、男性の後ろ姿が映し出されていた。




「ミスターQ、王女様を連れてきたぞ」


『ご苦労、君は席を外していいぞ』


「わかった。それじゃあ王女様、外にいるから、終わったら声をかけてくれ」




 ジェイサムが部屋から出ていくと、メアリーは手頃な椅子に腰掛けた。




『はじめまして、メアリー王女。私がミスターQだ』




 聞こえてきた声は、男性のものだった。


 しかしティニーが言っていたように、聞けばそれが作られた・・・・ものだということはわかる。




『諸事情で名前は明かせないし、顔も見せられない。無礼と思うかもしれないが、こちらにも事情がある。許してほしい』


「構いません、どうせじきにわかるでしょうから」


『というと?』


「これだけの規模でテロリストを支援できる貴族なんて、あまりに限られすぎています」


『はは、私もやりすぎたとは思っているんだよ。しかしこれも、スラヴァー領――ひいては世界の未来を憂いてのことなんだ、わかってくれ』




 胡散臭い物言いをする男を、メアリーはジト目でにらみつける。




『お気に召さなかったかな、メアリー王女』


「こちらが見えているんですか」


『ああ、君の可愛らしい顔はしっかりと見えているよ。想像よりも、しっかりした顔をしている。以前のメアリー王女のイメージとはまるで違う』


「そういう自分でいられる時間は、もう終わりましたから」


『悲しいことだね』


「ところでミスターQ、先ほどの物言い、まるで以前の私を知っているようでしたね」




 メアリーが何気なくそう指摘すると、ミスターQは一瞬だけ言葉に詰まった。


 彼女は意地悪く笑う。




『存外に恐ろしい顔をする、さすが王家の血を引く人間だ』


「ごまかさないでください」


『君の言った通り、私は貴族だ。王女様と一度ぐらい会っていてもおかしくはない』


「なるほど。ところでミスターQ」


『なんだね』


「実は私が、すでにあなたの正体に気づいていて、その上で様子を探っている、と言ったらどうします?」


『……困ったな。先ほども言ったように、私が君と会ったことがあるのは一度程度。名前も覚えているとは思えないのだが』


「でもあなた、今、こう思いませんでしたか? 『姉妹揃って・・・・・嫌なやつ』と」




 ミスターQは無言になる。




「やっぱり」




 メアリーが薄目でモニターをにらみつけると、スピーカーから『あー……はぁ』とため息が聞こえてくる。


 かと思えば、モニターに表示された画像が切り替わり、金髪でツインテールの女が映し出された。


 彼女はメアリーに向かって、悔しげに言い放つ。




『あんたなら気づかないと思ったのに。少し会わないうちに嫌な成長したわね、メアリー』


「そちらはお変わりないようで。お久しぶりです、キューシーさん」




 現れたのは、キューシー・マジョラーム。


 マジョラーム・テクノロジーの専務であり――本来ならば、スラヴァー公爵の味方であるべき女だった。



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