014 舞台の上で踊る者たち
スラヴァー公爵から、軍への伝令を頼まれた執事プラティ。
彼女は無事に任務を終えたあと、キャプティスの北部にあるスラヴァー軍の基地に留まっていた。
公爵の執事なだけあって待遇は厚く、彼女には個室が与えられている。
窓際にある机で頬杖をつき、夜空を眺めながらプラティが考え込んでいると――ノックもそこそこに、何者かが部屋に入ってきた。
「戻らないでいいのか、プラティ」
低く、渋い声をした、オールバックの大柄な男――顔に残る傷跡から、戦場で生きてきた人間だとわかる。
「デファーレ将軍、ノックをしたなら返事を待ってくれと前も言ったはずですが」
「おお、すまんすまん。お前も大きくなったんだなあ。昔はこれぐらいで文句を言ったりはしなかったが」
「そういう問題ではありません! まったく、いい年なのに落ち着きがない」
ため息をつきながら、椅子の向きを変えるプラティ。
大きく口を開いて「ガハハ」と笑う男――彼の名はデファーレ・ノヴィル。
スラヴァー軍を指揮する将軍であり、ドゥーガン、そしてマジョラーム・テクノロジーの社長に次いで、スラヴァー領における三番目の権力者と言われる男だ。
かつては隣国との戦争時、最前線で大暴れした伝説の魔術師で、斧による近接戦と、大雑把ながら高威力な魔術を使い分け、一度の戦で四桁もの兵士を屠ったこともあるという。
「それで、最初の問いに対する答えですが――公爵殿下から、できるだけシェルターへの出入りを減らすように命じられています」
「大した念の入れ方だ。だが、それだけに殿下らしくない。こんなお祭り騒ぎだ、戦い好きのあのお方が黙って見てるなんて――」
「将軍、私たちは殿下に従うだけです」
「だがな、どうにも俺は納得できない。国王陛下御一行が入国したというのに、軍にすら知らせてないってのはどういうことだ?」
「何か私たちには想像もつかない理由があるのでしょう。そういうことで納得しておいてください」
「俺はそれでも構わん。だがマジョラームの連中はどう思う」
「……早速、マジョラームのご令嬢――キューシーがシェルターに来ていましたよ。武器が売れると大喜びしていたようです」
「あの女狐が本心で話すとでも? 父親共々、内心では殿下へのいらだちを募らせてるだろうさ」
「だとしたらどうします? 殿下に『マジョラームの気持ちにもなってください』と直談判しますか?」
「いいぞ、俺がやってやる」
平然と言い切るデファーレ。
冗談抜きで、この男ならやってみせるだろう。
彼のドゥーガンへの忠誠心は本物だが、一方で彼の前でも、物怖じせずにズバズバと物事を言えるのがデファーレという男だ。
「っ……冗談です、やめてください。とにかく、この話は殿下に任せておくべきです。私たちが口をだすことじゃありません」
「わーったよ、ここはお嬢ちゃんの顔を立てといてやる」
「お嬢ちゃんはやめてください!」
顔を赤くして、デファーレをにらみつけるプラティ。
彼はまたしても「ガハハ!」と笑い、彼女の抗議を受け流した。
分が悪いと感じたのか、プラティは露骨に話題を変える。
「それよりです、メアリーのことはどうなっているんです? 近郊の村で見つかったんですよね」
「ああ、アホな貴族があぶり出すために、村人を巻き込んで毒ガスなんて使いやがったもんで、捜索は難航してる」
「毒ガスですって? マジョラームは、国内向けにそんなものまで作っていたんですか!?」
「さてな、あれがどこ製かは殿下に聞かねばわからんだろう。しかし、あのあたりに王女様が潜んでるのは確からしい。キャプティスの監視網を維持しつつ周辺を探させている」
「その貴族に話は聞けないのですか」
「屋敷はもぬけの殻だ」
「逃げたんですか?」
「少量の血痕が残ってる。喰われたのかもしれねえな」
「死体すら残さないとは……数日前までお飾り王女と言われていた女とは思えませんね。アルカナはそこまで人を変えるのでしょうか」
「……アルカナ、ねえ」
「何か気になることでも?」
「いや、俺が口を出すことじゃあない。それより、厄介な連中が出てきてるんでな、これから少し慌ただしくなりそうだ。メアリーだけでも面倒だってのに」
「そうですか……奴らにとっては好機ですからね。動くのも当然でしょう」
プラティは忌々しげに唇を噛んだ。
農民の待遇の悪さは以前から問題になっており、ご自慢の武力でそれを抑え込んだとしても、やはり反発は生じる。
その最たる具現。
◇◇◇
メアリーはアミを抱え、キャプティスへの侵入に成功していた。
骨を使って四階建てのビルを登り、屋上から兵士だらけの地上を眺める。
想像以上にあっさりと成功したので拍子抜けする一方で、ここまで露骨に“穴”が生まれていることに疑問を抱いた。
その答えを、彼女は街に入ってすぐに知ることとなる。
「今だ、全員突っ込めえぇぇっ!」
赤い剣の刻印が描かれた、黒の防護服――それを身にまとった武装兵たちが、一斉にスラヴァー軍の集団に襲いかかる。
「うおぉぉおおおおおっ!」
「軍は死ね! 貴族は滅びろ!」
「いつまでもお前たちの好きにできると思うなあァッ!」
彼らは、軍とは若干、形の異なる銃を手に兵士たちを次々と殺害していく。
「うわあぁああっ! 解放戦線のやつらかッ!?」
「こいつら背後から――遮蔽物に身を隠せ! ここでの迎撃は分が悪いっ!」
慌てて角まで逃げ込もうとする彼らだったが、間に合わずに縦断を受ける。
やがて、メアリー捜索の不意を突かれる形で襲撃を受けた部隊は、まともに反撃もせずに壊滅してしまった。
上からその様子を見ていた彼女は、眉をひそめる。
「軍が何者かと戦っている? 解放戦線、と言っていましたね。スラヴァー公爵に敵対するテロリスト組織、というところでしょうか」
使っている銃は、明らかに新型だ。
防護服も新しく、紋章を入れる余裕まである――その規模はかなりのものと思われる。
テロリストによる軍への襲撃は、ここだけではなく、いたるところで行われていた。
屋上にいると、その銃声や怒号を聞き取ることができた。
「キャプティスへの侵入が容易だったのは、彼らのおかげのようですね。このまま防衛網を抜けて――いや、かなり過激な組織のようですが、私との利害は一致している……」
「う、うぅ……はぁ、はぁ……」
メアリーの腕の中では、アミが額に汗を浮かべながら、苦しげに胸を上下させている。
その汗で顔に張り付いた髪を、メアリーは撫でるように払った。
「……武装も整っている。アミちゃんの治療を頼めるかもしれません。彼らが、アミちゃんのご両親と同じような思想を持っているのなら」
毒ガスで死んだ村人の姿が脳裏をよぎる――が、それに相手がテロリストなら、最初から彼らは渦中の存在なので心配もいらない。
すでにビル下にいた部隊は、軍の兵士から装備を奪った上で、いなくなっていた。
メアリーは別の、近場にいる部隊を見つけると、屋上から飛び降りて彼らの目の前に着地した。
「誰だッ!?」
一斉に銃を向けられ、睨まれる。
しかし隊長らしき男が、それを手で制した。
「待て、撃つな! あなたは……メアリー王女ですね?」
「ええ、はじめまして。突然ですが、あなたがたと手を組みたいと思いまして。どなたに話を通せば?」
その提案に、隊員たちは湧き立った。
「お、おいおい、メアリー王女様が我々の味方にだって……!」
「おお、夢のようだ……やはり彼女は私たちの希望だったんだよ!」
あまりに早い手のひら返しに、ついメアリーは苦笑いしてしまった。
一方で、隊長はあくまで冷静に対処する。
「その前に、アルカナの力を見せていただきたい。情報によれば、あなたは『死神』の力を得ているはずだ」
「本人だと証明しろ、と。わかりました」
メアリーは手早く、手の甲からブレードを生やす。
兵士たちから『おお……』と感嘆の声が漏れた。
「これでよろしいでしょうか」
「……! も、もちろんです、無礼をお許しくださいっ!」
隊長はメアリーの前にひざまずく。
この様子なら、心配の必要はなさそうだ。
(話が早くて助かりますね)
村人たち同様、彼らはロミオを殺したメアリーを神格化しているらしい。
「ところでメアリー様、抱えている少女は一体?」
「近郊の村で毒ガスが使われたことはご存知ですか」
「はい、村人は全滅した可能性が高いと聞いています」
「彼女はその生き残りです。少量のガスを吸ってしまったようなので、治療が必要なのですが――」
メアリーの言葉に、兵士たちはざわついた。
勝利の女神が、領主の悪虐より少女を救う――これ以上無い筋書きだからだ。
メアリーに向けられる視線が、さらに一段階、強い熱を帯びる。
「見ず知らずの平民を救うとは、素晴らしい。さすがメアリー王女様だ」
村人が全滅したのはメアリーのせいでもある。
見合わぬ賞賛の言葉に、彼女は少し居心地の悪さを感じた。
「リーダーはアジトにいます。そこなら治療もできるでしょう。団員に案内させます」
「わかりました、どなたについていけば?」
「ティニー、行けるか?」
「は、はいっ!」
一歩前に出て、背筋をピンと伸ばす団員。
彼女はゴーグルをあげ、口から鼻を覆うマスクを下げて顔を出した。
笑顔の似合う、優しげな女性だった。
「車までご案内します、こちらへ!」
「ありがとう」
「ふ、ふへへ……いえ、どういたしましてっ」
反応からしてまだ若い――といっても十六歳のメアリーよりは年上のようだが。
ティニーは浮かれた様子で、アミを抱えるメアリーを先導する。
歩きながらメアリーは言った。
「マスクとゴーグル、付けてもらっても構いませんよ」
「へっ? あ、失礼じゃありませんか?」
「顔を撮られたら大変なのでしょう」
「本当にお優しいのですね……では、お言葉に甘えて」
感激に赤らむ頬と、潤んだ瞳がゴーグルとマスクで隠される。
その間も、メアリーはじっと彼女の装備を観察していた。
(正規軍のものとは形が違いますが、やはり最新鋭の装備……一体、誰が彼らのパトロンに?)
考えられる線としては、スラヴァー領内の混乱を望む国王ヘンリーや王国軍か。
だが、そんなわかりやすい“敵”を、あのドゥーガンが放っておくだろうか。
現状、組織の構成員に不安はないが、そのバックボーンには警戒が必要だろう。
「あの車です!」
暗い路地を抜けると、そこにはスラヴァー軍の軍用車が置かれていた。
装甲車と呼ぶにはボディは薄いが、中々に立派な四輪の魔導車である。
メアリーはティニーに聞きたいことがあったが、まずは車に乗り込む。
ティニーが左手で扉をあけ、アミは後部座席に、メアリーは助手席に。
運転席の彼女は緊張した様子で鍵をさし、車が走り出す。
「これ、スラヴァー軍のものですよね」
「はい、ついさっき奪いました。これならしばらくは軍の目をごまかせるはずです」
「走行ルートの記録を取られているのではないですか?」
「ええ、あとで解析されれば気づかれちゃいます。なので、アジトまではいきません。少し離れた場所で乗り捨てて、そのあとは徒歩です」
「なるほど……」
メアリーは相槌をうちながら、ふと後ろを振り向いた。
色のついたガラスの向こうに、三台の同型軍用車が見える。
「軍の目……ごまかせているんですよね?」
「そ、そのはず、ですが……」
「あの車、明らかにこちらを追ってきているように見えますが――」
すると車に取り付けられた無線から、声が聞こえてくる。
『それに乗っているのは、リヴェルタ解放戦線の人間だな?』
「う……」
青ざめるティニー。
『今からお前たちを殺す、抵抗するなよ』
怒気を孕んだ声に、ティニーは助けを求めるようにメアリーのほうを見た。
「ど、ど、どうしましょお……」
「この言い方からして、私がいることには気づいていない――では、手早く処理しましょう。あなたはスピードを緩めないように」
そう言って、メアリーはドアを開く。
「うえぇぇええええっ!? メアリー様っ、危ないですよぉっ!?」
そんな声には耳を貸さず、彼女は飛び上がるようにして車の
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