015 自由か、それを騙る傀儡か

 



 メアリーたちを追跡する軍用車は、取り付けられた機関銃を放つ。


 魔導銃ではなく、実弾を発射する通常の銃――防魔加工されたリアガラスは、貫通こそしなかったものの、ひび割れ変形する。


 破片がパラパラと、苦しそうに横たわるアミに降り注いだ。




「ひいいぃぃいいっ!」




 必死でアクセルを踏み続けるティニー。


 蛇行して避けたいところだったが、車の上に立つメアリーを振り落とすことになってしまう。


 だからひたすらペダルをベタ踏みすることしかできない。


 一方、追跡する兵士たちは、暗闇の中に立つドレス姿の少女を視認した。


 彼女はどこにも捕まらず、両足だけで車の上に立ち、スカートをはためかせている。




「誰かが立っている……? ええい、どうせテロリストどもの仲間だ! もろとも撃ち落としてしまえッ!」




 銃口は上を向き、メアリーを狙う。


 マズルフラッシュが闇夜を照らし、死神の姿を照らした。


 銃弾の雨はメアリーを襲い、見事に命中。




「ふふ、くすぐったい」




 だが、その程度の威力ではドレスに弾かれるだけ。


 無防備な顔に命中しても、かすり傷はすぐに塞がった。




「馬鹿な、普通はかすれば致命打だぞ!」


「魔術師らしいな。ならば直接ぶつけて落としてやる!」


「あ、おい待てっ! まずは様子を見て――」




 追跡する三台のうち、一台がスピードを上げ、横に並ぶ。


 運転席の男は意地悪く笑うと、一気にハンドルを切って体当たりを試みる。


 ティニーがあたふたと慌てる一方、メアリーは夜闇の中で不敵に笑う。


 そして背中から翼のように巨大な腕を生やし、近づいてきた車体を鷲掴みにした。




「うおおおぉぉおおおっ!? う、嘘だろっ、この骨――まさかメアリー王女かッ!?」


「気づくのが遅すぎます。えいっ!」




 持ち上げた車体を、ボールのようにぽいっと投げるメアリー。




「避け――無理だ、当たる! く、来るな、うわああぁぁああっ!」




 飛ばされた軍用車は、先頭の一台の運転席に直撃し、押しつぶす。


 さらに背後の車も巻き込んで、盛大にクラッシュした。


 当たりどころが悪かったのか、遠ざかっていく三台はすぐに火を噴き、やがて引火して爆発する。


 オレンジ色の爆炎が、夜の街を明るく照す。


 吹きすさぶ爆風に、メアリーは金色の髪をなびかせる。


 頬を撫でる風を感じ、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。




「ひ、ひええぇ……」




 砕けたガラス越しに見える光景に、先ほどとは別の意味で怯えるティニー。


 メアリーは、何事もなかったように車体の上から助手席に滑り込み、ちょこんと座った。




「これでしばらくは安心でしょう」


「は、はい……そうです、ね……」




 にこりと笑うメアリーに、ティニーは恐怖と尊敬が同居した、奇妙な感覚を抱いていた。




 ◇◇◇




 その後、次なる追跡車が来る前にティニーは車を乗り捨てた。


 メアリーはアミを抱え、建物と建物の間を抜け、道とも呼べない道を走って街の奥深くへと進んでいく。


 繁栄するキャプティスの、闇とでも言うべきか――怪しげな店が並ぶ道を、ティニーは迷いなく歩いた。


 中にはガラス越しに女性がこちらを誘っていたり、スキンヘッドにタトゥーをいれた高圧的な男性が客引きをしている店もあった。


 その中の一つ――良くも悪くも、この通りでは地味なバーの中に入る。


 ティニーは、鼻の下にひげを生やした店主に声をかけた。


 彼はVIPルームと書かれた部屋に三人を案内した。


 ここがアジトか――と思えば、部屋自体はただの個室である。


 さらに、そこからグラスが並ぶ棚に左手を伸ばし、特定のコップを持ち上げ、その下にあるスイッチを押すと、壁が開いて地下への道が現れる。


 階段を下りながら、メアリーは尋ねた。




「随分と厳重なんですね。出撃のときも毎回ここから出ているのですか?」


「いえ、アジトは一箇所ではありませんから。解放戦を仕掛けるときは、前もって別のアジトに武器や人員を集めています」


「つまり、ここは本部のような場所ということですか」


「そうなりますね。帰る場所があるだけで、安心感もありますし」




 コンクリートむき出しの下り階段は、時折壁にランプが埋め込まれてある程度で、殺風景かつ圧迫感があった。


 その一番奥にまでたどり着くと、銀色の立派な扉が現れる。


 真横に置かれたパネルにティニーが手を当てると、扉は自動的に開いた。




(魔力登録式の自動開閉扉……いいものを使っていますね)




 人間が持つ魔力は、個々で異なる“波長”を持つ。


 それらを記録し、識別することで、特定の人物のみが開閉できる扉である。


 比較的新しい施設や、貴族の屋敷で使われる技術で、平民がお目にかかることは滅多にない。


 開いた扉を抜けた先には、先ほどまでの閉塞感とは真逆の――広々とした“フロント”があった。


 真正面の壁には、ティニーたちの防護服に刻まれたものと、同じ柄の紋章が大きく描かれている。


 だがそれより目立つのは――メアリーを出迎えた、数十名の団員たちだった。


 彼らはメアリーの道を作るように二列にずらりと並び、こちらに希望に満ちた笑みを向けている。


 そして一足先に中に入ったティニーもその列に参加すると、彼らは声を揃えて言った。




『ようこそ、リヴェルタ解放戦線へ。我々はあなたのような英雄をお待ちしておりました!』




 練習でもしたのだろう、息はピッタリだ。


 英雄――やはり言われて気持ちのいい言葉ではない。


 しかし、承知の上でここに来たのだ。


 メアリーはその立場を演じるように、困惑せず、浮かれもせず、背筋を伸ばし、毅然とした態度で真正面を見据えた。


 すると前方から、自信に満ちた表情を浮かべた、赤い髪の筋肉質な男性が歩み寄ってくる。


 紋章が刻まれたマントをはためかせ、メアリーの目の前までやってきた彼は、右手を差し出しこう言った。




「俺はジェイサム・フィバティカ、リヴェルタ解放戦線のリーダーだ。よろしく」




 見定めるように、じっとその顔を見つめるメアリー。


 すると彼は、無駄に爽やかにふっと笑った。




「まさか、そちらから来てくれるとは思わなかったよ、メアリー王女。いずれお迎えに上がるつもりではいたんだが」


「……」


「すまないが、この手を握ってくれると助かる」


「……ごめんなさい、やっぱり嘘はつけません」


「と、いうと?」


「私、あなた達の仲間になりたいわけではありません。目的はスラヴァー公爵の居場所を知ることと、アミちゃんの治療です。その対価の分は戦いますし、何があってもドゥーガンは殺しますが――」


「大義のために戦うつもりはない、と」


「理解が早くて助かります」




 メアリーとジェイサムのやり取りに、団員たちは不安げにざわついた。




「わかった、ならそれでも構わない」




 しかしジェイサムは意外にも、あっさりと手を引いた。


 そんな彼の行動に、数人の団員が疑念を抱く。


 するとジェイサムは彼らのほうを振り向き、




「メアリー王女が味方をしてくれる、その事実だけで俺たちには十分すぎるほどだ。そうだよな、みんな!」




 軽く落ち込む団員たちにそう呼びかけた。


 途端に彼らの表情は明るさを取り戻す。




「確かに団長の言うとおりだ」


「メアリー様がいてくれれば百人力だし……それでも十分よね」


「そうですよ、十分なんですよ! だからみんな、喜びましょう! もっと、うおおーって!」


「そうだなティニー、あたしも喜ぶぞ! うおぉぉおーっ! メアリー様バンザーイ!」


「俺たちと一緒に戦ってくれてありがとーっ!」


「メアリー様最高ーっ! あとでサインもらお」




 急にテンションを上げて騒ぎ出す団員たち。


 外で出会った彼らとはまた違うノリに、メアリーは若干引き気味で頬を引きつらせた。




「さわが――士気が高い組織なんですね」


「平民だろうが、心まで貧しくなっちゃおしまいだからな。つうわけで、王女様との契約はこれで成立だ。それでいいよな?」


「契約……ええ、わかりました。施された分は働きます、お互いに利用しあいましょう」




 改めて、今度は自ら手を――と言っても両手が塞がっているので背中から伸びた骨だが――を差し出すメアリー。


 彼は苦笑いしながらその手を握った。



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