013 金色の夢に潰れろ
すっかり空が暗くなった頃――ローガンスは、そわそわと自室の中を歩き回っていた。
彼の一族は、何代にも渡ってこの土地を治めてきた。
キャプティスの真横で、栄える街を見ながら、寂れた農村を支配することしか許されない。
屋敷ぐらいは領都に置かせてくれと頼んでも、許可されることはなかった。
その八つ当たりでもするように、ローガンスは暴政を敷いた。
だからいつまでも出世できないんだ――そんな他の貴族たちからの評価も知らずに。
しかし、彼自身にも焦りはあった。
このまま終わりたくない、どこかで一発逆転したい。
今回こそが、そのチャンスだと思ったのだ。
たとえ民をすべて失ったとしても、メアリーの首さえ取ることができれば、きっとドゥーガンも認めてくれるはず――そんな馬鹿げた希望を抱いて。
そして、結果を知る兵士が扉をノックする。
ローガンスが「入れっ!」と高圧的にいうと、彼は気まずそうに入室する。
「どうだったんだ? メアリーの死体は見つかったのか!?」
「それが……死体は、見つかりませんでした」
「ちゃんと調べたのか!?」
「は、はいっ! その、メアリーどころか、村人の死体すら残っていないんです!」
「そんな馬鹿なことがあるかっ! ちゃんと見てきたのか!?」
兵士に掴みかかるローガンス。
するとさらに別の兵士が、開きっぱなしの扉の向こうから現れた。
「ローガンス様、大変です!」
「今度は何だ!」
「メアリー・プリシェリマが、こちらに接近しているとのこと。数分後に屋敷に到着します!」
「な、何だとおぉっ!?」
目まぐるしく動く情勢に、ローガンスの頭はついていけない。
だが、最初こそ混乱したものの――すぐに彼は気づく。
「待てよ、これはチャンスじゃないか? そうだ、毒ガスは不発だったが、ここで僕がメアリーの首を取ればいい! それで僕の大勝利! 公爵殿下にも認めてもらえる! は、ははは……あははははっ! そうだ! 一時期はどうなるかと思ったが、風は! 間違いなく! 僕のほうに吹いているうぅッ!」
ローガンスは背中を反らしながら、天に向かって叫ぶ。
口角を釣り上げながらまくしたてる彼を、兵士たちはぽかんと見ていたが――すぐにその表情は、いつもどおりの意地の悪いものへ戻った。
「お前たち、何をぼーっとしているんだ。早く迎え撃つ準備をしろ!
「何機出撃させますか?」
「全部に決まってるだろうがこの愚図がッ! 余計なことは聞かずにとっとと準備してこいよこの無能どもがぁっ!」
声を裏返しながら怒鳴りつけるローガンス。
兵士たちは大慌てで部屋を出て、屋敷の一角にある格納庫に向かった。
「メアリイイィィ……必ず仕留めてやるからなぁ。僕の出世の礎になってくれよぉ、血塗れの王女様ぁ! あはははははははっ!」
高らかに笑い声を響かせ――彼自身もメアリーを迎え撃つべく、ローブを羽織って外へと向かった。
◇◇◇
待ち受けるパワードスーツは計十機。
ガシャン、ガシャン、と駆動音を鳴らし、ズシンと地面を踏みしめながら、屋敷の正門付近に並ぶ。
それらを壁として、背後にはローガンスが立っていた。
一方でメアリーは、アミと手をつないで歩き、堂々と正面から対峙する。
その表情は、凍りついたように冷たく、静かな怒りを宿していた。
アミはローガンスの姿を見つけると、唇を噛んで、キッと彼をにらみつける。
「まさか、馬鹿正直に真正面から向かってくるとはねえ。アルカナ使いだか何だか知らないが、わざわざ死にに来るようなものだよ」
「言い残したいことはそれだけですか」
メアリーの冷淡な口調に、ローガンスは思わず「は?」と苛立たしげに口元を歪めた。
「馬鹿正直に真正面から向かってくる――それはこちらの台詞です。探す手間が省けて助かりました」
「は……はは……ははははははっ! 驚いたなあ! 十機のパワードスーツに囲まれて! しかも魔術師である僕も目の前に立っていて! 生き残る気でいるのか!? 笑わせる! 笑わせる! 笑わせてくれるぅ! さらに、そんな的にちょうど良さそうな薄汚れた小娘まで連れてきて! 何だ、まさか復讐のつもりか? 馬鹿げてるぅ~! 誰が死んだのかは知らないけど、ゴミ以下の平民と、貴族たる僕の命が釣り合うと思ってるあたりが最高に! 最高に馬鹿げてる!」
ローガンスはわざわざパワードスーツの前に出てきてまで、メアリーとアミを煽る。
しかし、アミも気圧されたりはしない。
「そうだよ……釣り合ったりしない。お父さんとお母さんは、お前なんかよりずっと立派だったから!」
「あぁ? 僕のおかげでこの世に存在できているってのに、何だよその口のきき方は。二人まとめて
手のひらを前にかざし、アミに光球を飛ばすローガンス。
メアリーは前に出て彼女の壁になると、防御すらせずに、ドレスが魔術を弾き飛ばす。
「1500程度の魔術評価でよくそこまで強がれますね」
「程度だぁ? お前だってせんごひゃ――ん? 違う、桁が……な、いちまん……ごせん……?」
「まさか、見間違えですか? どこまでも呆れさせる人です」
彼の顔は青ざめていく。
アルカナ使いの強さは聞いていたが、パワードスーツと自分の魔術さえあれば圧倒できると、本気で信じていたのだ。
だがメアリーの魔力は、文字通り桁違い。
一瞬でローガンスから余裕は消え、彼は焦って兵士たちに指示を出した。
「も、問題などない。こちらには最新の高価な兵器があるんだからなァッ! おいお前達、何をぼーっと立ってるんだ。撃てぇっ! あの女どもを蜂の巣にしろおぉっ!」
パワードスーツの両腕には、大口径の魔導銃が取り付けられている。
魔力消費が激しい分、威力は通常の魔導銃の数倍――もちろん反動も大きいが、それを抑え込むためのスーツだ。
兵士たちは一斉に銃口を持ち上げ、それを
「……ふひょ?」
間抜けな声をあげるローガンスに向け、メアリーは抑揚のない声で言った。
「もう全員死んでます」
かかとから、木の根のように骨を地面に張り巡らせる。
そしてパワードスーツの足裏を貫き、体内に侵入させ、心臓を潰し、脳を破壊した。
つまりあのスーツは、すでに棺桶なのだ。
中身は全員死体となり、メアリーの操り人形同然の状態である。
「そ、そんな、そんなはずは……ど、どうやって!」
「これから死ぬ人がそれを知って何か意味がありますか?」
魔導銃に魔力が籠もる。
大口径銃特有の、キュイイィィ――という収束音が鳴り響く。
ローガンスの瞳に涙が浮かんだ。
「や、やめろ……やめろぉおおおおっ! たとえ死んだとしてもっ、ただの兵士がこの僕に逆らうなんて許されないんだぞぉおおおっ! 止めろよぉ! 死んだんならあの世から戻ってきて止めろぉおおおお!」
声などもう届かない。
もっとも、仮に届いたとしても――兵士たちが身を挺して守るほどの人望は、この男にないのだが。
――銃口が光を放つ。
放たれた魔力の弾幕が、ローガンスを押しつぶすように彼に迫った。
しかし彼とて魔術師の端くれ。
両手を前にかざすと、光の盾を作り出し、それを防ぐ。
「おおぉぉぉおおおおおっ! 舐めてくれるなこの僕をォッ! 貴族だぞ! 魔術師だぞ! 強いんだぞ!? 貫けるものかよ、一兵卒ごときが、この僕の輝かしい魔力の壁をぉっ!」
強がるローガンス。
なおも弾丸は連続して放たれ、確実に、彼の障壁を削っていく。
ご自慢の光の盾にもヒビが入り、一部が欠けはじめた。
「あ……あはは……こ、これは、違う……ああ、そうか! 僕が弱いんじゃない! あのパワードスーツがスゴすぎるんだ! マジョラームから僕が買い付けた兵器がすごすぎるだけなんだぁああ!」
彼は目に涙を浮かべ、顔には情けない笑みを貼り付ける。
もはや自分の力ではどうにもならないと悟ったのだろう。
自らの力に追い詰められていく無様な領主の最期を、メアリーは静かに見つめていた。
アミはそんな彼女にぎゅっと抱きつくと、家族の仇に襲いかかる因果応報を、その目に焼き付ける。
そして――ついにローガンスの展開する盾は、致命的な破綻を迎えた。
「そ、そうかっ、これが、僕の財力! すごいっ、僕ってすごいっ! あはははははっ! 僕はぁ! 僕がすごすぎて死んじゃうんだあぁあああっ! バンザイ! バンザアァァァァァアアアイッ!」
障壁は貫かれ、弾丸は彼の肩に命中。
腕が弾け飛ぶ。
続けてもう一方の腕にも、腹にも、足にも顔にもどこもかしこも――男は体をえぐり取られ、ボロ布のように原型を失っていった。
弾丸の雨が止むと、そこには、もはや人なのかも判別不可能な肉片が残るのみ。
アミはメアリーから離れると、その肉片の前に立ち、思い切り踏みつけた。
「お前がっ! お前がっ! お前があぁぁぁあああっ!」
ありったけの憎しみを込めて。
何もできなかった自分に向けた怒りも込みで。
この世に存在する、ローガンスの最後の断片に――とどめを刺す。
そして踏み潰す肉もなくなると、その場に立ち尽くし、ぼろぼろと涙をこぼした。
「う……うう……うううぅぅぅ……うわぁぁぁぁあああああああんっ!」
改めてこみ上げる悲しさ。
ああ、いっそ一緒に死ねていれば――そんな後悔。
メアリーはその様を見て、フランシスのことを思い出す。
誰よりも愛を注いで寄り添ってくれた家族に、何もできなかった自分の無力さを――
「……アミちゃん」
そして彼女はアミに歩み寄ると、その体を強く抱きしめる。
アミもメアリーに体をあずけ、わんわんと泣きわめいた。
◇◇◇
屋敷にいた人間たちはみな逃げてしまったらしく、もぬけの殻だ。
メアリーはパワードスーツの中の死体を食らうと、アミを抱き上げ早々にローガンスの屋敷を去る。
これだけの騒ぎだ、すぐにキャプティスにいる、ドゥーガン直轄の兵士たちが押し寄せてくるだろう。
それに、少し前にメアリーが見逃した兵士たちも、素直に引き下がって終わりとは思えない。
まあ、彼女自身、それを承知の上で逃したのだが。
「まずは、アミちゃんを安全な場所まで連れていかなければなりませんね。近くに別の村はありますか?」
「私……何か、メアリー様のお手伝いできないかなぁ」
「気持ちだけ貰っておきます。私がやっているのは、見ての通り命の奪い合いですから」
メアリーは腰をかがめ、アミの頭を撫でる。
「でも……でも……お父さんたちが死んだのは、ローガンスだけのせいじゃない。ドゥーガンがいるから。あいつが、全部の元凶だから、私もっ!」
「その想いは、私が持っていきます。必ず殺してみせますから」
「メアリー様……私は……私は……っ」
泣きはらしたせいか、彼女の顔はまだ赤い。
頭を撫でる手も、かなり温かく感じた。
「このまま、逃げて終わりなんて……死んでも、いいから……私は……」
「アミちゃん? もしかして具合が悪いんですか?」
「わ、わからない、よ。でも、頭がくらくらして……けほっ、けほっ」
メアリーに支えられながら、咳き込むアミ。
するとその口から、血の飛沫が散ってメアリーのドレスを汚した。
「――っ、これは! まさかアミちゃん、あの毒を吸って……!」
「私も、お父さんたちと……同じように……?」
「そうはさせません!」
メアリーは両手でアミの体を抱きかかえた。
彼女に治療の術はない。
だから、探さなければならない。
医者か、回復魔術を使える人間を。
魔術が使える時点で貴族、あるいはその関係者の可能性が高いが、どうせメアリーはお尋ね者だ、だったら脅してでもやらせればいい。
そして、見つかる可能性が高いのは――
「キャプティス……アミちゃんを連れたまま戻るしかありませんね」
今ごろ、メアリーを追って無数の兵がこちらに向かっているだろう。
その分だけ、キャプティスを網羅する監視の目にも穴が生じている可能性がある。
素人考えではあるが、どのみち街には戻るつもりだったのだ、タイミングとしてはちょうどいい。
朦朧とした意識で「おか……さん……」と家族を呼ぶアミを抱え、メアリーは夜の闇の中を疾走した。
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