第一章 血の縁が描く迷路を辿る

009 戦乱の火蓋

 



 ロミオ殺害の翌朝。


 世間を揺るがす大ニュースに人々が戸惑う中、スラヴァー公爵の本邸には多くの兵士が集結していた。


 全員が魔導銃で武装し、抗魔力コーティングが施されたボディアーマーやヘルメットも装着している。


 スラヴァー邸の門に立つ兵士は二名。


 その一方――若い方が口を開いた。




「先輩、本当に『死神』は来るんですかね」


「公爵殿下がそうおっしゃっているのだ、気を引き締めておけ」


「仮にここに突っ込んでくるんだとしたら、大胆すぎます。この屋敷、百人以上はいますよ。パワードスーツは来てないですけど、特殊部隊まで配備されてるって話じゃないですか」


「ロミオ様が殺害されたとき、奴はほぼ一撃で、数十人を真っ二つにしたと聞く」


「そういうニュースは尾ひれがつくものですよ」


「だが事実なら――百人でも足りないかもしれんな」


「相手は女の子ですよ? そんなはずは……あれ?」


「どうした」


「向こうから来てるの、女の子ですかね」




 兵士は、目をしかめながら少女を見つめた。




「どうせすぐに追い出される」


「ああ、本当ですね。警備してたやつが近づいて――うわ、すっごい怒鳴ってますよ」


「気が立っているんだろう」


「銃まで向けてるし……え?」


「どうした」


「いや、あいつ、首が飛んで――」




 少女に近づいた兵士の首が、おもちゃのように跳ねて飛ぶ。


 そして彼女の体から、化け物の頭部が現れ――死体を食らった。




「あ、あ、あれ、死神だっ! 死神が現れました!」




 声を震わす後輩兵士。


 一方で先輩兵士は、冷静にヘルメットに搭載された通信システムを使い、指揮官に報告する。




「隊長、メアリー・プルシェリマが出現しました。すでに兵士一名が死亡、応援を要請します!」


「せ、先輩、来ます!」


「近づかれる前に撃てッ!」




 猛スピードで接近するメアリーに、二人は銃口を向ける。


 そして、引き金に乗せた指に力を込め――




殺意を向けるのなら、容赦はしません」




 直後、メアリーの姿が、彼らの目の前から消えた。




「……先輩?」


「う……ぁ……」




 兵士の上半身が、腰のあたりからずるり・・・とずれて、べちゃりと落ちる。




「何で……こんな……あ、俺も――」




 もう一方も、少し遅れて同じ姿になった。


 メアリーはすでに二人の横を通り過ぎて、屋敷の敷地内に突入していた。


 彼女はかかとから骨を高速で突き出し、強く地面を打ち付けることで急加速したのだ。


 いつの間にか、その両手の甲を突き破って、刃渡り五十センチほどの骨のブレードが現れていた。


 さらに、背中から這い出した獣の白骨が伸び、倒れた兵士の死体を食らう。




「素敵な歓迎ですね」




 メアリーは捕食しながら、屋敷を一望してそう言った。


 窓からこちらを狙う、無数の銃。


 中には、見たこともない大口径のものも混ざっている。




「ここにスラヴァー公爵が居てくれるといいのですが」




 彼女の瞳は、すでにその向こうにいる復讐対象しか見ていなかった。


 その時、屋敷内にいた指揮官が、マイクに向かって叫んだ。




「今だ、撃てえぇぇぇえッ!」




 命令が下された次の瞬間、メアリーに向けられたいくつもの銃口が火を噴く。




「――いただきます」




 彼女は笑い、背中から巨大な腕を生やすと、弾丸の雨に真正面から突っ込んでいった。




 ◇◇◇




 それから数十分後、スラヴァー領内某所。


 屋敷の書斎のような場所で、初老手前の男性がチェアに腰掛け、本を読んでいた。


 髪は白髪混じりの灰色で、整った顔はロミオと似ており、身につけた片眼鏡と相まって知的に見えた。


 身につけたフォーマルなベストは、細身の体によく似合っている。


 彼こそがスラヴァー公爵――ドゥーガン・スラヴァーである。




 スラヴァー家は、領内にいくつもの拠点を所有している。


 ロミオが命を落としたビルを始めとして、本宅や、別荘代わりの屋敷、そしてここのような地下シェルターまで。


 シェルターと言っても、内装や広さは、所有する屋敷とそう変わらない。


 非常時でも、精神的な余裕を忘れぬよう――そんな考えから生まれた、大金をつぎ込んで作った空間だった。




 そんなドゥーガンがくつろぐ部屋に、足音が近づいて来る。


 彼はページをめくる手を止め、扉のほうを見た。


 コンコン――ノックの音の聞こえると、すぐさま彼は「入れ」と返事する。


 現れたのは、耳が隠れる程度に髪を伸ばした、中性的な顔をした執事だった。


 執事はドゥーガンの前にひざまずき、報告する。




「『死神』の襲撃により、本邸に配備した兵士が……全滅した可能性が高いとのことです」


「曖昧な言い方だな」


「何分、兵士の死体が残っていないため、被害の把握が難しいと」


「食われた、ということか」


「……はい」


「アルカナの能力か、ロミオの死体もそれで残っていないのだったな。追跡はどうなっている」


「は……試みましたが、こちらの想定を上回る機動性を発揮し、見失ってしまったそうで……」


「相手が悪すぎるか。しかし、私を探しているという読みは当たっていたらしい。ここに身を隠して正解だったな」




 ドゥーガンは口元に笑みを浮かべ、本を閉じた。


 地下シェルターの所在を知っているのは、ごく一部の限られた人間だけだ。


 味方ですら知らない――つまり、情報が漏れる心配もない。




「やはり、あれを止めるには全ての兵をつぎ込む必要があるな」


「では……国境地帯の兵を」


「領境もだ」


「なっ――それでは王国軍に攻め込まれてしまいます!」


「問題ない」


「ですがっ!」


「問題ないと言っている」




 ドゥーガンは無表情に執事を見つめ、そう言った。


 執事は気圧され、頬を引きつらせて後ずさる。




「っ……も、申し訳ありませんでした」


「『死神』は何としても潰さねばならん。全兵力をもって、どのような手段を使ってでもメアリー・プルシェリマを殺害しろ」


「はっ」


「それと、念には念を入れておきたい。通信は使わん、軍への伝達はお前に頼んだぞ」


「承知いたしました」




 うやうやしく頭を下げ、部屋を出る執事。


 すると、部屋の前には金色の髪をした女性が立っていた。


 くるくると螺旋を描く、独特のツインテールも目を引く。


 しかし一方で、服装はフォーマルで、タイトめなスカートスーツを纏っている。




「あらプラティ、貴女も来てたのね」


「キューシー・マジョラーム……」


「堅苦しい呼びかたねえ。キューシーちゃんでいいのよ?」


「そうですか、キューシー」


「呼び捨て……」


「ちょうど私の話は終わったところです。好きにすると良いでしょう」


「待って。わたくし、貴女とお話がしたいわ」




 執事――プラティは、ちらりとドゥーガンのいる部屋に目を向けた。


 キューシーとの会話を聞かれたくない、との意思表示である。


 理解した彼女は、プラティの手を引いて部屋の前から離れ、近くの客間で話すことにした。


 ソファに向かい合って腰掛けると、プラティが先に口を開く。




「それで、話とは何なんですか。私は忙しいのです、手短に頼みます」


「ヘンリー王について。なーんでドゥーガンおじさんと仲の悪い国王が、王妃と王子まで連れてここにいたのかが気になったのよねー」




 メアリーが罪を追及されたあのパーティ会場には、国王を含む三人の姿があった。


 紛れもない国のトップが、ほぼ敵対していると言ってもいいスラヴァー公爵の領内で堂々と顔を出したのだ。


 彼らを招き入れたスラヴァー公爵含めて、どういうつもりなのか――キューシーは、それを知らないわけにはいかない立場の人間だった。




「それはあなたの興味ですか? それとも――」


「社長も含めた興味、よ」


「マジョラームの総意ということで構いませんか」


「ええ。何ならお父様に確認してもらってもいいわよ」




 マジョラーム・テクノロジーは、スラヴァー領内に本社を置く軍事企業である。


 マジョラーム製の魔導銃は、王国内におけるシェアの八割を占めている。


 当然、王国軍も軍事力の大部分を、この会社に依存している。


 スラヴァー公爵が、ヘンリー王と同等の権力を持つと呼ばれるのは、その影響が大きい。


 キューシー・マジョラームは、その社長の娘であり、現在は専務を務める女性だった。




「いえ……どのみち、あの父親なら君のやったことを許すでしょう。わかりました、話しましょう」


「素直なのはいいことね。それで、どういう事情なの?」




 にこりと笑うキューシーに、プラティは真顔でこう答えた。




「知りません」


「は?」


「私は知らないんです。なぜあの場にヘンリー王が現れたのかも、殿下がなぜ彼を呼んだのかも。何なら、メアリー・プルシェリマが捕まった理由も知りません」


「な、何よそれっ! 貴女、ドゥーガンおじさんに一番近い人間じゃないの!?」


「知らないものは知らないんです。ですが、私が知らないということは――」


「おじさん以外、誰もわからないってこと……?」


「そういうことになりますね」


「何よそれぇ……」




 ぐでぇ、っと体から力を抜いて、ソファに沈むキューシー。


 プラティも「はぁ」と大きくため息をついた。




「これはまだ噂の段階ですが――第一王女、フランシス・プルシェリマも死亡したとの話があります」


「はぁ? あのフランシスが死んだですって!? アルカナ使いもいないスラヴァー軍が、どうやって一晩であの女狐を殺すのよ!」


「わかりませんよ、私にも」


「待って、じゃあつまり、ロミオが殺されたのって――」


「復讐の可能性が高いですね」


「最初は姉妹もろとも殺す予定で、でも妹だけうっかり生き残って、しかもアルカナ使いとして目覚めた……そんな偶然が……はは、あはは……!」




 最初は驚いてばかりのキューシーだったが、次第にその表情には笑みが浮かびはじめる。


 しかも、綺麗な笑みではない。


 欲望にまみれた――とでも言うべきか。


 プラティが見ているだけで寒気がするような、不純物が混ざりに混ざった、邪悪な笑みである。




「ふぅ……ねえプラティ、つまりこれって――戦争、よね?」


「近いものはありますね」


「武器、必要よね?」


「……」


「必要よねぇ?」


「……ええ、そうですね」


「ふ、ふふ、うふふふふ! 事情は知らないけど、戦いが激化すれば武器が売れる! 我が社は儲かる! いいじゃない、上等よ! 早速、必要になりそうな兵器の増産に入らないと! それじゃあプラティ、発注待ってるわよぉー!」




 上機嫌にスキップしながら帰っていくキューシー。




「発注するのは私じゃありませんが……」




 呆れた様子で、プラティは彼女を見送った。


 ここに来たということは、ドゥーガンに用事があったはずなのだが――忘れてしまったのか、はたまた『どうせ聞いても意味がない』と判断したのか。


 どちらにせよ、キューシーが喜ぶような状況、それは基本的に、好ましい事態ではない。




「復讐。戦争。虐殺……どう転ぼうが、公爵殿下だけは絶対に守り抜いて見せます。メアリー・プルシェリマ、あなたの好きにはさせませんよ」




 プラティの目つきが変わる。


 それからほどなくして、国境、及び領境に配備されていた数万の兵士が、領都であるキャプティスに移動をはじめた。



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